恥ずかしいと口実をつけて、私はいまだ父親を「お父さん」と呼んだことがない

恥ずかしいと口実をつけて、私はいまだ父親を「お父さん」と呼んだことがない

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/05/03
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小学生の時に両親が離婚。

女手ひとつで育ててくれた母親に「彼氏」の存在がいることを知ったのは、中学生のときだ。

「はじめまして」

そう言ってこわばる頬を無理にあげて笑う「彼氏」に、私はわかりやすい嫌悪感を示した。

まだ思春期がこびりついた、この気怠に身体に母親の「彼氏」というのは中々受け入れられない。

それでも私の体調に反して、「彼氏」は何度もうちに遊びに来ては母の振る舞う手料理を喜んだ。

「学校は楽しい?」

「なにか困ったことある?」

「彼氏」は会うたびに私の心情を気にかけてきたが、私はそれに歯向かうような返事で場をしらけさせた。

我が家に「男」がいる、というのは、女銭湯に見知らぬ男が浸かりにきたような気持ちの悪さがあった。

だが、月日が経てばその湯加減にも慣れてきて、次第に会話も弾むようになっていった。

いじめられていた子の父親が学校に乗り込んできたことを契機に私は教員を目指した

「彼氏」から「父親」に。生活と心境の変化

あるとき、母親から「あなたの気持ちを一番に尊重したい」と切りだされた再婚の話。

生きる時間のすべてを私に優先してきた母親と、それを長らく支えてきただろう「彼氏」の存在に私は自然に感謝の念を抱いていた。

血のつながりはない。

だけど、私の尊重というのは、母親が幸せになることそれが全てなのかも知れない。

考え尽くした結果、私の頷きと共に、正式に三人は家族となった。

だが、「父親」という慣れない環境にはじめは戸惑った。

下着を干すのも、着替えをするのも、今まで以上に神経を使うことになる。

「父親」といえど、「他人」であり、血のつながりがない関係性はそれを過剰に意識させる。

使わない筋肉を動かすと痛みが発生するように、慣れない環境への対応はじわじわと精神を蝕んでいく。複雑な人間関係にSNS疲れ、ホルモンバランスや、PMSも背中を押してか、私は募るストレスを「父親」に当てた。

「本当の家族じゃないのに説教すんな」と、その言葉に誰よりも傷ついたのは母親だったのかも知れない。

そして時間と共に少しづつ父と娘の関係になっていく私たち

傷つけて、時に傷つけられて、そして家族という組織を築きあげていった私たちの結び目は

本物の血のつながりを持った家庭以上に固いものとなった。

「父の日」に私ははじめてプレゼントを買った。

渡しといて、と頼んだら「自分で渡しな」と母親に断られて、仕方なく「父親」の部屋をノックした。

「これ、」と言葉が詰まってしまう私に「うん、」とどうやら向こうも同じ様子らしい。

いまいちな反応に心配をしたが、あとから母親に「お父さん、泣いてたよ。でも笑ってた」と伝えられた。

私はいまだ父親を「お父さん」と呼んだことがない。

恥ずかしい、とか勝手な口実をつけて、思春期を抜け出せないでいる。

だから、一ヶ月後の結婚式で私ははじめて「お父さん」と手紙を読む。

きっと、血のつながりのない父親が一番に涙を流して喜ぶのだろう。

そして、その光景を当たり前のように思わせてくれる父親に伝える「ありがとう」はたった一行では足りないくらいだ。

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ナイトジャンク

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