五輪直前の女医の発言は日本の良心「今、人類がすべきは集まってスポーツをすることではない」

五輪直前の女医の発言は日本の良心「今、人類がすべきは集まってスポーツをすることではない」

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  • 更新日:2021/07/21
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国立競技場(c)朝日新聞社

作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、本日から競技が始まった東京五輪・パラリンピックについて。

【写真】「居酒屋のユニホーム」と酷評された東京五輪表彰式の衣装はこちら(他5枚)

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1936年、4年後のオリンピックが東京で開催されることが決まった年、それはもう大変な騒ぎだったという。東京女子医大創設者の吉岡彌生が、日本女医会誌の巻頭言でこう記している。

「朝野の人々等は、多年の宿望達せりとて狂気の如く打ち欣び、莫大の資を投じて各種祝賀の催物さへ行はれたと聞く」

“皇紀2600年”の大イベントと位置づけられた厳粛さを求められる1940年東京五輪、さすがに首相自ら海外の五輪会場に乗り込み、ゲームの主人公に扮して“東京で待ってまーす”というようなお祭り騒ぎをするようなことはなかっただろうが、それでも日本の女医の道を大きく切り開いた当時65歳の吉岡彌生は、「狂気の如く打ち欣ぶ」お祭り騒ぎに苦言を呈している。

“(五輪は)お祭り騒ぎをするものではなく、国民の公徳心を高める機会にするべきだ”と。そして3つの提案をしていた。それがこれだ。

1:路上に痰を吐かないこと

2:ゴミや吸い殻を路上に捨てないこと

3:電車等に乗るとき、我先にと乗り込まないこと

85年後の東京でも、余裕でそんな人、いくらでもいますよ! と思わず叫びそうになる。というか、その程度の3つで、昔はよかったんですか! と涙が出そうだ。今の五輪に対してなら、吉岡先生はなんて言うだろう。

1:東京の夏は温暖で過ごしやすいとか、汚染水はコントロールされているなどと嘘をつかないこと

2:他の人がつくった意匠をまねしないこと

3:賄賂を渡さないこと(少なくとも疑われるようなことをしないこと)

4:女性を豚にたとえたり、「わきまえない」などと侮辱したりしないこと

5:競技場設立のために人のすみかを奪わないこと

6:弱い立場の者を虐待した過去を自慢しないこと

(まだまだあったような気もするが、忘れているだけかもしれない)そして多分、医者としてこうも言っていたことだろう。

7:疫病がはやった時は人を集めないこと

7月12日に日本外国特派員協会で、日本女医会の理事の青木正美先生、前会長の前田佳子先生、フラワーデモの呼びかけ人の松尾亜紀子さん、看護師の宮子あずささん、東京都教職員組合の長野みゆきさん等と海外の関係者に向けて、パンデミック最中の東京五輪がいかにリスクがあり、特に女性に対してより過酷に働くことを訴えた。

なかでも青木正美先生の発言は、SNSを通して50万回以上再生されるほどインパクトがあるものだった。

「(東京五輪・パラリンピックは)人類の生命維持に対する最大の冒涜です。会場を全て無観客にしようがしまいが、選手や関係者が世界中から一カ所に集まるなど、パンデミック下に絶対にやってはいけないことです。もしも、このままオリンピックを開けば、東京は巨大なエピセンターになってしまいます。そして選手や関係者がウイルスを自分の国に持ち帰れば、それによって多くの人命が失われることでしょう。今、私たち人類がしなければならないことは、みんなで集まってスポーツをすることではありません。お互いできるだけ離れて、パンデミックを終息させ、人類の命を守ることです」

日本女医会は来年で120周年を迎える世界でも最も古い女医会の一つである。明治時代に医師を目指した女性の多くは産科医だった。夫に性病をうつされ、避妊もできず子どもを何人も産むことを強いられるような時代に、女性医師たちが女性たちのために自ら医学の道を切り開いた。医学部入試で女性を排除していた時代からは考えにくいが、1940年の東京五輪が決定した1930年代は、日本はアメリカに次いで世界で2番目に女医の多い国で、女性医師の育成に女性たちが力を注いできたのだ。そういう歴史がある日本女医会の医師2人が、個として名と顔を出し、パンデミックで女性たちがより追い詰められている事実、そして人類最大規模のイベントをこのような状況でやるべきではないことを明確に世界に発信したことの意味を噛みしめたい。この国の性差別に、怒り闘い、医師としての倫理観で闘おうとする横顔は、明治時代から変わらないのかもしれない。

ところで、記者会見が終わった後に、ちょっとしたことが起きた。その場にいた女性が青木先生に向かってこんなことを言ったのだ。

「青木先生みたいに、はっきりと言ってくださる男性のお医者様はいないのですか?」

悪気のない明るい調子だったこともあり、私は一瞬で凍りついてしまった。同じことでも女性ではなく男性が言ったほうが聞かれる、重みを与えられる、影響がある……そんなことがいくらでもある社会だ。だからその女性も無邪気に「青木先生みたいな男性がいたらいいのに」など、全女性に失礼なことを言ってしまったのだろう。とっさに隣にいた友人2人が全く同じことを言った。

「いないから、こんな社会になったんでしょう!!」

ですよね。自民党と親しすぎる男性中心の日本医師会はもちろん、個として政府の方針に抗議し、意見を述べてこられた男性医師がこのコロナ禍の1年間にどれほどいたでしょう?

東京五輪・パラの強行に唯一良かった点を見いだすとしたら、今の日本の問題がかなり露呈したことかもしれない。特にジェンダー問題のひどさは激しくあらわになった。変えるしかない、変わるしかない、そうしなければ命に関わる。そういうことが鬼気迫る形で目の前に現れたことが、東京五輪・パラ強行の唯一の意義だと思いたい。

■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

北原みのり

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