安田猛さん、胃がんで死去...王貞治氏“宿敵”から放った「757号を思い出しました」

安田猛さん、胃がんで死去...王貞治氏“宿敵”から放った「757号を思い出しました」

  • スポニチアネックス
  • 更新日:2021/02/22

ヤクルトは21日、球団OBで「ペンギン投法」と称された独特のサイドスローで活躍した安田猛氏が20日の午前2時30分に胃がんのため都内の自宅で死去したと発表。73歳だった。通夜、告別式は家族葬で執り行う。

No image

76年、王さんと対決する安田猛さん

訃報を受け、ソフトバンク・王貞治球団会長(80)は球団を通じ「少し変則的な投げ方でしたが球に力があり、テンポが良く度胸がある投手でした。757号を彼から打ったことを思い出しました」とコメント。77年9月3日にハンク・アーロン氏の世界記録を超えた756号を放った翌日に757号を放った安田氏との別れを惜しんだ。

王氏と同じ左の強打者で76年に巨人へ移籍したスポニチ本紙評論家の張本勲氏(80)は「左殺し。私はそんなに苦にしなかったが、王ちゃんはなかなかタイミングが合わなかったようだ」と当時を回顧し「どんどん仲間がいなくなる。寂しいね」とコメント。ヤクルト入団当時は投手コーチで安田氏から指導を受けた高津監督は「(背番号)22の大先輩。凄く発想が豊かで、練習方法がユニークだった」と感謝した。

◆安田 猛(やすだ・たけし)1947年(昭22)4月25日生まれ、北九州市出身。小倉高から早大、大昭和製紙を経て、71年のドラフト6位でヤクルトに入団。1年目の72年にリーグ最多の50試合に登板し、新人王と最優秀防御率、翌73年も2年連続で最優秀防御率のタイトルを獲得。75年からは先発登板が増え、4年連続で2桁勝利を挙げた。81年に現役を引退。左投げ左打ち。

▼日本ハム・栗山監督 ショックだった。ヤクルトに入った時、安田さんはコーチ。本当にお世話になったので感謝しかない。

▼楽天・石井監督 親身になって技術向上やプロのノウハウを教えていただいた。プロの一歩目のコーチが安田さんで幸せだった。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加