仏像「如来」は偏平足、腕が膝まで届く、歯が40本...悟った人たちの特徴「三十二相」とは?

仏像「如来」は偏平足、腕が膝まで届く、歯が40本...悟った人たちの特徴「三十二相」とは?

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  • 更新日:2022/09/23
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当麻寺金堂の塑像弥勒如来坐像(中央)=2022年2月28日、奈良県葛城市

お寺や博物館で出会ったことのある仏像。如来、菩薩、明王、天部……それぞれの姿かたちが伝える仏像のメッセージを学べば、仏像の味わい方もきっと変わってくるはず。週刊朝日ムック『歴史道 Vol. 23 仏像と古寺を愉しむ』では、正しい仏像の見方を特集。ここでは「如来」をひもとく。

【イラスト】仏像「如来」を解説!*  *  *

人に歴史があるように、仏像にも歴史がある。1体の仏像から、多くの情報が読み取れれば、これまで仏像と向き合った時とは違う感動が得られる。これを読んで、お寺や博物館に行けば、きっとこれまでの何倍もの楽しみ方が身に付くはず。そんな仏像鑑賞法をご紹介する。

仏像は、仏教が誕生してすぐに作られたわけではない。今から約2500年前のインドで、ゴータマ・シダールタという一国の王子が出家し、6年間修行して悟りを得た。その時の悟りを人々に説いて、共感した者が集まり、仏教が成立する。悟った人をブッダといい、目覚めた人という意味だ。一般には釈迦といわれる。仏教が広がり、仏教の信仰が盛んになった。しかし、釈迦も生身の人間なので当然亡くなる。これを涅槃といい、深い悟りという意味だ。その後、すぐに仏像が作られたわけではない。崇拝した人の姿をかたちにすることを畏怖したと考えられる。それから、約500年後にようやく仏像が誕生した。

ところで仏像は何体あるのか。経典の中で仏像の数を数えると、おおよそ3000体といわれる。これには理由があり、仏教では三世という考え方がある。つまり、過去、現在、未来という時間の観念だ。この三世に各々1000体の仏像がいるとされる。しかし、それを全て覚える必要はない。

仏像と向き合って、まず確認したいのが仏像の種類。数千体もある仏像だが、種類はたったの4つ。「如来」、「菩薩」、「明王」、「天」である 仏像を見て、装飾品を身に着けず、衣だけの素朴な姿をしていたら如来といえる。これは悟った姿なので欲がないためシンプルな表現というわけだ。次に冠をかぶったり、装飾品を身に着けていたら菩薩、これは現在修行している姿を表現し、一般的には釈迦が王子だった時の姿をイメージして作られている。

そして、お寺に行って怖い顔をした仏像に出会ったことがあるだろう。これは明王といわれる仏像。本来の姿は如来だ。悟った姿、優しい表情で人々を導こうとしても、説法を聞かない人がいる。その人たちのために、あえて怖い顔をして導いてくれている姿だ。つまり慈悲の怖さということになる。

こうした仏像の世界を護る者の姿が、天といわれる仏像だ。天は、四天王のように甲冑をつけている姿もあれば、弁財天や吉祥天のように穏やかな姿もある。見分け方としては、如来と菩薩、明王の姿以外は天であると推測してみよう。この4種類を確認できれば、仏像鑑賞のパスポートを手に入れたも同然だ。

■「如来」悟りを開いた釈迦の姿をモデルとする

如来は、修行して悟った人の姿。煩悩が消滅しているので、物質的なものに執着していない。そのため仏像の中で最もシンプルな姿をしている。

インドでは、如来の衣(正確には袈裟)の着方が二つある。一つは「偏袒右肩」、これは衣を斜めに着て右肩を露出する着方だ。もう一つは両肩を覆うように着る「通肩」といわれるもの。この二つの着衣法でインドの仏像が制作された。そして仏像が中国に伝来した際、中国式(漢民族式)の衣の着方が成立する。この衣の着方は、当時の中国の貴族たちの服装だ。目印は、みぞおちにある結び紐。この結び紐があれば、中国で成立した仏像の着衣法だと判断できる。日本には、この三つの着衣法が伝来した。

なお、インドの人たちは、悟った人は、普通の人とは違った身体的な特徴があると考えていた。それが「三十二相」というもの。具体的には、足は偏平足、腕が膝まで届く、顔を覆うほどの舌がある、歯が40本ある、眉間に白毫がある、身体から光が出ているなど。如来が金色で彩色されているのも三十二相の中に、悟った人は金色に輝いているという記載があるからだ。中には、何を食べてもおいしく感じる、声が綺麗で遠くまで聞こえるなど表現しにくいものもある。表現可能な特徴をもって、如来を表現していることが理解できる。

如来は、どれもシンプルな姿なので見分け方が難しいが、ポイントを見れば、推測することはできる。例えば、手のかたち、印相という表現だ。釈迦如来の印相には、右腕を上げる施無畏印と、左腕を下げる与願印がある。また、坐禅する時の手を表わすこともあり、禅定印とか法界定印という。阿弥陀如来も似ている印相があるが、阿弥陀如来の場合は、指を付けて手を結んでいる。これが釈迦と阿弥陀の違いである。

薬師如来は、薬壺を持っているイメージがあるが、飛鳥・白鳳時代の薬師如来は、薬壺を持ってない。薬壺をもつ薬師如来が出てくるのは奈良末期になってからだ。

また大日如来の場合、如来像なのに宝冠をかぶり、胸飾りまでつけている。大日如来は、宇宙そのものとされ、如来の中でも特別な存在「如来の中の如来」なので、荘厳された菩薩像姿として表現する。密教の二つの世界(金剛界・胎蔵界)の大日如来の違いは、印相で見分けることができる。 ちなみに東大寺の本尊、奈良の大仏は廬舎那仏という如来である。これは『華厳経』で説かれる如来、華厳世界の教主、広大な宇宙観そのものの姿といわれる。実は、密教の大日如来と廬舎那仏は、原語は同じバイローチャナで、「光り輝くもの」という意味である。経典の違いによって名称が変わった。

◎監修・文/村松哲文
むらまつ てつふみ/1967年東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学後、早稲田大学會津八一記念博物館を経て、駒澤大学仏教学部教授。早稲田大学エクステンションセンターや、NHK・Eテレの仏像番組の講師も務める。主な著書に、『アイドルと巡る仏像の世界(共著)』(NHK出版)、『駒澤大学仏教学部教授が語る 仏像鑑賞入門』(集英社新書)ほか。

※週刊朝日ムック『歴史道 Vol. 23 仏像と古寺を愉しむ』から

村松哲文

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