《ブタの額に棍棒を振り下ろし、喉元を踏んでとどめを刺す》精霊信仰の村で“生け贄”が続けられる理由

《ブタの額に棍棒を振り下ろし、喉元を踏んでとどめを刺す》精霊信仰の村で“生け贄”が続けられる理由

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/05

日本に本部を置くNGOの現地担当として、北タイの山奥で調査活動を行う日本人研究者・富田育磨氏が出版したエッセー「北タイ・冒険の谷」(めこん)が話題だ。

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富田氏が1年の大半を過ごすという北タイの集落はミャンマーやラオスと国境を接した山地にあり、電気も通じておらず、郵便も届かず、もちろん携帯電話やインターネットも使えない。そこではタイ語とは違う言語を持つ、カレン族やアカ族などの少数民族が、山の斜面で焼畑等を行ない、自給自足的な生活を営んでいる。

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タイ(手前)、ミャンマー(向かい)、ラオス(右側)の国境が接する地点(黄金の三角地帯)

彼らが過酷な自然環境を生き抜き、持続可能なかたちで共同体を営むために培った生活の知恵とは一体どんなものか。2008年から10年以上にわたって富田氏が研究に没頭し続ける、現地文化の魅力に迫る。(全4回の1回目)

1年間につぶされたニワトリ500羽のうち、8割が生け贄

興味深い食育の試みが、日本の一部の小学校で行なわれている。子どもたちと先生方が、保護者や地域住民とともに家畜を飼育し、その肉を調理して食べるのだという。この体験を通して子どもたちは、食物連鎖や生態系について学ぶのだろうと思う。

私の出入りする少数民族山村でも、子どもたちが「自然との一体感」を肌で感じるときに、やはり家畜が関わっていることがある。

敬虔な精霊信仰の村では、家畜を飼育する目的が、肉や卵の採取ではなく、儀礼で使う生け贄の安定的な供給にあるという。なるほど、ここでは改良種のニワトリやブタをほとんど見かけない。「在来種だけが生け贄の役目を果たせる」と考えられているからだ。

この慣習について、私は、ある二〇戸の集落で聞いて回ったことがある。すると「一年間につぶされたニワトリ五〇〇羽のうち、八割が生け贄」との結果が得られた。長老は、「家畜を飼育し、つぶし、食べることは、大人はもちろん子どもにも特別ではないよ」と語った。

ブタの悲鳴を聞くと、近所の子どもも加勢にくる

生け贄のニワトリをつぶすのは、儀礼を取り仕切る長老であることが多い(写真)。生き血が儀礼で使われるときは、山刀でのどもとを切る。そうでないときはタンパク源である血が流出するのを嫌って、頸をひねる。そして羽をむしってから表皮をたき火で焼き焦がし、残った毛くずは竹ベラでこそげとる。頸を落とし生き血を椀に取ったあと、腹を裂いて内臓を取り出し、腸管内の残滓(ざんし)は捨てる。それから大鍋で沸かした湯の中に頭、頸以下、内臓の大半、生き血を入れ、これに青菜、トウガラシ、ニンニク、レモングラス、ナムプラー、食塩、ペースト状にした肝を加えて煮る。

他方、生け贄のブタをつぶす役目は、体力のある若い男たちだ。太い立ち木の根元に荒縄でブタをつなぎ、その額めがけて木の棍棒を振り下ろす。体重二〇〇キロの大物だとこと切れるまでに一〇分はかかる。ブタの悲鳴を聞くと、近所の子どもも加勢にくる。瀕死のブタの喉元を足で踏んで、とどめを刺しにかかる少年もいる。息絶えたブタには熱湯をかけ山刀の背で表皮をむいてから、手頃な大きさに切り分ける。一部の肉は、血と和えてミンチにされ、フレーク状の乾燥トウガラシをまぶしてから生食される。

ブタは正月や婚礼などの大がかりな儀礼で用いられるのに対し、ニワトリは規模の大小を問わず様々な儀礼で使われる。

たとえば焼畑での儀礼では、調理されたニワトリの一部が、作業小屋内の吊り棚に供えられ、残りは村びとの食膳に上がる。精霊と村びとによる「共食(きょうしょく)」だ。長老は語る。「共食のとき、子どもは自然との一体感を強く意識する。そんな子どもは大人になっても自然を大事にし、またそれを次の世代へ引きついでくれるだろう」。

《失恋を苦にして2人の友人が亡くなった》北タイには「集落が承認しない結婚は不可」という山村があるへ続く

(富田 育磨/Webオリジナル(特集班))

富田 育磨

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