仕事にも自分にも他人にも全く期待しない...爪切男さんが語る「労働と人生」

仕事にも自分にも他人にも全く期待しない...爪切男さんが語る「労働と人生」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/05/01
No image

テレビドラマ化された『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)で知られる作家の爪切男が、2月から4月にかけて3ヵ月連続で新作エッセイを刊行して話題を呼んでいる。

3月に発売された『働きアリに花束を』(扶桑社)では、さまざまな職業に就いてきた彼が、自身の仕事経験を振り返っている。過酷な業務の中に小さな楽しみを見つけることを得意としている彼の仕事観に迫る。

No image

撮影/後藤巧

3回くらいお漏らしした

——今(2021年3月)は3ヵ月連続で書籍が出版される真っただ中ということで、相当お忙しいのではないですか。

爪:そうですね。昨日ようやく3冊目の『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)が校了しました。デビュー作の『死にたい夜にかぎって』を作ったときも大変だったから、あれの3倍の作業量か、いったいどうなるのかなと思っていたんですけど、精神的にも肉体的にも思った以上に大変でしたね。何回朝を迎えても同じ一日がずっと続いてる感じで。

身体の免疫力がめちゃくちゃ低下して、3回くらいお漏らしをしてしまいました。漫画みたいに。こんなに自分の体が弱まることがあるんだな、と思って。でもまあ3冊連続で本を出すのはたぶんもう人生で最後だと思うので、お漏らしも含めて良い経験にはなりました。

——『働きアリに花束を』では爪切男さんがこれまでに経験した「仕事」がテーマになっていますが、このテーマはどういうふうに決まったんでしょうか?

爪:本にも書いた『炒飯大回転』って話なんですけど、大学生のとき、長崎ちゃんぽんの店でバイトをしていたら、深夜に全自動炒飯調理器が暴走して、回転しながらすごい勢いで炒飯を辺り一面に撒き散らしたことがあったんです。それで僕がその機械の電源を切ろうとしたら、社員の人が「滅多に見られるもんじゃないから、もうちょっと見てようよ」って止めてきて。ふざけた大人もいるもんだなぁって面白かったんです。

って感じで編集の方に話したら「それって頑張って働いている人にとって気が楽になるエピソードかもしれない。ほかに何かある?」と言われて。それで、僕は家が貧乏だったから8歳で醤油の「タレ瓶」(弁当などに入っている魚や瓶の形をした醤油のポリ容器)のフタを閉める内職バイトや山菜取りやらをしていたことをしゃべったら、それも面白いねと。

綺麗なメモの取り方やポジティブ思考の勧めとか仕事に役立つスキルについては書けないけど、自分がコツコツとやってきた仕事の記憶だったら書けるのかなっていう感じになったんですよね。『死にたい夜にかぎって』で自分の女性体験を書いたのも偶然だったし、今回も自分からこのテーマを選んだわけではないです。

仕事に全く期待していない

——爪さんが経験したお仕事の中には、体力的にも精神的にも大変だろうなと思われるようなものもたくさんあります。でも、書き方が淡々としていて、その中に面白さを見出そうとしている感じがしますね。

爪:そうですね。だから、皆さんに誤解してほしくないんですけど、僕はそういう日雇いの仕事とかに行くとき、ずっと楽しい感じで行ってるわけではないんですよね。むしろ、仕事というのはつまらない、しんどいのが当たり前だと最初からあきらめているんです。過剰な期待を何もしていないから、仕事中に起きたちょっと面白いことや思わぬ出会いがすごく素敵な記憶になるんです。

——期待していないんですか?

爪:全く期待していないです。仕事はしんどいだけで終わることが普通で、しんどいからお金をもらえるんだと思っているので。

——だからこそ、しんどいなんてことはわざわざ書くまでもない、と思っているんでしょうか?

