広島原爆投下から77年。あの日何が起こったのか、目を背けてはいけない事実【後編】

広島原爆投下から77年。あの日何が起こったのか、目を背けてはいけない事実【後編】

  • Japaaan
  • 更新日:2022/08/07
No image

Japaaan読者の皆さんこんにちはんこんにちは。ライターの小山桜子です。前回は広島の原爆投下に関して、1945年(昭和20年)8月6日のあの日、広島で何が起こったのか、どんな被害を受けたのか、爆心地付近の状況を中心に振り返りました。

しかし原子爆弾は普通の爆弾とは規模が違い、爆心地から少し離れた場所にも甚大な被害をもたらしました。『はだしのゲン』の作者・中沢啓治さんの「原爆を悲しみとして薄れさせてはいけない」という言葉通り、被爆者の怒りは永遠に絶えませんし、絶やしてはいけません。

今回は前編に引き続き、広島の原爆に焦点を当て、爆心地から少し離れた場所の被害と放射能による二次被害について、日本人として改めて胸に刻みたいと思います。

前編の記事はこちら

広島原爆投下から77年。あの日何が起こったのか、目を背けてはいけない事実【前編】

◎少し離れた場所でも重篤な火傷

原子爆弾の炸裂は都市の真上に太陽が出現したような威力を生じます。したがって3.5km離れた場所でも素肌に直接熱線を浴びた人は例を見ないような重篤な火傷を負い、熱風によって肩から手の甲までの皮膚がずる剥けて指先から長く垂れ下がりました。

それが地面に擦れると痛いため、大勢の重傷人がキョンシーのように両手を前に突き出して逃げ惑う悲惨な光景を多くの被爆者が証言しています。また爆風と衝撃波は爆心地から2kmの範囲で建物のほとんど全てを吹き飛ばす甚大な被害をもたらしました。

No image

放射能被害

爆発による直接的な放射線被曝のほかに、広島市の北西部に降った「黒い雨」などの放射性降下物による被曝被害も発生しました。更に投下後に救援や捜索活動のために市内に入った人に急性障害が多発しました(二次被害)。

当時の広島市の人口は約34万人でしたが、爆心地から1.2kmの範囲では当日中に50%の人が死亡し、同年12月末までに更に14万人が死亡したと推定されています。殺傷者としてまとめると20万人もの人間がいた事になるのです。

その後も火傷の後遺症(ケロイド)による障害、胎内被曝した出生児の死亡率の上昇、白血病や甲状腺癌の増加など見られた事も無視できない事実であり大きな被害です。

(長崎編へつづく)

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加