池上彰×増田ユリヤ 「コロナ不況」と「世界恐慌」の類似点

池上彰×増田ユリヤ 「コロナ不況」と「世界恐慌」の類似点

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/08/01
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連日東京での感染者は3桁を超え、全国でも感染者最大を記録する自治体が相次ぐなど、全国でも感染が広がっている。そんな中、22日には経済停滞を救おうと「GO TOキャンペーン」が東京を除く地域で実施された。新型コロナの感染拡大の可能性がおおいにある中で、今やらなければならなかったほどの危機的状況というのは、どういう状況なのだろうか。

コロナによる経済危機を1929年の世界恐慌以来の世界的危機だという人もいる。ではそもそも世界恐慌とはなぜどのように起きたのか。現在との共通点は何か。歴史から学ぶことができるのではないだろうか。池上彰さんと増田ユリヤさんによって緊急出版された『コロナ時代の経済危機』(ポプラ新書)より抜粋してお届けする。

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コロナショックは 世界恐慌以来の危機になるのか

増田 新型コロナウイルスの感染拡大によって世界恐慌並みの不況、リーマン・ ショック以来の経済の落ち込みなどと言われることが増えています。

池上 影響がないものなんてない、といった状況です。だから流行がおさまっても、治療薬やワクチンの開発までは、人の動きはどうしても抑え込まれますから、経済の状況は簡単には回復しないでしょう。
象徴的だったのは、2020年4月に起こった史上初の原油のマイナス価格です。

増田 原油が余って価格が低迷するなんて異常事態です。それだけ世界の経済がつながっているということですよね。
生産現場だけではなく、農作物の輸出入にも問題が出ています。車や船での輸送も制限が設けられている状態では、ものが行き渡らなくなります。さらに今後、それぞれの国が国内での供給を優先すれば、当然、これは農作物に限った話ではありませんけれど、輸入品の価格がどんどん上がって、それに頼ってきた私たちの生活は苦しくなっていくでしょう。

池上 世界貿易の減少という事態は、まさに世界恐慌で起こったことですよね。

失業者の数では世界恐慌以上に深刻

増田 とりわけ今回の新型コロナウイルス拡大による経済への影響は、「世界恐慌の再来」だとか「世界恐慌以来」などと表現されています。では、そもそも世界恐慌とはどういうものだったのか。まずは世界史の教科書で振り返ってみましょう。

池上 授業では、1929年の10月24日に株式市場の暴落が起きて大恐慌が始まったと習いますよね。

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1929年10月24日のことを伝えた有名なフレーズのひとつが、エンターテインメント情報で知られる「VARIETY」紙の「WALL ST. LAYS AN EGG.」。卵を産む?と思ってしまうが、「大暴落」という意味を持つという Photo by Getty Images

増田 高校の「世界史B」の教科書では、「1929年10月に、ニューヨー ク株式市場(ウォール街)での株価の暴落から、アメリカ合衆国は空前の恐慌におそわれた。工業生産の急落、企業の倒産、商業・貿易の不振が一挙にすすみ、銀行など金融機関の閉鎖や倒産があいついだ。労働者の4人に1人が失業 し、国民の生活水準は大きく低下した」(『詳細世界史B 改訂版』山川出版社、 2018年)とあります。

池上 失業している人が、「労働者の4人に1人」ですから、たいへんな状況であることはわかります。

増田 新型コロナ騒動前のアメリカの失業率は、2020年2月に3.5%と半世紀ぶりに低い水準でした。ところが感染が拡大していった4月には、14.7%に達し、5月にはやや改善したとは言うものの見通しはつきにくいです。

池上 失業の理由がすべて新型コロナウイルスによるものだけではないでしょうけれど、ものすごい落ち込み方ですよね。

失業者の数で見ると、1929年から30年代後半まで続いた世界恐慌でおよそ1300万の人が失業したのに対して、今回はたった数ヵ月の間に2000万人以上が仕事を失った状態になっています。2008年のリーマン・ショック以降、10年かけて回復してきた景気の状況が一気に失われてしまいました。

増田 既に失業者の数では、世界恐慌並みかそれ以上の深刻な状況になっているということですよね。

恐慌前夜、アメリカは 「永遠の繁栄」の時代だった

増田 当時は、1918年に第一次世界大戦が終わり、世界の経済がようやく復調して安定してきた社会でした。

池上 アメリカは、ヨーロッパと違って本土への被害もありませんでした。その上、ヨーロッパに軍事物資をはじめ、さまざまなものを輸出していて、多大な利益を得ていましたから、戦後、経済復興も早く進みます。

