ウクライナ戦争を「気候危機」の視点で読み解く ジャーナリスト・国谷裕子×経済思想家・斎藤幸平

ウクライナ戦争を「気候危機」の視点で読み解く ジャーナリスト・国谷裕子×経済思想家・斎藤幸平

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  • 更新日:2023/03/19
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経済思想家 斎藤幸平さん:東京大学大学院准教授。著書に『ゼロからの「資本論」』『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』など/ジャーナリスト 国谷裕子さん:NHK「クローズアップ現代」のキャスターを2016年まで23年間務める。著書に『キャスターという仕事』など(撮影/写真映像部・戸嶋日菜乃)

ウクライナ戦争が長期化する中で、気候危機も深刻な問題だ。ジャーナリストの国谷裕子さんと経済思想家の斎藤幸平さん。環境問題に詳しい2人がについて語り合った。AERA 2023年3月20日号の記事を紹介する。

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国谷:ロシアのプーチン大統領はいったいなぜ、ウクライナに侵攻したのか。理解するのは1年たった今も本当に難しいのですが、斎藤先生は「これはロシアによる『気候戦争』である」と指摘されていますね。

斎藤:「気候危機は、すべてを変える」と言ったのは、カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインですが、気候変動は戦争にも影響します。

まず、EU(欧州連合)の脱炭素化は化石燃料輸出国であるロシアの影響力を低下させ、経済基盤を切り崩します。その前にプーチン大統領はウクライナ侵攻を実施する必要があったわけです。一方で、永久凍土が国土の65%以上を占めるので、温暖化は凍土が解けることによるインフラへのダメージなど深刻な問題もある。ロシアにとっては、気候変動対策は急務なのです。

気候危機の影響は干ばつや熱波による食糧危機のリスクを高めていきます。ウクライナの肥沃(ひよく)な土地は穀物の生産にとって魅力的だし、半導体などの製造に必要な資源も豊富。加えてIT技術も高い。ロシアのウクライナへの介入は、資源管理を通じて、ロシアの世界への影響力を保持することにつながる。これが侵攻の要因として気候危機という視点が必要な理由です。

国谷:ただ、脱炭素化の流れの中で化石燃料の価値が下がっていく脅威をロシアが感じていたとしても、それを輸出する自由貿易による恩恵は十分に受けていたわけです。その恩恵を放棄してまでなぜ「気候戦争」に踏み切るリスクを冒すのか……。どうも「間尺の合わない判断」に思えてなりません。

斎藤:そうですね。侵攻には、NATOの挑発や欧米から二級国扱いしかされないことへの怒りなどいろいろな理由があるでしょう。その意味で「気候戦争」はあくまでも一つの見方の提示です。

国谷:たしかにアフリカや中東などでも、渇水などが原因で紛争が多発しています。これからは気候危機によって穀物や天然資源などの獲得競争が激しくなっていく。それが世界の不安定化を招くことが強く予想されますね。

斎藤:大きな転換点ですよね。つまり、この戦争が決して最後ではなく、これから始まる気候変動という時代の「慢性的な緊急事態」の始まりになる。

■「成功のレッスン」さらなる世界の分断を生む

危惧するのは今回の侵攻への対応がEUにとっての「成功のレッスン」となる一方、その「成功」がさらなる世界の分断を生むことです。たとえば「ロシアの天然ガスにばかり頼っていてはだめだ」となっても、代替資源が必要です。天然ガスの価格は上昇しています。また、脱炭素化はもちろん支持しますが、その資源確保のためにグローバルサウス(主に南半球にある南アメリカやアフリカなどの新興国や発展途上国)の土地からレアメタルやバイオ燃料用の土地を先進国が収奪していく。

私が気になっているのは、グローバルサウスが私たちグローバルノース(主に北半球にある先進国)に向ける「冷ややかな視線」です。

今回の侵攻については、東側に悪いプーチンがいて、西側の民主主義の国々がウクライナというかわいそうな小国を守るために戦っているというストーリーが存在する一方で、それがどれほど世界の国々で共有されているかは疑問です。中南米や中東、アフリカなどには、西側の言う自由や民主主義なんてそんなにいいものかと冷ややかに見ている国も多い。たとえば、西側はウクライナからの難民を受け入れたけれど、戦禍のシリアにもしたか。米国だって、南米や中東に散々介入したり、国境線を好き勝手に引き直したりしてきたではないか。結局、都合のいい時だけ、「民主主義」や「人権」を掲げるダブルスタンダードじゃないかと。

国谷:欧米が掲げる「正義」に冷ややかなまなざしがあるということですね。

斎藤:この問題は西側が旗を振る「脱炭素」においても言えることです。グローバルサウスからすれば、いままでさんざん好き勝手にCO2(二酸化炭素)を排出しておいて何言ってるんだという話になります。それに、脱炭素という名の下で、資源やエネルギーを先進国が買い漁っている。それでどうやって、貧困や飢餓に喘(あえ)ぐ途上国が脱炭素化をできるのか。彼らだって生きていくために、ロシアとの関係を嫌でも保持せざるをえない。

本来は、自分たちが絶対に正しいと思っている価値観は、どれほど普遍的なのかを自省すべき時でしょう。そうせずに、「国連決議を棄権するなんて民主主義がわかってない」「脱炭素に賛成しない国々は愚かだ」という上から目線でいることが、分断を深めています。こんなことが続けば、(2015年に採択されたパリ協定で「気温上昇を2度よりかなり低くし、できれば1.5度に抑える」という目標を掲げた)脱炭素も平和も世界規模で達成することはできません。

国谷:30年までに1.5度目標を達成しようとすると、いまから毎年7~8%の脱炭素化を進めていかないといけない。パンデミックでロックダウンが行われた年でも6%程度。加えてウクライナ戦争で消費される弾薬や燃料から排出されるCO2の量も莫大です。このままでは1.5度未満に抑えることは厳しいと言わざるを得ません。

(構成/編集部・小長光哲郎)

※AERA 2023年3月20日号より抜粋

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