現代なら炎上必至!日本各地のお国柄をまとめた「六十六州人国記」が毒舌すぎる【東北&関東甲信越編】

現代なら炎上必至!日本各地のお国柄をまとめた「六十六州人国記」が毒舌すぎる【東北&関東甲信越編】

  • Japaaan
  • 更新日:2020/09/21
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「神奈川県民って、こういうところあるよね」

よく県外の知人たちからそんなことを言われますが、いわゆる「お国柄」とか「県民性」と言ったものは、ご当地の人々に対するステレオタイプなイメージに大きく影響しています。

もちろん、神奈川県民だからと言って、みんながみんなそうではないものの、そういう傾向が少しはあるかも?……という事で、昔からそうした「お国柄」について、皆さん興味を持っていたようです。

そこで今回は、室町時代~戦国時代にかけて成立したとされるお国柄本『六十六州人国記(ろくじゅうろくしゅうじんこくき)』を紹介したいと思います。

『六十六州人国記』について

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建長寺蔵「北条時頼肖像」Wikipediaより。

『六十六州人国記』は、元々『人国記』と呼ばれ、鎌倉時代の第5代執権・北条時頼(ほうじょう ときより)が出家後に全国を行脚、各地で見聞したお国柄についてまとめたものとされています。

六十六州とは日本の律令国で、現代の都道府県に代わる行政区分を指しますが、当時は北海道(蝦夷地)と沖縄県(琉球国)は日本国と見なされていなかったため、残念ながら言及されていません。

……が、以下に紹介する内容はかなり毒舌(というより誹謗中傷レベル)なものが多く、こんなんだったら紹介されない方がマシです。という性質上、恐らく室町時代から戦国時代にかけて生きていた匿名の作者が、

「これは北条時頼が書いたことにしよう」

と逃げを打った(言い訳を用意した)ものと考えられています。現代でも「自分じゃなくて、他の誰それが言っているのだ」として、自分の主観や本音を書くのはよくある話。

また、歴史的な人物の名前を出すことで、権威づけや信憑性を高める目的もあったのでしょう。つまり、北条時頼が全国を行脚したしたエピソードは広く知られ、人々に親しまれていたことが判ります。

さっそく紹介していきたいのですが、一度に六十六ヶ国全部だとさすがに長すぎるので、全体を三部に、そして現代の都道府県に分けて紹介していきます。

第一部:東北&関東甲信越(16都県)←今ここ!
第二部:中部&近畿(13府県)
第三部:中国&四国&九州(16県)

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五畿七道。Wikipediaより(制作:百楽兎氏)。

また、律令制度では五畿七道(ごきしちどう)と言って、京都を中心とした五か国(五畿)と、そこから全国へ散らばるように七道(東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、西海道)がのびていましたが、現代人になじみやすい地方(関東地方、九州地方など)に再区分しました。

それでは紹介していきましょう。皆さんの地元やゆかりの深い都道府県は、いったいどんな書かれ方をしているのでしょうか……?

※以降、長くなるため原文は割愛し(読み比べたい方は参考文献を参照)、ざっくりとした意訳と、それに対するコメントを紹介していきます。

※また、旧国境と現代の都府県境が必ずしも一致しない事があるため、都府県と旧国名の対応は概略で紹介しています。

青森県&岩手県&宮城県&福島県(陸奥国)

陸奥は日本のドン詰まりだから、人々も気詰まりで重苦しいと言うか、まるで岩の絶壁と話しているような気分になる。

話をしていても理解力が乏しいのか頑固なのか、喩えるならゴミが溜まった小川のようにもどかしい。

五十四郡あって文化や習慣も大きく2~3系統に分けられるけど、だいたい同じだから気にしなくていい。

人々の振る舞いや言葉遣いは野卑だが、勇敢さにかけては日本中のどこにも劣らないだろう。

女性は色白で髪も長く、美しいが、その仕草や言葉遣いは取り立てて褒めるほどでもなく、むしろ下品である。

この国における上臈(じょうろう。身分の高い女性)と言っても、上方の下臈(げろう。逆)に及ばないが、心根は優しく気立てもよいので、上方の男よりははるかにマシだ。

総じて思慮分別に欠ける粗忽者が多く、千人に九百人くらいと言ったところ。

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陸奥国(青森県&岩手県&宮城県&福島県)

「いきなりまとめて4県とか大雑把すぎだろ!」……言いたい気持ちは解ります。解りますが、これが律令制度(鎌倉時代~明治時代初期)における「陸奥国」なんです。

※歴史の教科書や国語の資料集などでは、岩代&磐城(福島県)、陸前(宮城県)、陸中(岩手県)、陸奥(青森県)に分かれて書かれた地図もあると思いますが、それは明治時代に入ってから廃藩置県までの区分でした。

それにしても、絶壁だのゴミの溜まった小川だの……しょっぱなからボロッカスですね。

54もある郡をざっくり2~3に分けたかと思えば、どれもだいたい同じって、これだけ広大な土地で、絶対そんな事はない筈です(まぁ、作者にしてみれば興味もなかったのでしょう)。

