東出昌大 “無になる瞬間”の意味 映画に見出した「人の心のグラデーション」

東出昌大 “無になる瞬間”の意味 映画に見出した「人の心のグラデーション」

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  • 更新日:2021/10/14
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東出昌大(ひがしで・まさひろ)/1988年生まれ。近年のおもな映画出演作に「寝ても覚めても」(2018年)、「スパイの妻」(20年)、「BLUE/ブルー」(21年)など/photo 写真部・高野楓菜 hair&make up AMANO styling 及川泰亮 costume ヨウジヤマモト

映画「草の響き」が公開中だ。自律神経失調症と診断された青年を演じた東出昌大は、演技とは何かを突き詰めたという。AERA2021年10月18日号の記事を紹介する。

【写真】東出昌大のランニングシーンはこちら*  *  *

映画「草の響き」のなかで、東出昌大が初めてスクリーンに姿を見せる、その時の表情が秀逸だ。東出演じる和雄は、医師から自律神経失調症と診断される。受け入れられない、でも何かせずには前へ進めない。あらゆる感情が凝縮した、強烈な“顔”がそこにはある。

和雄は、医師に勧められてランニングを始める。東出は言う。

「自分の最低限の存在証明として、毎日走っていたのだと思います。走っている時には、無になる瞬間もあれば、考えごとをしながら走っている瞬間もある。でも、無になる瞬間がある、ということが彼にとって救いだったのだと思います」

■芝居に嘘がないように

原作は、1982年に刊行された、作家・佐藤泰志による同名小説。函館のミニシアター「シネマアイリス」が企画、製作をし、「オーバー・フェンス」「きみの鳥はうたえる」といった作品に続き、映画化されるのは5作目となる。斎藤久志監督は、和雄というキャラクターに、90年に自ら命を絶った佐藤の人生を投影した。指の先まで繊細さが宿る、難しい役どころだ。

心に失調をきたすと、どのような症状が出るのか。どのように他者と目線を合わせ、会話するようになるのか。東出は、臨床心理士や救急救命士といった、医療関係者に話を聞いたうえで現場に臨んだ。

走るシーンの多い現場では、膝を壊してしまったこともあった。そんな時、原作の中に「足を痛めてサポーターをつけた。雨が染み込んで、冷たくて気持ちがいい」という描写を見つけた。「これはこのまま使えるかもしれない」。自身もサポーターを巻いて、撮影に臨んだ。

カメラは、和雄と彼が函館の街で出会う人々を、一定の距離を保ちながら優しく追い続ける。その多くは長回しで、13分もの間、カットがかからず演じ続けたこともあった。

「『撮られている』という意識を排していく作業が必要で、毎日、『お芝居とは何か』を考えさせられる現場だった」と言う。

「お芝居は、言ってしまえば“嘘”なのかもしれないのですが、その中になるべく嘘がないように、そこに存在できるように、と斎藤監督は演出してくださったのだと思います。『わかりやすく伝える』のではなく、人物たちが動く、その瞬間を切り取ることができれば映画は成立するのだ、と。いまはなかなかないタイプの映画なので、監督は一石を投じにいったな、と感じました」

■心のグラデーション

原作では和雄は独身という設定だが、映画の中では“夫婦の物語”にも焦点が当てられている。走り続けるなかで、和雄はスケートボードに夢中になる青年たちとすれ違い、心の交流が生まれる。

「心は触れ合えないものですが、それでも生活していくなかで、なんとか触れ合おうとしていく。そうした努力の積み重ねや色々な人の心のグラデーションが、この作品にはある」

人には、頑張ろうと思う瞬間もあれば、頑張るのをやめようと思う瞬間もある。そうした瞬間が「ふと」訪れることの曖昧さ、不思議さ。完成した作品を観て、そんなことを感じている。

「過去に同じような経験がある方は思い出すかもしれないですし、いま、そういう状況にある方には救いになれば、という気持ちもあります。おこがましいですけれど、“人を肯定できる映画”になればいいな、と思います」

(ライター・古谷ゆう子)

※AERA 2021年10月18日号

古谷ゆう子

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