朝ドラ「20%の呪い」を振り切った? 序盤で異例の描写...『おかえりモネ』に見るNHKの“覚悟”

朝ドラ「20%の呪い」を振り切った? 序盤で異例の描写...『おかえりモネ』に見るNHKの“覚悟”

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/06/11

6月4日放送の朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』では、主人公百音の記憶の中の3・11、東日本大震災の追憶が描かれた。宮城県気仙沼の亀島で育った主人公が島外にいる間に震災は島を襲う。

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この地を舞台に2010年代を描く以上、いつか震災が描かれることは予想されていた。だが、『おかえりモネ』が震災の記憶を描いたのはまだ第3週「故郷の海へ」、放送開始から1ヶ月も経っていない物語の序盤である。

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『おかえりモネ』

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凪いだ海のように静かな『おかえりモネ』

朝ドラの中で震災を描いた『あまちゃん』も『半分、青い。』も、物語の終盤にその歴史的災害を配置した。起承転結の「転」にあたる部分、これまでのすべてを一変させるような巨大な変動があり、主人公たちがそれを乗り越えて生きていく所で物語は終わる。作劇としては、そこに置くしかないほどその傷は大きく深い。

だが、『おかえりモネ』は物語の最序盤、起承転結の「起」にその記憶を描く。第3週に入る前から、主人公がかつて震災を経験したことは物語の中で暗示されていた。朝の連続テレビ小説というフォーマットの中で、このような時系列が前後する複雑な導入は珍しい。美しい映像と魅力的な人物たちを描きながら、その記憶の暗示によって物語には、楽しい場面でもどこか暗く青いフィルターがかかっているような雰囲気が漂っていた。

『おかえりモネ』はいつもの朝ドラとどこか違う、という感想がSNSを中心によく聞かれる。確かに、子役が演じる幼少期から時系列に沿ってメインヒロインに女優が交代し……という王道を踏襲せず、あえて物語が進んでから子役が演じる幼少期の記憶を振り返る脚本の構造もさることながら、全体の雰囲気がどこか凪いだ海のように静かなのである。

1回15分の放送を再構成すれば『ドラマ10』など、夜の時間帯に放送されるテーマ性の高いドラマに見間違えそうな、穏やかだが濃密な構成でドラマはすすんでいく。

視聴率一辺倒だった価値観からの変化

静かな朝ドラ『おかえりモネ』は、現時点では過去の名作のように大ブームや社会現象を起こすような話題を呼んでいるわけではない。前作『おちょやん』から続き、視聴率は10%台の後半で推移している。だが、とやかく言われる朝ドラの視聴率に対して、NHKのスタンスが以前とは変わってきているのも事実だ。

『おかえりモネ』初回放送2日後の5月19日、NHKの総局長会見で、前作『おちょやん』の視聴率が平均で20%を切ったことについて問われた正籬聡総局長は、

「最近はリアルタイムでご覧になる方だけでなく、タイムシフトでご覧になられる方、『NHKプラス』など見逃し配信で見て頂く方も増えている。そうした意味でいろんな視聴の在り方があると思うので、数字そのものだけでなく、タイムシフトで見られてる方や、そうした方々の反響も聞きながら、より良いドラマにしていきたい」

「(おちょやんについて)視聴者の方々からコロナ禍で不安な日本の朝に笑いと涙、元気をもらいましたという声を頂いた。私も楽しませてもらった」

と高く評価するコメントを出した。

視聴率が平均で20%を切ったではないか、とメディアが質問するのは、朝ドラは20%は取らなくてはならないはずだという呪縛のような空気が存在することの裏返しとも言える。だが、それに対して作品としてのクオリティで答える総局長の答えには、 NHKとしての自信が満ちているようにみえた。

実際『おちょやん』で主人公の千代を演じた杉咲花は、いくつかのWEB記事が書いたお決まりの視聴率記事など吹き飛ばすほど女優としての評価を上げた。東京出身とは思えないほど大阪弁を見事に使いこなし、少女時代から晩年に至る幅広い主人公の人生をその演技力で表現した。成田凌をはじめとする名優たちとの相乗効果も相まって、濃密な人情劇としての『おちょやん』は作品的に高い評価を得た。

北川悦吏子や野木亜紀子という優れた脚本家たちが「脚本家として批判を引き受ける覚悟はあるが、つらいのは主演俳優が視聴率でバッシングされること」と異口同音に語るメディアの風潮は今も存在する。 だが、『おちょやん』と杉咲花に対する高い評価は、作品や俳優の評価が視聴率一辺倒だった過去の価値観の変化を思わせる。

もちろんNHKのドラマは、昭和の時代から質の高い名作を生んできた歴史がある。だが、ここ最近のNHKドラマのラインナップは過去最高ではないかと思うほど充実している。稲垣吾郎を迎え、外見をテーマにした『きれいのくに』。芳根京子と永作博美が女性週刊誌の記者としてバディを組む『半径5メートル』。渡辺あやのオリジナル脚本で、大学を舞台に社会構造に踏み込んだ『今ここにある危機とぼくの好感度について』。

