時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介!
今月の3冊:『食べることと出すこと』『バー オクトパス』『いつか中華屋でチャーハンを』
今回、担当編集さんから嬉しい提案をいただいた。「毎月1冊だと、紹介したくてもできなかった候補がいろいろあるんじゃないですか。そういうのをまとめて紹介する回があってもいいのでは」。
ああ、まさに! ということで2021年の初回は、3冊ほどまとめておススメを挙げてみたい。
食事に味わいが消えると人はどうなる?『食べることと出すこと』
まず『食べることと出すこと』(医学書院)から。言うまでもなく、食べたら人間“出す”わけだが、著者は大学生のとき潰瘍性大腸炎という難病にかかり、ひどい下痢が頻発、食べるものが徹底的に制限されてしまう。そう、「食べること・出すこと」に大きな困難を抱えたわけである。そんな闘病生活は実に13年にもおよんだ。
入院して始まったのが1カ月以上もの絶食。点滴で栄養補給はされるものの、口からものを食べない生活が続くと人間どうなるのか? 味わいというものが絶えると人は何を思うのか?
発症からここに至るくだりでものすごく引き込まれる。絶食明け、最初に食べたものはヨーグルト。「口の中で爆発が起きた!」という描写に、私は『奇跡の人』の「ウォーター!」のシーンが思われてならなかった。
潰瘍性大腸炎という病気は人によって程度にかなり差があり、著者の頭木さんは相当重病だったよう。食べられるものといえば、13年間ほぼ「豆腐と半熟卵とササミ」だったというのも想像を絶する。ほかのものを口にするとまた下血を伴うようなひどい下痢が起こるかもしれない……。そんな事情を、なかなか他人は理解してくれない。病気によって、社会的な食コミュニケーション(会食やパーティ、お見舞いの差し入れ、ちょっとした打ち合わせのお茶でさえも!)に加われなくなってしまった彼。これもまたひとつの「闘病」なのだ。
とにかく多くの気づきを与えてくれる本だった。私たちが無意識に病人の方々へやっているかもしれないハラスメントを、本書は教えてくれる。そして闘病記ではあるが、徹頭徹尾そこはかとないユーモアと淡々とした距離感があり、つらい内容でも悲壮感はごく薄い。また頭木さんは比喩引用の名手で、体験したつらさや悩みを何かに例えるのが実にうまいんである。316ページと厚い本で2,000円(以下、すべて税別)するが、熱烈に薦めたい一冊。
あと2冊はコミックを。
以前にも紹介した漫画家でイラストレーター・スケラッコさんの『バー・オクトパス』(竹書房、750円)は、なんとも気持ちを穏やかにしてくれる本で、病禍の世が続く現在、ひとときの清涼剤としてありがたかった。
海の中のバー「オクトパス」はその名のとおり、タコのマスターが営んでいる。主人公の人魚(OLさんという設定)が、だんだんと店のなじみになっていくさまがいい。
「理由はうまく言えないけど、ここでぼんやり過ごす時間が好き」
そんな思い、飲み好きの人は誰しも体験していると思う。“ぼんやりと何をするでもなく、好きな店にたゆたう愉(たの)しさ”がとてもうまく描写されている。
ほのぼのとした世界がひねもすのたりと続く中、最後に海中に嵐がおとずれ、物語が大きく動く展開が感動的。全然違う内容だが、映画『フィツカラルド』で船が山を行くような壮大なファンタジーを私は感じた。
続編、熱烈希望『いつか中華屋でチャーハンを』
『いつか中華屋でチャーハンを』(スタンド・ブックス、1,600円)は、読み終えて猛烈に腹がへる1冊! 著者は「何かのネタになるかと思って」と、中華料理店で「カレーかオムライスがあったら絶対食べる」というルールを自分に課していた人。
大阪のあんかけカツ丼、長崎のバンメンなどローカル進化系のもの、各店で独自改造されているオムライスや麺ものなど、ただ食べ歩いて紹介するだけではなく、なぜそれらが生まれたのかを真摯に、そしてほどよい軽さをもって推察していく。
その加減がとーってもいい。なにより、絵柄に妙なのどかさと「おかしみ」があって、たまらなくホガラカな気持ちを与えてくれる。本作が初の漫画作品とは信じられない。続編、熱烈希望。
あ、カバーを取った表紙も雰囲気があって素敵なので、ぜひ見てみてほしい。
白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。郷土料理やローカルフードを取材しつつ、 料理に苦手意識を持っている人やがんばりすぎる人に向けて、 より気軽に身近に楽しめるレシピや料理法を紹介。著書に『 自炊力』『にっぽんのおにぎり』『ジャパめし』など。