性行為中にコンドームを外された僕が伝えたい「ステルシング」の恐怖

性行為中にコンドームを外された僕が伝えたい「ステルシング」の恐怖

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/11/25
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米・カリフォルニア州で「ステルシング」が性的暴行と位置づけられ、法律で禁止されることになったというニュースを目にしたのは、つい先日のことだ。「ステルシング」とは、性行為中に相手の同意なくコンドームを外すことを指す。

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ステルシングに関する法案を提出したカリフォルニア州議会のクリスティナ・ガルシア議員〔PHOTO〕Getty Images

この言葉を初めて目にした人もいるだろう。僕もその言葉を知ったのは去年だった。そして、その行為が「暴力」なのだときちんと把握したのも、この数年以内のことだ。そのとき初めて、僕は自分が受けた行為の恐ろしさについて認識することができた。

今回、ステルシングという性暴力について書くにあたり、ゲイである僕がかつて風俗店に勤めていたときに実際に遭った被害をここに記すことにした。性的な行為を職業とし、妊娠の恐れのない僕のような男性にとっても、ステルシングがどれほどの暴力性をもつか伝えたかったからだ。

今は冷静な気持ちで伝えられるが、ここに至るまでにはある程度の月日と、さまざまな心理的なプロセスが必要だったことを念押ししておきたい。中には、こうした体験と現在進行形で向き合い続けている方もいると思う。性暴力の描写を目にすることで具合が悪くなる可能性がある方は、この先を読む際はどうかご注意いただきたい。

紳士的な男性が行ったまさかの行為

10年ほど前、まだ20代前半だった頃、僕はゲイとバイセクシュアル男性向けの風俗店(通称・売り専)で働いていた。性暴力について語る上で必要な記述ではないので、働くようになった経緯などはここには書かないが、売り専で僕は“被挿入”が可能なキャスト(接客をする人)だった。

ある日、紳士的で優しい雰囲気のお客さんが僕を指名してくれた。彼は挿入を希望していたので、そのつもりで接客をし、特に不快に感じることもないままプレイを進めていたのだが、途中で、彼がコンドームを外していたことに気がついた。最初に彼が着けたのは見ていたが、僕が背中を向ける姿勢になった瞬間に外されていたようだった。

呆気に取られている僕を見て、彼はちょっと慌てた様子で「大丈夫だから」と言いながら、プレイを中断した。そのため、中に出されずに済んだのだが、こちらが同意していない性行為を強いられたことに変わりはない。

釈然としない思いを抱えながらも僕は笑顔を作り、世間話をし、シャワー室で体を流してから見送った。その間も頭の中では色々な感情が飛び交っていたのだが、それらのどれから対処したらいいのかわからず、ただ淡々とルーティーンをこなすことしかできなかった。

被害者を苦しめる「自責の念」

猛烈な怒りと後悔の念が押し寄せてきたのは、彼を見送ってしばらくしてからのこと。コンドームを外すことは店のルールに反するが、そもそも性感染症を防ぐためのコンドームを外すというのは、それ以前の問題だ。そんな腹立たしいことをされたのに、なぜすぐ怒れなかったのか、という後悔が胸の中で大きくなっていった。

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〔PHOTO〕iStock

やがてその後悔は、少しずつ自責の念に形を変えていくことになる。その場ではっきり言うか、そもそも異変にすぐ気づいて止めさせるべきだったのに、結局何もしないで笑顔で見送るなんて! と。もちろん、それらは後になってから思い至れることなのだが、そうやって自分を責める度、自分自身がすごく傷ついていることを思い知らされるのもみじめで嫌だった。

それから日が経つにつれ、今度は自らに諦めをうながすような心境になっていった。僕は妊娠の心配もないし、性感染症さえうつされていなければ何も気にすることなんてないじゃん、と。でも、僕にとってステルシングは、たとえ妊娠の可能性がなく、性感染症にもかかっていなかったとしても、ただそれだけで激しく尊厳が傷つけられる行為だったのである。

同意した上での性行為であり、特に抵抗もなくスムーズに進めていたのに、最後の最後でコンドームを外されただけでここまで心がえぐられるのかと、自分で自分に驚いたほどだった。

性暴力はその字面から、肉体的に痛めつける行為を連想しやすいかもしれないが、肉体的な痛みを伴わなくとも、人の心は一瞬で激しく傷つけられることがあるのだ。

性感染症への不安から体重が激減

その後、怒りや自責の念にはなんとか折り合いをつけられても、自分が性感染症にかかっていたらどうしようという不安は消えずにくすぶり続け、それが死への恐怖になるまでにそう時間はかからなかった。

不安を解消したいならすぐにでも病院で検査をすれば良かったと今なら思うし、セックスワーカーならそれが当然だというお叱りを受けるかもしれない。全くその通りではあるのだが、性暴力を受けたことに対し、何か行動を起こすこと自体が精神的に本当にしんどかったのだ。そうしたセルフケアが自分の受けた仕打ちを再確認する行為になる場合もあるし、もし検査を受けて何か異変があったら立ち直れないのではないかという不安もあった。