爪:そうです。今日は本当に何にもなかったな、というからっぽの一日はあるし。この本を読んで「働くことって楽しいのかも」と思う人がいたら、そんなことはないよ、と言いたいです。仕事ってしんどいことが8割ぐらいだと思いますけどね。その中で、このしんどさなら何度でも体験したくなる仕事が自分に向いている仕事なんじゃないでしょうか。

親父からワンツーボディにハイキック…

——実際には仕事をしていると苦労がたくさんあると思うのですが、爪さんはそういうものにどうやって対処してきたんでしょうか?

爪:子供の頃の内職に関しては、家に親父がいて、とりあえず親父が怖かったので……。

——サボると殴られる、みたいな。

爪:そうです。今の時代だと完璧にアウトなしつけですからね。暴力もビンタ一発とかで終わらないんです。小学生の息子にワンツーボディとか、ハイキックとか。

——コンビネーションが。

爪:親父は格闘技が好きだったので、攻撃が一発で終わらないんです。派手なのもあるし、たとえばローリングソバットとか。だから、普段から親父にぶん殴られまくっていたから防御力が高くなりすぎちゃって。そのおかげで、クラスで一番強かったヤンキーの攻撃も僕には全く通用しなかったです。

だから、人生って防御力が大事だなという思考にはなりましたね。TVゲームで主人公のパラメーターに数値を割り振るときにも、防御力に全振りしちゃったりとか。それはもう人生哲学みたいになってますね。

——父親が怖いから仕事はやるしかないと。

爪:でも、曲がった愛情かもしれないですけど、存在を無視されるよりは良かったんですよね。うちは母親がいなかったので、親父に冷たくされたらちょっとつらいですよね。それに親父は、僕がサボっているときしか怒らない。無意味な暴力はいっさいなかったです。それって親父が僕のことをちゃんと見てくれていたからなんだと思います。

だから、親父と離れて暮らすようになってからの方が大変でした。大学生になって独り暮らしを始めたらサボることを覚えちゃって。自分がダメになっているなと思っていたとき、彼女とデートで行ったジャズ喫茶で調子に乗って迷惑行為をしちゃって、それで店のマスターにめちゃめちゃに怒られたんです。そこで怒られながらも、この感覚懐かしいな、この人に長崎の親父になってもらおうと思って、後日「ここで働かせてください」とお願いしに行って。そこで怒られながら働きました。僕は怒られるのが生活の基本になっていますね。

——むしろ怒ってくれる人を求めているんですかね。

爪:そうそう。誰かが怒ってくれないと困るんです。褒められるのが苦手なので。作家になってからも、手厳しいことを言ってくれる編集者の方が一緒に仕事をやっていて楽しいですね。

No image

撮影/後藤巧

——褒められるとどう思うんですか?

爪:まあウソだろうな、って思ってます。

——でも、今は作家としても活躍されていて、褒められることもあるじゃないですか。「面白いですね」とか。

爪:例えば、他の人気作家さんと僕とどっちが好きかって究極の二択を突きつけたら、絶対みんな僕以外の人を選ぶと思っているから。二者択一に突き詰めて聞いたら絶対選ばれない方だってあきらめています。誰かの一番にはなれないし、ならないほうがいいんだろうなって。

——では、褒められてもそんなに調子に乗らないんですね。

爪:それも親父に言われたんです。「人生で何かいいことがあっても、絶対に調子に乗るな」って。でも、本当を言えば自分の気づかないところで少しは調子に乗っているんだと思います。誰かに叱ってもらわないと将来が少し怖いですね。でもまあ、調子に乗れるほど売れていないというのもありますし大丈夫かな。

次の日まで嫌いな感情を持ち越さない

——仕事においてストレスの一番の原因になるのは人間関係だと思うんですよ。嫌な上司への対処法とか、気の合わない同僚との付き合い方とか、そういうことについて爪さんはどう考えていますか?

