「タダじゃおかんぞ、こんクソが」大牟田連続4人殺人の死刑囚が明かした”想像もしなかった殺害動機”

「タダじゃおかんぞ、こんクソが」大牟田連続4人殺人の死刑囚が明かした”想像もしなかった殺害動機”

  • 文春オンライン
  • 更新日:2023/01/25

2004年9月に福岡県大牟田市で発生した「大牟田連続4人殺人事件」。4人殺害の実行犯が塀の中で求めた関係とは――。ノンフィクションライター・小野一光氏による「私はなぜ死刑囚の養子になったか」(「文藝春秋」2023年2月号)の一部を転載します。

【画像】北村孝紘死刑囚からの手紙

◆◆◆

現在、死刑囚という立場にある人物が、養子縁組をした親族との“外部交通”を妨害されたとして、国を相手どった裁判を起こしている。

原告の名は「C(原文実名)孝紘」。このCは、彼が養子となった相手の苗字。旧姓は北村であり、事件発生時の氏名は北村孝紘だった。

孝紘は04年9月に福岡県大牟田市で発生した「大牟田連続4人殺人事件」の犯人の1人で、確定死刑囚として福岡拘置所に収容されている。

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北村孝紘死刑囚 筆者提供

この「大牟田連続4人殺人事件」は、暴力団「北村組」を率いる北村家の父、それに母、長男、次男という家族4人で、知人母子3人と息子の友人の計4人を殺害し、全員に死刑判決が下されたという、前例のない特異な事件だ。北村家の次男である孝紘は、犯行当時20歳3カ月で、被害者4人全員を自らの手で殺めた実行犯。私は一審判決前から孝紘と面会をするようになり、長年にわたって交流を続けてきた。

孝紘の死刑が確定したのは11年10月。死刑が確定すると、基本的に親族や一部の弁護士を除く第三者とは、面会や手紙のやりとりといった“外部交通”が制限される。そのため、確定前は頻繁に面会や手紙のやり取りをしていた私も、確定後は彼との一切の交通を絶たれている。

その孝紘が、国家賠償等請求事件として、国を訴えたのだ。

請求の原因として挙げられたのは、彼がこれまでに養子縁組を行った3人の“親族”に対する信書の発信が認められなかったこと。

20年7月27日に福岡地方裁判所に提出された訴状では、福岡県弁護士会の「人権擁護委員会」と「刑事弁護等委員会」から10人(現在は11人)の弁護士が、原告訴訟代理人として名乗りを上げた。つまり福岡県弁護士会が死刑囚の孝紘に対する「信書発信制限」は違法だと問題視し、協力しているのである。

同弁護団に結成の理由を尋ねると、次の回答が返ってきた。

「死刑確定者には『親族』との間で手紙をやり取りする権利が認められており、養親と養子は『親族』です。したがって、死刑確定者とその養親ないし養子との手紙のやり取りは許されなければなりません。拘置所が、死刑確定者に対してその養親・養子との交流を一方的に妨げるのは問題であると考えています」

現在この国家賠償等請求訴訟は継続中で、いまのところ準備書面が交わされた段階である。判決が出るまでには数年を要するという。

「きさんか? つまらん記事ば書いとうとは」

こうした状況下にある孝紘から、本来ならば来るはずのない手紙が私の手元に届いたのは、18年10月のこと。訝りながらも、封を開けると、どうやら間違いなく本人からの手紙のようである。というのも、その角ばった特徴のある文字は、紛れもなく見覚えがある彼のものなのだ。

〈北村ことC孝紘〉

封筒の裏面には、福岡拘置所の住所とともに、そう記されていた。その内容については後述する。

私が福岡拘置所にいた孝紘と初めて面会したのは、死刑確定の5年前となる06年10月。フリーランスの私がこの事件の発生時から取材で関わっていた週刊誌の編集部宛に、孝紘が弁護士を通じ、「話をしたいことがある」と連絡を入れてきたのだ。そこで長らく取材を続けてきた私が、面会に行くことになったというのが始まりである。