女性についても色白で髪も長い美人と褒めているようでいて、この国のトップクラスでも上方の底辺クラスに敵わない、でも上方の男よりはマシって、全然ほめ言葉になっていません。

全体的に粗忽者が多く、割合的には1,000人に900人くらいと言いますが、恐らくきちんと調べたのではなく、10人中9人程度のサンプルを単純に100倍したのでしょう(そもそも地方には興味なさそうですし、この作者)。

勇敢さにかけては全国トップクラスと言っていますが、要するに「野蛮」というニュアンスなのでしょう。

秋田県&山形県(出羽国)

だいたい陸奥国と違いがないけど、あっちよりは可愛げがあって、知恵も働く。武士は主君や親に対する真心があって、上は下をいたわり、下は上を敬うことをわきまえている。

庶民は地頭に従順で、安心して統治できる。というのも、出羽国の者たちは自分たちが恥ずかしい田舎者だと理解し、身の程をわきまえているからである。

そんな心映えが顔や体つきに表れているため、四民(士農工商)ともにいい感じである。

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出羽国(秋田県&山形県)

めちゃくちゃ上から目線ですね。可愛げがあるだの身の程をわきまえているだの……本当にこの作者は何様なんでしょうか(鎌倉幕府の執権サマという設定になってはいますが)。

ここでも秋田県と山形県を一緒くたにする大雑把さが出ていますが、これも陸奥国と同じ理由で、羽前(山形県)、羽後(秋田県)に分かれたのは明治時代初期でした。

平和そうで何よりですが、ここまで言われてしまうと、何かしら反抗してやりたくなってしまいます。

この作者は、もう少し「他人をいたわる」思いやりを持った方がいいのではないでしょうか。

群馬県(上野国)

碓氷、吾妻、利根の人たちは信州(長野県)人に似ている。勢田、佐波、新田、そして片岡の四郡については信州以上である。しかしここ一番では信州よりもヘタレである。

例えば信州人なら戦に負けてもいじけるような事はなく、次こそ勝とうと頑張るけれど、上野国の人々はたった二、三度負けると屁理屈をこねて戦うのをやめてしまう。

邑楽、群馬、甘楽、多胡、緑野、那波、山田などの人々はとかく流されやすく、一人が奮い立てばみんなで気勢を上げるが、一人が怖気づくとみんな逃げ出してしまう。気分がコロコロと変わりやす過ぎるのはどうにかならないものか。

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上野国(群馬県)

お隣の県(国)だからか、とかく信州と比べられ、「ヘタレ」「流されやすい」など、引き立て役にされています。

どっちかと言えば、関東平野でつながっている東の下野国(栃木県)や南の武蔵国(埼玉県&東京都)の方が比較対象になりそうですが……。

栃木県(下野国)

下野の人たちは清濁併せ吞んでいるつもりで濁に呑まれてしまったのか、傍若無人な性格をしている。普段から辻斬りや強盗をはたらいてもそれを恥じることもなく、強欲で冷たく、過ちを認めず、直そうとしない。

しかし勇敢さにかけては、上方の五ヶ国、七ヶ国を合わせたよりも優れている。

恥を知らず、道理を知らないために不法行為が多く、特に芳賀、寒川、塩屋、那須、真壁の連中はひどすぎる。

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下野国(栃木県)

勇敢さを除いて、頑固で強欲、恥知らずと散々な酷評。清濁云々と言っているのなら、せめて清い部分についても言及があって欲しいものです。

茨城県(常陸国)

盗賊が多くて夜討ち押込み(強盗)辻斬りを好み、罪を咎められてもそれを恥とも思わない。どんだけ図太い神経で生まれてきたのだろうか。

武士もだいたいそんな感じで、道理を知っていても自制が出来ないため、我欲を押し通すための方便に使うばかりである。

まったくロクな人間がいないが、仲間を裏切るような卑怯者は千人に一人もいない。

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常陸国(茨城県)

北関東3県(群馬、栃木、茨城)を並べてみると、西へ行くほどヘタレで、東へ行くほど凶暴というイメージを持っているようです。

下野国が辻斬りや強盗を「恥じない」のに対して、常陸国はそれらを「好む」……当人たちからそう訊いたのでしょうか。

仲間を裏切らないという点のみが、作者にとって美点のようです。

埼玉県&東京都(武蔵国)

この国の人々はとても明るく朗らかで、例えば大事にしている皿を誰かが割ってしまっても、怒るどころかその人に怪我がないか、いたわってあげる程である。

サッパリとした気風で、たとえ戦に敗れても次の勝利を目指して前向きに臨み、また勝っても驕らず、目先のことに一喜一憂しない余裕を持っている。

ただし、その大らかさが時として傲慢に見えることもある。

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武蔵国(埼玉県&東京都)

のびのびと大らかな人柄は、関東平野の広大さと何か関係があるのでしょうか。基本的に褒めちぎるばかりです。

最後の一言が余計な気もしますが、それさえも「大らかさゆえなのだ」と結局ヨイショしています。

その「大らかさ」を、作者は少し分けてもらうといいでしょう。

千葉県(安房国・上総国・下総国)