増田 さらにヨーロッパの国々に第一次世界大戦の戦費もたくさん貸していました。その結果、世界経済はアメリカ一人勝ちの状況になります。アメリカの好況の背景にはそういった要因があります。

池上 労働者が「消費者」として大きな存在になっていくのもこの時期です。高額な買い物を、ローンを組んで借金で購入することに多くの人が罪悪感や違和感を持たないようになっていきます。こうして個人消費が経済を支える一つの側面にもなっていきました。

増田 郊外の住宅地が開発され、不動産ブームが生まれ、それをまたローンで購入するのです。そして不動産バブルへとつながっていきます。

池上 不動産が投機の対象になったわけですね。こうして一般庶民が働いてお金を得るだけでなく、投資によってお金が得られるといった意識が芽生えていくわけですよね。この結果、株への投資がブームになります。借金をしてまで、株を買う人が出るようになっていきます。

増田 当時のフーバー大統領は、そんなアメリカの状況を、「永遠の繁栄」と言っていました。

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1929年3月4日から1933年3月4日まで任期をつとめたフーバー大統領。写真は1928年夏のもので、まさにアメリカがバブルに沸いている頃だった Photo by Getty Images

池上 しかしそのバブルを発生させた「永遠の繁栄」は、「ある日を境に破裂した。1929年10月24日木曜日の株価の下落は恐怖にかられた投資家の間に“売り”の嵐を呼び起こし、ニューヨークのウォール街にある証券取引所で株価の大暴落が起こった。世界経済で優位を占めていたアメリカの恐慌はたちまち世界へ広がった(世界恐慌)」(『明解世界史A』)となってしまうわけです。

大恐慌が始まった

増田 この「暗黒の木曜日」を発端に、アメリカでは1933年までに6000余の銀行をはじめ、9万もの企業が倒産して、失業者も大量に発生することになります。こうしてアメリカから不況が世界へと広がり、第二次世界大戦が始まる1930年代の後半まで、世界恐慌は続いていきます。

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1929年10月24日、NY証券取引所前は情報を求める人で大騒ぎに Photo by Getty Images

池上 1929年8月にアメリカの中央銀行制度であるFRB(米連邦準備制度理事会)が公定歩合を引き上げています。つまり金利を引き上げたんですね。

増田 どういう狙いがあったのでしょう。

池上 株式投資がブームになってどんどん株価が上がる状況を抑えようと考えたのです。実体経済とかけ離れた株価になっていて、株が投機の目的になってしまっている状況を落ち着かせようとしたのです。

増田 実体経済って、要するに、モノやサービスのような実体(実物)があって、それに対する対価を支払うことですよね。お金とモノの交換。だから、実物経済ともいう。一方、株の取引きのような金融経済は、モノを介さずにお金だけが動く。だから、金利によって影響を受けやすいということですか。

池上 ハハッ、その通りでございます。金利を引き上げると、お金を借りる際の利子が増えてしまいます。そうすると、借金して株を買うような人は、お金が返せるだろうかと、少し冷静になりますよね。

増田 それがバブル崩壊につながったわけですか。

池上 ボディーブローのようにきいて、きっかけになったと思います。金利が上がって、お金を借りることに不安を感じれば、株を買う熱も下がるでしょう。そこから、不安心理へとつながって、バブルがはじけたわけです。

増田 不安心理が株価の暴落につながるって、どういうことですか?

池上 みんな、株はこれからも上がり続けるだろうと考えて買ってきた。しか しFRBが公定歩合を上げ、株価の上昇が行き過ぎているというメッセージを出している。確かにこのまま株価が上がり続けるなんてことはないよな、そういう不安な思いを多くの人がもつと、株価が自分が買ったときより高いうちに、または借金を返せる儲けがあるうちに株を売っておこうとなる。それで徐々に、株価が下がる傾向が出始める。その一方で、まだまだ上がると考える人は、株が少し下がったところで買いに出る。

増田 株が上がったからと売る人がいれば、下がったからと買う人もいると。

池上  そうです。それがついに10月23日の午後、大量の売りが始まった。結果、翌日の24日には、損を増やしたくないと、厖大な売り注文が入り、大暴落が起こります。
ここで今、見ておかなければならないのは、バブルがはじけて景気が後退局面に入ったのは確かだけれど、すぐにひどい状況になったわけではないことです。実際、株価は下がったあと、多少持ち直すこともあったのです。しかし最終的に、1933年の2月に底値をうつまで、下がり続けるのです。重要なのは、こうして経済が悪化していく際に政府がきちんとした対策をうてるか、メッセージを発していけるかどうかです。それが不安感を取り除き、不況を長引かせないためにも必要だということです。

