岸部四郎さん死去 「ザ・タイガース」でスターに...自己破産、闘病...波乱万丈の人生に幕

岸部四郎さん死去 「ザ・タイガース」でスターに...自己破産、闘病...波乱万丈の人生に幕

  • デイリースポーツ online
  • 更新日:2020/09/16
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記者会見を行う岸部四郎さん=1986年4月

グループサウンズ(GS)から生まれたスターがまた一人、旅立った。GSを代表するバンド「ザ・タイガース」のメンバーで、テレビの司会者や俳優としても親しまれたタレントの岸部四郎(きしべ・しろう)さんが8月28日午前4時33分、拡張型心筋症による急性心不全のため千葉県内の病院で死去したことが15日、分かった。71歳。京都府出身。葬儀は近親者で行った。

岸部さんは2003年に脳出血を患い、その後もパーキンソン病や視野狭窄(きょうさく)などで闘病を続けていた。所属事務所によると、この10年ほどは施設と病院を行き来していたという。

復帰をしたいと頑張っていたが、この3年ほどは入院しており、復帰は難しい状態だった。千葉県内に住む姉と、兄の俳優・岸部一徳(73)が見守る中、穏やかな最期を迎えたという。

岸部さんは1969年3月、加橋かつみ(72)の脱退を受け、「岸部シロー」の芸名で、一徳がベーシストだったタイガースに加入した。71年の解散後は、ひょうひょうとしたユーモラスなキャラクターで俳優や司会者にも進出。日本テレビ系ドラマ「西遊記」(78年開始)の沙悟浄役などで人気を博した。

84年からは日本テレビ系ワイドショー「ルックルックこんにちは」の司会を務めたが、98年にサイドビジネスで不渡り手形を出したとして降板。同年、自己破産を申請した。

71年に結婚した前妻とは一男一女をもうけたが85年に離婚。94年2月11日に小織理さんと再婚した。小織理さんはマネジャーも務めたが、07年4月6日に自宅で突然倒れ、43歳の若さで急死する悲運に襲われた。

晩年は本名で活動を行い、テレビ番組に数多く出演。浮き沈みの激しい人生を語った。ブログでは私生活や心情を率直につづり、08年にはブログをまとめた著書「いまさらシロー」を出版した。

12年2月18日、沢田研二(72)の日本武道館公演に登場。13年12月27日に東京ドームで行われたタイガース再結成公演には車イス姿でサプライズ登場した。施設で大腿(だいたい)骨骨折のリハビリ中だったが、「何度も来ないチャンスだから」と出演を決意した。

ビートルズの「イエスタデイ」を披露し、「本当はもう少し上手なんですが、今日はこれが精いっぱい。魅惑のウィスパーボイスです」と笑わせた。

いったん退場したが、カーテンコールで再び登場。6人で手をつないで何度も頭を下げ、4万5000人のファンに感謝を伝えた。舞台裏では「東京ドームは小さいなあ」と満足していたという。

タイガースの森本太郎(73)は15日夜、ブログに追悼文をアップ。「透き通るような歌声にタイガースのメンバー全員が驚いたと思う」と、岸部さんが中2頃という出会いを振り返った。

岸部さんの最後のステージは14年11月21日に東京・新橋のヤクルトホールで行われた、森本太郎とスーパースター再結成15周年記念ライブ。森本は「車椅子で駆けつけてくれて、彼なりに精一杯『ラレーニア』を歌ってくれた」とつづり、「こんなに早くタイガースのメンバーとの別れが来るとは思ってもいなかった」と悼んだ。

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