【安房国】安房の人々はナイフのように尖った性格で人と仲良くせず、立ち居振る舞いも武骨で垢抜けない。男女共に死を恐れない勇敢さを持つも、思い込みが激しく、無鉄砲に突っ走りがち。

しかし言葉は卑しいけれど真正直なところもあって、武士としては上等の素質を持ち、庶民たちも武士に劣らぬ資質を備えている。善悪はともかく、一度こうと決めたら最後までやり遂げる意志の強さを持っている。

【上総国】この国の人々はだいたい安房国と違いはないけれど、安房国より偏屈である。

庶民はいつも夜討ちや山賊稼業で喰って行こうと考えており、まっとうに働こうと考える者は百人に十人もいない。

武勇においては関東随一を誇るが、すぐカッとして実力行使に突っ走るので危なっかしい。

【下総国】上総国と同じだけど、結城郡の人々はこの国には珍しく律儀な性格である。

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安房・上総・下総国(千葉県)

三ヶ国で一つの千葉県となっていますが、書いている内に飽きてしまったのか、記述は竜頭蛇尾な印象です。

どうも気性が荒く、直情径行に突っ走りがちなようですが、根は正直らしく、意志の強さなど、北関東三県にに比べると好意的に書かれていますね。

ちなみに、特に律義さを謳われている結城郡は、現代の茨城県南西部に相当します。

神奈川県(相模国)

この国の人々は伊豆国(現:静岡県伊豆半島)と似ているけれど、とかく節操のないことで有名である。

羽振りのいい人に媚びへつらったかと思えば、永年の親交を結んだ人であっても、時を得ずに蟄居でも命じられようものなら、たちまち疎遠になってしまう。

権力者の顔色をうかがって、その嫌う者にはあることないこと誹謗中傷する一方で、権力者のお気に入りであれば全力でヨイショする。

いつも派手好きでグルメ志向、酒と女に溺れること十中八九、悪知恵ばかりが働いて、道義を知っていながらあえてこれを冒涜する、実にろくでもない連中である。

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相模国(神奈川県)

うーむ……ここまで書かれてしまうと、神奈川県民としては、ボロッカスな内容に怒るよりも、いったい作者が相模国でどんな扱いを受けた(何の怨みを抱いた)のか、むしろそっちの方が気になりますね。

山梨県(甲斐国)

この国の人々は気性が荒く頑固で、傍若無人に振る舞いが多い。そのため、為政者は庶民を苦しめ、庶民は為政者をバカにして、それに逆ギレした為政者は重箱の隅をつつくように弾圧を強化……この為政者にして、この庶民ありである。

しかし剛勇で死を恐れず、戦において親が討たれれば子はその屍を乗り越えて死ぬまで戦い、子が討たれれば親もまた同様に戦う。

威厳と公正さを備えた人物が統治すれば、もしかしたら連中の野蛮さも改まるかも知れない。

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甲斐国(山梨県)

ずいぶんと荒んだ世紀末的な情景が目に浮かぶようですが、本当にそんな暴君ばかりが統治し、民衆は叛乱を起こしていたのでしょうか。

剛勇さについては評価され、然るべきカリスマが現れれば、上手く統治できるかも知れない……とするあたりに、作者なりのフォローを感じます。

長野県(信濃国)

信濃人の武士道精神(武士の風)は天下一である。百姓家町人も義理堅く勇敢で、百人いれば九十人は律儀である。

冗談でも泣き言を口にはせず、臆病者は誰からも相手にされなくなるほどで、誰もが知恵と才能にあふれている。

しかし、いかんせんド田舎なため、頑固で偏屈なこともある。

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信濃国(長野県)

一体どんなおもてなしを受けたらここまで書けるのか?というくらい褒めちぎっています。

最後の一言も明らかにバランスをとっておこう感があふれ、本当の作者が信州人なのではないか?という説にも一理あるように思えます。

しかし、せっかく「信濃が天下一」というなら、なぜ天下一になれたのであろうか、その秘訣を分析するような記述も欲しかったところです。

新潟県(越後国・佐渡国)

【越後国】この国の人々はとかく負けず嫌いで、痛くても「かゆい」と強がるほどであるが、幼少の頃から、そうした教育が行き過ぎて謙虚さを失っている。

道理をわきまえる分別さえ備われば、偉人を輩出できるだろうに残念だ。

【佐渡国】この国の人々は越後国に似てのびやかさに欠け、意地っ張りで愚かである。

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越後・佐渡国(新潟県)

なぜ「我慢強い」と前向きに評価してあげないのか、やっぱり「天下一(作者がお気に入り?)」な信濃国の引き立て役なのでしょうか。上野国と同様に。

また、日本海に面するからか(また佐渡は島国だからか)、人々も陰鬱でのびやかさに欠け、意地っ張りで愚かとボロッカス。

道理をわきまえる分別が……と言いますが、そんなのどこの国だってそうでしょうし、実際道理をわきまえた偉人が少なからず出ている筈なのに、そういうところに目を向けてあげない作者は、果たして謙虚と言えるのでしょうか。

【中部&近畿編へ続く】

※参考文献:
北条時頼『六十六州人国記』東京洛陽堂、明治44年5月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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