あげ始めればキリがないが、半期のベストならこれ、と上がるような作品が1クールに、しかも同じNHKで日替わりで放送される圧倒的な布陣には驚くしかない。

『おかえりモネ』はそうした、変わりつつあるNHKを象徴する作品

NHK、そして朝ドラはやはり変わりつつあるのではないか。『20%の呪い』を振り切るような総局長の会見と、次々と繰り出される品質の高いドラマを見ながら、そう思わずにはいられない。

その転換点はやはり2019年だったのではないか。「NHKをぶっ壊す」というスローガンを掲げる政党が100万票を集める一方、俳優の降板劇と視聴率バッシング報道の中で『いだてん』を高く評価し深く愛する視聴者たちの声をSNSで見ながら、NHKは自分たちが何者であるかというアイデンティティを再認識したのではないか。

まるで実りの秋を迎えたようなNHKドラマの豊作を見ながら、その種はあのころから蒔かれていたのではないかとふと思う。『いだてん』が脚本の中で描いたものは2つある。ひとつは五輪、そしてもうひとつはNHKの原点、草創期である。

どれほど高い視聴率を取ろうとも、「民放は無料なのになぜお前たちは金を取るのだ、こいつを潰せば払う金が減る」という声には反論することができない。

だが、民放が映すこともできなかった能年玲奈、改めのん主演のアニメ映画『この世界の片隅に』を放送し、稲垣吾郎や草彅剛で質の高いドラマを作り、BSプレミアムでは話題を呼んだ新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』や、読売演劇大賞を受賞した鈴木杏の『殺意ストリップショウ』といった舞台演劇を放送し、高い評価を得るNHKは、必要なものが人気よりも信頼であること、「自分たちにしか作れないコンテンツ」への意志を固めつつあるように見える。

『おかえりモネ』はそうした、変わりつつあるNHKを象徴する作品に見える。クラウド、というカタカナ語には、作品の中で気象予測する雲、あるいはクラウドコンピューティングなどのCloudとは別に、群衆を意味するCrowdという単語をあてることもできる。

気象予報士が雲の動きを予測するように、NHKも総局長が語るように、これまでは知ることのできなかった群衆の動き、配信サービスなどで質の高い作品を求めるデータを把握しているのではないか。たとえ雨に叩かれ風に吹かれようとも、その嵐はいつか去るという自信がNHKにはあるのではないかと思う。

主人公はどこに帰り、誰がそれを「おかえり」と迎えるのか

目が離せないのは、NHKが清原果耶を主演に立てている点だ。今世紀朝ドラ最高視聴率を保持する『あさが来た』の朝ドラデビューから始まり、ドラマ初主演作で数々の賞を総なめにした『透明なゆりかご』、記念すべき100作目の『なつぞら』でのシークレットゲストと、NHKは常に清原果耶という、映画界が注目する若い才能を決定的な場面で投入してきた。

映画『まともじゃないのは君も一緒』ではポーカーフェイスからのコメディもみごとにこなすオールラウンダーの清原果耶だが、出演歴を見ればそのメインフィールドは重厚なヒューマンドラマであることが分かる。

NHKにとって清原果耶は作品のクオリティを支える絶対的な切り札であり、彼女を客寄せの見せ札や数合わせの捨て札に使ったことは過去一度もないのである。NHKが清原果耶という切り札を切る時は、そこに勝負を賭けた作品があるということなのだ。

『おかえりモネ』はその清原果耶と、『透明なゆりかご』の脚本家、安達奈緒子が再びタッグを組むオリジナル脚本になる。

周囲を固めるキャストは、浅野忠信はじめ驚くようなベテラン名優に加え、同世代の若手にも恒松祐里、蒔田彩珠といった映画界で高く評価される俳優達が並ぶ。人気グループKing&Princeの永瀬廉は『弱虫ペダル』での演技も素晴らしかったが、今回はオーディションから役を勝ち取り、別人のように爽やかな青年を好演している。

前作『おちょやん』も俳優陣の演技力が高く評価されたが、今作も明らかにヒューマンドラマを想定した『演技力シフト』の布陣を敷いている。今は凪いだ海のように静かな物語が、どのように色を変えるかまだ誰にもわからないのだ。

4日の放送で震災の記憶をふりかえる映像のあと、主人公百音は故郷の海を再び見つめる。百音の前に広がる美しい海は、かつて津波となって東北を襲い、人を殺した海である。頬を撫でる優しい海風は、かつて火の粉を巻き上げて気仙沼を焼いた、人を殺す風だ。この物語はそこから始まる。

海の音を読み、風の声を聴く気象予報士をめざす主人公が最終回でどこに帰り、誰がそれを「おかえり」と迎えるのか、物語の行方を見守りたいと思う。

(CDB)

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