大会開催へ少数精鋭スポンサー回り/太田雄貴会長2

大会開催へ少数精鋭スポンサー回り/太田雄貴会長2

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2020/09/17
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フェンシング(エペ)可視化イメージ(全日本選手権公式サイトから)

「エイブルpresents第73回全日本フェンシング選手権」が17日、開幕する。新型コロナウイルス感染拡大後、初の国内最高峰大会。オリンピック(五輪)2大会連続銀メダリストの日本協会・太田雄貴会長(34)が取材に応じ「NEW STANDARD」(新基準)を掲げる日本一決定戦の舞台裏を明かした。

大会準備に当たっては、やはりコロナ禍の影響を多大に受けていた。

自身が会長に就く前の16年には、リオデジャネイロ五輪の後でも当日券1000円で約300人しか入らなかった観客が、就任後の17年以降は右肩上がり。一昨年は完売し、昨年は入場券を最高3万円にプレミアム化しても約3200人が来場した。チケット収入は700万円を超えていた。

それが、集客に頼れなくなった今年はゼロに。反対に昨年まではなかった新型コロナ対策の経費が降り積もった。ならば営業を強化するしかない。スポンサー回りに奔走した。直接交渉する最前線の“営業マン”は太田会長を含めて2人だけ。少数精鋭でトップセールスを仕掛けた。

08年北京個人銀、12年ロンドン団体銀。日本フェンシング界初のメダリスト、だけでなく、13年には東京五輪の招致プレゼンターとして「日本の顔」の1人になった知名度でも今年の局面は難しかった。「(オンライン営業を終え)Zoomを切った時点で『あぁダメだったな…』と思うことも多々あった。ただ、このご時世でも断らずに話を聞いていただけただけでも本当にありがたかった。各社さん、コロナ禍で事情がある。決してゴリゴリはいかないよう」丁寧に共感を求めていった。

さまざまな革新と熱意を伝え「もうひたすら説明、説明、説明です。最終的にはコロナ前の昨年対比で同等の協賛金を集めることができた。安打の数は同じでも、打数が増えて打率は下がったけれど」。例年より多い約20社に話を聞いてもらった。「ただ、下がったと言ってもイチローさんくらいの高打率。これまでに築いてきた皆さまとの関係値が大きかった。感謝しても、し尽くせない。試合をするのは選手だけど、やはりスポンサーさんがいなければ試合すらできない。あとはアクティベーション(権利活用)でどう恩返ししていくか」考えていく。

これ以外にも、試合のライブ配信にギフティング(投げ銭)制度を導入することも決定。大会前に実施したクラウドファンディングは当初の500万円、上方修正した800万円と2度の目標を超えた。運営費の確保だけではなく、一流大会の証しである選手への賞金配分も期待される。

苦心したが、コロナ禍は悪いことばかりでもなかったという。「LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)をフェンシングの聖地にしたい、予選から満員にしたい、と思っていた中で残念」と、あらためてファンを呼べない悔しさは示しつつ「でも発見もあった」と続けた。一例として、大会スポンサーNTT西日本のグループ会社ネオメイトのビジネスチャットツールELGANA(エルガナ)の活用を挙げた。

「今まで、特に大企業さんを相手にする時は必ずEメールだった。何日か返事をいただけないこともあれば、反対に我々が2日ほどボールを持ったままにしてしまうことも多かった。ELGANAでものすごく効率化した。去年までは1週間かかっていたものが、チャットと電話とオンライン会議だった今年は数日で済んだ。決勝の運営にかかわる方々も全員で50~60人いるけど、必ずしも全員で顔を合わせる必要がなくなった。協会の理事会も同じ。これは新型コロナの産物と言うしかないと思います」

そして打ち明けた。「隠さずに言いますが、この大会は協会の財政的にも絶対に開催しないといけない」と。「全日本選手権の収入は日本代表の強化費とつながってくる。強化に尽力してくれている外国人コーチの人件費はスポンサーさんからの収益が柱。今すぐ日本代表を解散していいのであれば話は別だけど、実際そうはいかない。結果的に困るのは選手。何でもかんでも中止、の流れには懐疑的。選手のために何としてもやり切りたい」。組織の長としての責任感も、年齢が近い現場への思いも、開催へ体を突き動かす原動力となっていた。【木下淳】

◆フェンシング全日本選手権 今年で73回目を迎える日本一決定戦。予選は東京・駒沢体育館で準決勝まで。17日は女子エペ、男子サーブル、18日は男子フルーレ、女子サーブル、19日は女子フルーレ、男子エペの試合が行われる。各種目の出場者16人は原則、国内シニアランキングの男女上位16位までが推薦された。予選の模様はPLAYER!で、26日の決勝はABEMAで全試合配信される。詳細は大会公式サイトまで。

◆太田雄貴(おおた・ゆうき)1985年(昭60)11月25日、京都府生まれ。滋賀県大津市で育つ。男子フルーレ。京都・平安高(現・龍谷大平安高)時代に史上最年少17歳で全日本選手権優勝。04年アテネ五輪9位。08年北京五輪の個人で日本初の銀メダル。12年ロンドン五輪では団体で銀メダルに輝いた。15年に世界選手権で金メダル。16年リオ五輪の初戦敗退を最後に引退した。17年に日本協会の会長就任、TBS笹川友里アナウンサーと結婚。18年に国際フェンシング連盟の副会長に就いた。同大卒。171センチ。血液型O。

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