球界ここだけの話 阪神・浜地の〝ブリ〟への成長物語 変化のきっかけはコーチのひと言だった

球界ここだけの話 阪神・浜地の〝ブリ〟への成長物語 変化のきっかけはコーチのひと言だった

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  • 更新日:2022/08/06
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阪神・浜地真澄

リーグトップの救援防御率2・27(5日現在)を誇る鉄壁の阪神のブルペン陣の中でも、ひときわメキメキと成長を遂げながら〝ブリブリ〟言わせている若虎がいる。プロ6年目の浜地真澄投手(24)だ。

2020年は1試合、21年は4試合の登板にとどまり、昨年12月の契約更改後には何度も「結果を出さないといけない」と口にし、悲壮な覚悟をにじませていた。

そして迎えた今季はここまでキャリアハイの35試合の登板で14ホールド、防御率1・10と活躍。後半戦では〝七回の男〟を任させるまでに首脳陣からの信頼を築き上げた。

崖っぷちの状態からはい上がり、いかにして飛躍したのか。球宴中の7月27日に行われたチームの全体練習後、右腕はここまでを振り返った。

「運がいい部分もあったけど、開幕1軍に入れたのが大きかった。登板機会をもらえればある程度やれるという自信はあった」

悔しい1年となった昨季から今年の開幕までの期間で、浜地にある変化があった。右腕を見守ってきた金村投手コーチは「去年の秋口くらいからフォームのことでちょっと悩んでいた。俺も『うーん』と思いながら、でも自分で調べたりしてやっていたことだから何も言わなかったけど、(今年の)春のキャンプの途中で『元に戻しな』って言った」と明かした。自分で試行錯誤を繰り返し、まわり道をしながらもコーチの一言で原点回帰。それが転機となった。

シーズン開幕後も決して順風満帆といえる投球ばかりではなかった。4月20日のDeNA戦(横浜)では延長十回に登板し、ソトにサヨナラ被弾。中継ぎとして初黒星を喫し、「精神的に来る部分もあったけど、自分の糧にできた」。悔しい経験や修羅場を乗り越えてきたから、ここまで成長できた。

打たれたら次の試合で必ずやり返す。反省はしても下を向いたり、後ろは振り向いたりしない。「自分が負けた試合とか責任があった試合というのは、どれだけ抑えても返ってこない。その負けをチームに返す意味でも次の試合、また次の試合と抑えていくしかない」。そんな考え方が中継ぎとして生きていくための浜地なりの覚悟だ。

「いろいろ悔しいこととか、まだまだ足りないところもあったけど、ちゃんと学んで次に生かしてというのはすごく実行できた。そういう部分で試合数と結果がともなってきたのかなと思う」

7月24日のDeNA戦(甲子園)では3者連続三振の好リリーフでお立ち台に上がり、自分の名前の〝ハマチ〟にかけて「鮮度が落ちる前に抑えたいと思っていた。なんとか粘れました」と気を利かせたコメントで甲子園を沸かせた。マウンド外での成長も止まらない。

「50試合登板」を目標に掲げる〝出世魚〟のハマチがブリへと進化していくストーリーはこれからも続いていく。(織原祥平)

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