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〔PHOTO〕iStock

だからこそ、まるで何事もなかったかのように振る舞っていたのだが、心にかかった負荷は体にも影響をもたらす。僕の場合、それは食欲不振というかたちで表れ、170センチの身長でありながら体重が50キロ近くまで落ち、ほどなくして売り専を辞めた。

性暴力を受けても仕方のない人はいない

セックスワーカーとして働くなら、そうしたリスクも覚悟の上だったのでは? と思う人もいるかもしれない。

しかし、性暴力を受けても仕方のない職業なんてない。性暴力を受けても仕方のない状況もない。被害者がセクシーに見える格好をしていたとしても、双方が性行為そのものに同意していたとしても、恋人・夫婦の関係であったとしても、いかなるジェンダーでも、性暴力は決して許される行為ではないし、暴力を振るった側が100%悪いのだ。

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〔PHOTO〕iStock

僕もかつては自分を責めたことがあったが、今は自分にはまったく非がなかったと思っている。もし1%でもこちらに非があるかのようなことを言ってくる人がいたら、その人は暴力を振るう側に立つ人間だ。

女性が負う金銭的な負担の大きさ

僕の場合は幸い妊娠の可能性はなかったが、もし妊娠する可能性がある人だったら、僕以上にリスクを背負わされただろうと思う。そしてその場合は金銭的な負担も大きい。

知人女性にこの話をした際、彼女が当時付き合っていた男性との行為中にコンドームを外されたときのエピソードを教えてくれたので、本人の許可を得た上で紹介したい。土曜の夜のことだったが、大きな不安に襲われた彼女は翌日、病院で緊急避妊薬(アフターピル)を処方してもらい、性感染症の検査を受けた。その病院は土日も緊急避妊薬を処方する数少ない病院で、2万円という高額設定をしていることでも有名なところだったという(※)。その病院では性感染症の検査が1万円だったので、妊娠と性感染症の不安を払拭するために、彼女は3万円も支払ったのだ。

※編集部注:緊急避妊薬の処方は日本の病院では自由診療のため保険適用外で、相場は約6千円から2万円。海外と比べて手間もお金もかかり、必要な時に入手するのが困難なため、薬局で入手できるようOTC化が議論されている。

彼女はたまたま都心に住んでいたから、休日でも緊急避妊薬を処方してくれる病院にスムーズにアクセスできたが、もし近くにそうした病院がない人や金銭的な余裕がない人だったら、あるいは10代の学生だったら、さらに追いつめられたことだろう。

また、もし彼女がコンドームを外されたことに気づかないままでいたら、人工妊娠中絶をせざるを得ない状況に陥っていたかもしれない。そうすればさらに精神的・肉体的・金銭的な負担を強いられることになる(編集部注:初期の中絶手術の場合、10〜20万円が相場と言われている)。ステルシングの被害者は、必ずしも被害に気づけるとは限らない。その意味で、ステルシングは時限爆弾のような質の悪さもあるのだ。

立ち直るために必要だった「大きな変化」

ちなみに僕の場合は、少し変わった方法で性感染症の恐怖から開放されることとなった。

売り専を辞めた後に大がかりな整形手術を受けたのだが、全身麻酔による施術だったので事前に血液検査を受けることになり、その際に性感染症の疑いが晴れたのだ。ただ、「検査の結果、病気が見つかった場合は別途10万円いただきます」と言われていたため、直前まで気が気ではなかった。

この整形手術は、僕にステルシングから立ち直るきっかけもくれた。手術自体は以前から計画していたものだが、顔を変えたことが「過去を脱ぎ捨てる」ことにつながり、新たなセルフイメージ作りの手助けとなったのだ。

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〔PHOTO〕iStock

誤解のないように記すが、整形を心の傷を癒す万能薬としておすすめしているわけではない。たまたま僕にとってポジティブに働いただけだ。100万円以上もかけ、顔にもかなりの負担をかける行為を経て、初めて僕はステルシングの体験から自分を救うことができた。

逆に言えば、そこまでの大きなことをしなければ、完全には立ち直れなかったとも言える。そして、誰もがそうした術を見つけられるわけではない。

コンドームを外した側からすれば、ほんの一瞬の快楽のための行動に過ぎないかもしれないが、それをされた側は、そこから立ち直るまでに一瞬とは程遠い時間やコストをときに要する。しかも理不尽なことに、その代償を払わされるのは被害を受けた側なのだ。

これは、あらゆる性暴力に通ずることである。メディアでカジュアルに消費されやすい痴漢や盗撮といった行為も、他者からは想像もできないほど、被害者の心に深い傷をつける。だからこそステルシングや、他のあらゆる性暴力は、いずれもまごうことなき暴力行為なのだという意識を社会全体で共有していきたいと、強く思っている。

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