増田 どういう対策をうって、それをどう国民に説明するかが問題ですよね。

池上 今がんばればこの先の生活がよくなっていく、安定していくという気持ちがもてるような政策が示されれば、厳しい状況をこらえられます。株を買う人も出てきて、株価ももち直すでしょう。
ところが、このときのフーバー大統領は当初、この大暴落の経済状況に介入しません。政府が民間の経済問題に口を出すべきではないというのは、「小さな政府」が望ましいと考えている共和党の大統領のフーバーにとっては当然のことだったのでしょう。

「好景気はすぐそこまできている」と 言い続けたフーバー大統領

増田 フーバー大統領は1930年5月には、「いまや最悪の時期は過ぎた。今後の一層の協力 により、景気は速やかに回復する」と発言しています。状況が見えていないというか……。

池上 実に主観的な発言ですね。そういえば、今の共和党のトランプ大統領も、「景気は速やかに回復する」と言い続けています。

増田 恐慌で仕事を失った人たちが、仕入れたリンゴをニューヨークの街で売 る「リンゴ売り」が流行るような状況なのに……。

池上 1930年の11月頃、ニューヨークだけで6000人ものリンゴ売りがいたといわれています。ところがそれを見たフーバーは、「リンゴ売りが儲かるから、大勢の人がこれまでの仕事を辞めてしまった」と発言したそうです。

増田 呆れた発言ですよね。状況が見えていない、というより、見ようとしていないんですね。

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フーバー大統領の政策を揶揄した風刺画 Photo by Getty Images

池上 また、当時の政策では、不況が悪化するしかないような面もあったんです。当時、アメリカは金本位制をとっていました。だから今のように不況に陥ったからといって、自由に金融緩和なんてできなかったわけです。

増田 ここで言う金融緩和とは、一般の銀行が国から買い入れた国債(国にお金を貸したという証書)を中央銀行である日銀が買い入れる。日銀は買い入れた分(一般銀行に支払った分)のお金を新たに刷って一般の銀行に渡すという方法ですね。そんなことは金本位制の当時はできません。金が中央銀行になければ、お金を刷ることができませんからね。

池上 結局、この金本位制からアメリカが離脱するのは、1933年、フランクリン・ルーズベルトが次の大統領になってからでした。

財政均衡主義で対策が立てられない

池上 あとは、フーバー大統領が財政均衡主義をとったことも不況が長期化した原因の一つです。これは当時の他の多くの国もそうだったのですが、税収に見合った支出しか財政として認めていなかったのです。

増田 不況に陥って税収が減ったら、その減った税収分でしか国の予算が組めないということですよね。

池上 健全といえば健全なのですが、不況のときに健全財政を維持すると、被害が大きくなることがこの経験でよくわかったのです。国債を発行して資金を集め、公共事業を展開することで、雇用を生み、働いてくれた人たちに賃金を払い、その賃金から税金を納めてもらう。こうして国の税収を増やし、お金を得た人たちが消費活動をして、企業も儲かり、企業からも税金を納めてもらう。この税収で国債という国の借金を返す。こういう好循環が可能になったのは、ケインズ経済学の考え方が浸透する、第二次世界大戦のあとのことです。

増田 ケインズ経済学とは、政府が積極的に経済に介入すべきだという考え方ですね。
フーバー大統領はまた、輸入品に高関税をかけて、アメリカの産業を守ろうとしました。それが、1930年に出された、スムート・ホーリー法です。提案した二人の議員の名前を並べて、こう呼ばれています。この対策もかえって経済の悪循環に拍車をかけていきます。

池上 自分の国の経済が悪化したから、国内の産業を守ろうというのは、貿易が経済にどういう影響を与えているかわかっていない人の発想なんだよね。

現代の米中みたい…高関税の大失敗

増田 スムート・ホーリー法では、890品目の商品の関税が引き上げられました。課税対象の商品の関税率は、39%から59%に引き上げられます。アメリカの輸入関税の平均税率は40%になりました。

池上 当時のアメリカ国内の経済学者が1000人以上、この法律に反対だと声明を出しているんです。保護貿易は経済にとって何もいいことがないと。しかしこの意見を聞き入れることなく、議会で成立した法案にフーバー大統領も賛成します。

