先生は「もし」を何個も投げてきた。志望校を下げるつもりだった私は

先生は「もし」を何個も投げてきた。志望校を下げるつもりだった私は

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/02/23
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私を変えたひとこと。それは、私の人生の中で、最も辛い時期にかけられた言葉だった。「お前はそれで後悔せんや?」

第一志望ではなかった高校の入学式。「決めたのは君自身」校長の言葉が刺さった

危険より「安心」を選ぶことを決心した。そして職員室へ

私は、地元では名門と言われる高校への受験を控えていた。しかし、どんなに勉強しても、ライバルたちとの差は開くばかり。受験前、最後の模試ではD判定。合格率30%。第二志望も危ういと、塾の先生は言った。母親は、そんな私を「なんでできないの?」と責め立てた。こっちが聞きたい。こんな必死に、なんで、あいつより絶対勉強してるのにって。そして、私は決心した。危険より「安心」を選ぶことを。

願書変更期間締め切り二日前。私は、職員室に向かった。「先生、もう無理です。諦めます。志望校下げます」。先生は、しばらく黙ったままだった。正直、怒られると思った。だが、発せられた言葉は、意外なものだった。

「お前はそれで後悔せんや?」

先生は、優しくそう言った。そして続けてこうも言った。

「もしお前が、志望校のボーダーラインを超えても、変えたことを後悔せんや?」

「もし、あれだけ言いよった高校生活が手に入ったらどうや?」と。

私は、変更先の願書を握り締めながら聞いていた。

結局、志望校は変えず。後悔する自分への責任が取れないと思った

結局、私は志望校を変えなかった。後悔する自分への責任が取れないと思ったからだ。それからというもの、なぜか勉強に打ち込めるようになった。「受からない」とわかっていても、とりあえず、出来るところまでやってみようと。

そして、合格発表当日。落ちるとわかっていても、どこかで期待している自分もいた。結果は「合格」。人生で、呼吸を忘れた瞬間は、あの時だけだったと思う。それくらいの衝撃だった。

私が、このドラマのような逆転劇で伝えたいことは、一つだけ。それは「もし」の数を数えるということ。なぜなら「もし」の数は、「未練の大きさ」に繋がるからだ。

先日、大学入試センター試験廃止後、初の「大学入学共通テスト」が実施された。センター試験あるあると言ってはなんだが、毎年ツイッターが大盛況である。中には「志望校は諦めました。」というツイートも見受けられた。私は思った。ここで一度立ち止まってみて欲しい。そして、たくさんの「もし」を思い浮かべて欲しい、と。何も思いつかなければ、それは良い選択ではなかったと言えるから。

いくつになっても、いつかの後悔や未練は消えないのでは

何もこれは、受験生に限った話ではない。成人を迎えた今、私は人生において、重要な選択する機会が格段に増えた。将来のこと、就職のこと、恋愛のこと、など様々である。と同時に、その「選択」の中に「妥協」や「合理性」という概念が、私を支配するようにもなった。俗に言う「まあいっか」状態である。もちろん、社会に適応していくためには、我慢しなければならないことも多い。ただ最近、ふとあの頃の「純粋さ」や「輝き」が羨ましくもなる。「二十そこそこの人間が、何言ってんだ」と言われてしまうが、いくつになってもいつかの後悔や未練は消えないものではないだろうか。

このエッセイが、今、葛藤やわだかまりを抱えている全ての人の希望やきっかけに、少しでもなってくれることを願っている。

さて、あなたにはいくつの「もし」が浮かんだだろう?

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