爪:さっきと似ちゃいますけど、自分にも他人にも全く期待しないというのはありますね。人間と話すのは好きな方ではあると思うんですけど。

——あまり人を嫌わないそうですね。

爪:そうですね。嫌うのも面倒臭いというか、相手の良い所を見つける方が楽しいというのもあるし。悪い所を見ないというのは、人の本質と向き合うことから逃げているのかもしれないですけど。

——では、本当は嫌いになることもあるけど、気にしていないんでしょうか? それとも、そもそも人を嫌いになることがないんでしょうか?

爪:難しいですね。まあ、誰かのことをどんなに嫌っても、次の日までその感情を持ち越したりはしないです。その日のうちに自分の中で消化させている気はしますね。

——そこで気分を切り替えるコツはあるんですか?

爪:どうやって切り替えているんだろうな。下品な話ですけど、僕の場合は、どんな日でも1日の最後に1回シコって、それで全部終わるんですよ。良いも悪いも全部リセット。自分の中でそういうリセットの儀式を作っているからいいのかも。

もちろん、自分がやられた嫌なこととかの詳細は覚えてはいるんですけど、そんなの引きずっても仕方ないかな、という。それに、嫌な思い出でもどこか楽しかったことを見つけて、ちょっと良い思い出に変換して覚えていることが多いです。

——覚えていてもストレスにはならないんですね。

爪:自分の中で美化しちゃえば平気なんですよ。勝手に良い思い出に変えちゃってる。良い思い出はどれだけ覚えていても辛くないので。

「セカンド自分」が自分を見ている

——では、『働きアリに花束を』に書いてある話の中にも、そうやって美化されたものが結構あるということなんでしょうか?

爪:もちろん、多少美化されたやつも入っています。実際の仕事の現場はもっととんでもないですしね。でも嫌なことって、わざわざ書かなくてもみんなわかっているはずなので、そこはあえて書かずに楽しい部分だけ書いてます。

僕、下積みが長かった演歌歌手が「苦節何年やってきてようやく花開きました」って、辛い過去のことを自分で言うのが苦手なんです。実際に苦労はしてても「長年適当に楽しくやってきたら売れるのに時間がかかりました」と言える人のほうがカッコイイかなって。

——それでもやっぱり「よくこんな変なことばっかり起こるなあ」と一つひとつのエピソードの密度の濃さに驚かされます。

爪:それは自分で誘導している部分もあると思うんです。例えば、ヴィーナスの話(ガラス製のミロのヴィーナス像を運搬する仕事で、バイト仲間の中年男性がヴィーナス像に興奮してキスをしてしまった事件)とか、普通だったら「俺、あの彫刻にキスしたいんだ」って話を聞いた時点で、その人を止めなきゃダメじゃないですか。でも、なんか背中を押してしまうんですよね。悪い癖です。

——その方が面白くなりそうな感じはしますね。

爪:“ふざけ”が大事だと思うんです。最近の世の中って監視社会が進んで失敗が許されない時代ですよね。それこそ過去まで遡られて怒られちゃう。だからこそ、ふざけていいときは少しはふざけちゃおうよって思います。たとえば音楽でも、全曲完璧なアルバムより遊び心が入っているアルバムのほうが愛しいし、みたいな感じでやっていることはすごく多いと思いますね。

——たしかに、自分から面白いことをやりに行っていることもありますよね。そこまでするか、みたいなことも含めて。

爪:そうなんですよ。自分でもダメだと思うんですけど。もう1人の「セカンド自分」みたいな存在が自分のことを常に見ているから、そいつが喜ぶことをしてやろうって気にしちゃうんですよね。他人の評価よりもそっちが大事。

——誰も見てないのに1人で変なことをやっている場面もありますよね。

爪:他人に迷惑がかからなくて、自分だけの責任で済むときはそういう行動を取りやすいですね。最悪、自分がクビになって済むなら、面白い方にどうしても振ってしまうという。

だから、たまに「働き者ですね」って言われることがあるんですけど、全く働き者ではないです。たまにふざけても許してもらえるように、普段は真面目に働いてるだけです。

(後編「他人とはわかり合えないけれど認める…良好な人間関係を築くヒント」はこちら)

No image

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加