増田 アメリカでは、議会で成立しても、大統領には拒否権がありますから、法案に署名しなければ、法律になりません。

池上 しかし、フーバーは賛成したのです。経済学者たちは、フーバー大統領が拒否権を発動して、廃案にすることを願ったのですけれど、そうはなりませんでした。

増田 40%にまで税金を上乗せされた輸入品を誰が買うのか。誰も買いません。この場合の主な貿易相手国はヨーロッパということになりますが、イギリスやフランス、ドイツなどからすれば、買ってもらえないなら輸出できない、ということになります。自分たちの商品を買ってもらえないなら、相手の商品にだって高い関税をかけて輸入しないようにするぞ、ということになります。報復関税ですよね。

池上 つい最近のアメリカと中国も同じことをしていましたよね。お互いに高い関税をかけあって譲ろうとしませんでした。

増田 その頃、中国に大豆を輸出していたアメリカの農家に取材に行ったのですが、あまりに関税が高いので輸出できなくなり、手元にある大豆をどこに売ったらいいか、本当に困っていました。

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2020年1月のトランプ大統領と習近平国家主席。当時はここまで米中が冷戦状態になるとは思われていなかったが…Photo by Getty Images

池上 まったく歴史に学んでいないんだよね。結局、世界恐慌の際は、ヨーロッパの国々もアメリカに対して高関税をかけることで対応します。その後は、資源や植民地を持っている「持てる国」のアメリカやイギリス、フランスなどが、それぞれ自分たちの経済圏(ブロック)をつくっていくことになります。これが「ブロック経済」です。

増田 ドルならドル、ポンドならポンドと、同じ通貨を使っている経済圏の範囲の中でだけ、商品の売買、つまり経済活動が行われるということですね。その結果、世界の貿易はさらに縮小することになる。商品を売れる範囲、つまり市場が小さくなるわけですからね。当然、経済は悪化していって、世界恐慌がどんどん広がっていくわけです。それでも「持てる国」は自分たちのブロックの中で経済をどうにか回していきますけれど、資源や植民地を持っていない「持たざる国」は反発を強めていきますよね。

感染症や災害…歴史から学ぶ必要

池上 その「持たざる国」がドイツ、イタリア、日本なんだよね。経済が悪化していく中、資源などを求めて近隣諸国へ侵略を始めるわけだ。

増田 それこそが、第二次世界大戦につながるわけですが、今はその歴史をしっかり踏まえ、どうすれば国際的に協調していけるか、検討していかなくてはいけません。

池上 今もコロナ禍によって、各国ともに自分たちの国の経済を守るため、また、マスクや医療品、ワクチンの開発など、自分の国を中心に対策を考えざるを得ないところがあります。どうしても内向きになりがちですが、これからどうやっていくか、ですよね。これを機に、今後の経済や国際協調のあり方をどうするか、模索が始まるでしょうね。

増田 新型コロナウイルスという感染症を前に、人やものの移動は否が応でも制限される。そうした状況の下では、どうしたって自分たちの国で経済や医療など、解決していかなくてはいけない問題が大きくなります。しかし、こんな難しい局面でも、どうやって世界の国々と協力し合い、情報や物資を互いに補い合って乗り越えていくか。大きな課題だと思います。こんなときこそ、新しい発想が求められますよね。

池上 その通りだよね。もちろん、従来通りの世界的なサプライチェーンは、今後も残っていくのだろうけれど、医療品をはじめ、非常時に必要なものは、それぞれの国で備蓄したり、国内で生産したり確保するための生産ラインを残していく、新たにつくろうということになるでしょう。そういうところにコストをかける社会でないと、いざというとき、立ち行かなくなることが今回のコロナ禍でよくわかった。それを教訓として、今後に活かしていくしかないと思います。

増田 感染症だけではありません。大地震や豪雨による被害など、かつて経験したことのない自然災害に見舞われることが確実に増えています。危機的状況に直面したとき、一番害を被るのが社会的な弱者です。そういう人たちにどう手を差し伸べることができるのかも今回の経験で改めて考えていかなくてはいけないと思いました。

世界恐慌、オイルショック、リーマンショック……世界が直面し、そして乗り越えてきた経済危機を振り返り、コロナ禍の不況との類似点や相違点を探る対談集。経済危機を乗り越えたリーダーと、そうでなかったリーダー、現在の安倍首相と海外のリーダーとの違いも検証。ポプラ新書

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