最初の印象は最悪だった。

「きさんか? つまらん記事ば書いとうとは。俺が捕まっとう思うて舐めとったら、タダじゃおかんぞ、こんクソが……」

当時22歳の孝紘は、拘置所の面会室のアクリル板越しに向き合った途端、そんな悪態をつくなり、こちらを睨み付けてきた。

それはまず力を誇示して、話を優位に進めようとする、彼らの世界の典型的な手法だった。しかし、アクリル板で仕切られているこの場では、直接的な暴力の行使は不可能であり、私が怯む理由はない。

「記事はたしかに私が書きました。けど、今日は孝紘さんから、なにか伝えたいことがあると連絡があったから来たんですよ」

そう返すと、彼は太い腕を胸の前で組んで、「うーむ」と唸るようにして顔を上げた。表情からは先ほどまでの怒気が抜けている。

「そうったいね。たしかに今日は俺が呼びつけたけん、来よらしたったい。わかった。いまから話すけん、メモばとって」

そこで彼が口にしたのは、4人を殺害した事件のことではなく、拘置所での自身への処遇に対する不満の数々だった。

以来、私達のやり取りが始まった。

当初は、孝紘にとっての私は、便利な存在に過ぎなかったように思う。本や衣類などの差し入れを希望すれば私が代わりに購入し、さらには彼の発言や手紙の文章を雑誌に記事として紹介すると、謝礼が発生した。それは拘置所生活で、彼にとって貴重な収入源となる。

犯人の肉声は「第一級の資料」

一方の私は私で、連続殺人犯の肉声に触れられるメリットがあった。

殺人事件の真相、背景に迫るために、犯人の肉声は「第一級の資料」であり、取材者としては、最も得ることを望むものである。「なぜ人は人を殺めるのか」を主な取材テーマとしてきた私にとって、孝紘との交流は絶好の機会だった。

もちろん、いくら肉声とはいえ、相手の発言を鵜呑みにすることは禁物である。私はこれ以降も数多くの殺人事件の犯人と面会を重ねているが、自身の立場が有利になるように誘導してくる者は少なからずいた。

たとえば20年に発覚した「北九州監禁連続殺人事件」の松永太(死刑囚)などが顕著な例で、7人を殺害した罪に問われていた彼は、最後まで自身の潔白を訴え、責任をすべて共犯者である緒方純子(無期懲役囚)になすりつけようとしていた。

そんなこともあるとはいえ、拘置所や刑務所にいる容疑者の肉声が外部に伝わらなければ、事実(ファクト)を知るためのきっかけすら生まれない。まず話を聞き、その内容に整合性があるかどうかを、客観的事実と突き合わせて検討し、信用に足ると思える情報のみを採用する。そうした行為の積み重ねこそが、事実に近づくための限られた手段なのだ。

それ故に、犯人の生の声は重要であり、可能な限り入手への努力が必要なものだと考えている。

「小野さんね、俺の腕に蚊がとまって血ぃ吸おうとしたら、パシンて打つやろ。それと同じくさ。蚊も人も俺にとっては変わりないと。それだけのことたい」

なぜ4人もの人を殺めたのかとの私の問いに対する孝紘の答えである。そんな言葉が返ってくるなどと想像もしていなかった私は、面食らうと同時に、殺人という非日常的な行為の一端に触れることに、取材者として大いなる好奇心を掻き立てられた。

殺人を是とする粗暴な側面を持つ彼だが、付き合いが長くなるなかで、“愛嬌”のある顔も数多く見せてきた。それもまた、私にとっては想像しなかったことだ。

ノンフィクションライター・小野一光氏による「私はなぜ死刑囚の養子になったか」の全文は、月刊「文藝春秋」2023年2月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

(小野 一光/文藝春秋 2023年2月号)

小野 一光

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