戦場カメラマン・渡部陽一が「戦場」を撮るたびに痛感すること

戦場カメラマン・渡部陽一が「戦場」を撮るたびに痛感すること

  • JBpress
  • 更新日:2022/08/06
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(2022年5月撮影「渡部陽一・1000枚の戦場」より)

侵攻開始以来、3度にわたりウクライナ取材を敢行した戦場カメラマン・渡部陽一氏が、「1000枚の戦場」(渡辺陽一氏が撮り続けた「戦場」の写真から、戦場のリアルを伝える動画コンテンツ)の中で、ウクライナの「今」を、撮影してきた写真とともにレポートしている。

前編ではその中から、開戦時にロシア側から宣言されていた攻撃対象以上の破壊の現場を紹介した。

前編「渡部陽一、ウクライナ「人道回廊」で撮った衝撃の写真」
(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71204)

今回は、ニュースなどでは伝えられることの少ない、「戦場以外」のウクライナの姿を紹介する。

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日本では報道されていない、ウクライナのもうひとつの日常

10日間の滞在期間で渡部が回ったエリアは、首都キーウをはじめ、ロシア軍による虐殺が行われたというイルピン、ブチャ、ホストメルなど。

悲しい戦地の写真をカメラに収めてきた。

その中で渡部は、「2022年2月の侵攻以前から何度も足を運んだ」というウクライナについて「もうひとつ大切なことを伝えたい」と、彼・彼女たちの日常にファインダーを向けている。

「大切なこととは、ウクライナのどこもかしこもが廃墟となり、ウクライナという国家が崩壊してしまった、灰のようになってしまった、とういうことではないということです」

ニュースでは主に戦地の悲惨さや避難する人々の姿が報道されがちだ。

しかし「戦場」を取り続けて、渡部がいつも感じることは、「そこだけ」に目を向け、「それがその国、あるいは地域のすべてだ」と考えてはいけない、という思いだ。

「ウクライナは、ものすごく大きな国。戦地となっているのはその一部の地域です。

東部、南部、首都キーウ近郊では今も爆撃がありますが、日常が戻りつつあると感じる場所も、(5月の撮影時点では)ありました」(渡部陽一氏)

冒頭に示した写真は、今年5月に渡部が撮影した、キーウからポーランドに抜ける国際特急列車の様子だ。

キーウをはじめとした都市部では、鉄道、電力、ガス、水道、通信などのインフラが回復し、銀行、レストラン、スーパーなどもオープン。

穏やかな日常が戻り始め、公園では家族連れがアイスクリームを食べながら日向ぼっこをする姿も見られたという。

また、グルメ王国と呼ばれるウクライナの料理を楽しもうと、レストランには、現地の人をはじめ、取材中のジャーナリスト、支援者、度々見かけたという旅人が訪れ、彼らの舌を喜ばせている様子を目にした。

戦場を巡り、もっとも伝えたいこと

「戦場となっている一部のエリアは確かに悲しい場所ではあるんですけど、多くの地域には穏やかな日常があるということも知っていただきたいんです。

イルピン、ブチャ、ホストメルといった悲しみのエリアだけでなく、首都キーウ中心部の穏やかな一面もお届けしたいと思っていました」

それらを知ることは、悲しいニュースに触れたときの、心のバランスのとりやすさにつながると、渡部はいう。

ウクライナに限らず、世界各地の戦争・紛争地域でも「本当に戦地なのだろうか?」と思うほど、日本人の私たちの暮らしと変わらない日常がある。

渡部陽一が伝える、ウクライナの今(1) ‐渡部陽一『1000枚の「戦場」』

誰しもが疑心暗鬼で、お互いを監視し合っているわけではなく、日々あたたかい気持ちで、それぞれを思いやる人々の暮らしや日常を、渡部はその目で見てきた。

日々状況が変化するウクライナ情勢。

心が痛むニュースに目を向けながら、一方でそこには私たちと変わらない「穏やかな日常」「国の魅力」があることを意識する。

戦禍のウクライナの今に、そうやって向き合っていってほしい。

【次回は6-7月に取材した「ウクライナ」につて紹介する】

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【渡部陽一・1000枚の戦場/渡部陽一が撮ってきた「戦場の写真」をベースに、争いの背景、現実と、あまり報道されないその地域が持つ魅力について解説する】

林 貴代子

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