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「結婚したくないと言うだけで変人扱いされる」日本社会がこんなに息苦しいワケ

「結婚したくないと言うだけで変人扱いされる」日本社会がこんなに息苦しいワケ

  • PRESIDENT Online
  • 更新日:2021/07/20

ドラマ「結婚できない男」が2006年に、続編「まだ結婚できない男」は2019年に放送された。東京工業大学准教授の治部れんげさんは「主人公が“頼りがいがある夫役割”を徹底的に拒否して生きているところにジェンダー革命の萌芽が見える。男性の解放なくして、女性の解放もない」という――。

※本稿は、治部れんげ『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

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カンテレ「火曜ドラマ『まだ結婚できない男』」ホームページより

タイトルは「結婚できない男」だけど、中身は…

「結婚できない男」の放送は2006年で、2019年には続編「まだ結婚できない男」が放送されました。ジェンダー視点から気になるのは、何よりタイトルの不適切さです。このタイトルからは、未婚者に対する冷やかしや差別的な印象を受けます。本編を見てみれば、主人公はひとりの生活を楽しんでいますから「結婚しない男」という表現の方が内容を正確に映しています。

明らかに「政治的に正しくない」タイトルではありますが、本作品は既存のジェンダー規範に抵抗しつつ、それをコミカルに描いているところが面白いです。主人公の桑野信介(阿部 寛)は一級建築士で、都内に自分の事務所を構えており、住宅設計で高い評価を得ています。

桑野が設計する住宅の特徴は「キッチンを中心にする」こと。部屋の中心にキッチンのスペースを広々と確保した上で、流し台を壁際につけてしまうのではなく、アイランド型にして大きくどんと設置するのです。ある時は、顧客の予算を200万円も上回りながら、キッチン中心の家を提案しました。これは夫婦で来店した客の妻に非常に好印象を残しています。

主人公が愛するのは「心地よいひとりの生活」

このような提案は、桑野自身のライフスタイルが大きく影響しています。彼は都内のマンションでひとり暮らし。広々としたLDKにはアイランド型のキッチンがあり、冷蔵庫は健康的な食材や青汁で常にいっぱいです。上質な牛肉を買ってきて専用の器具を使い好物のステーキを作り、冷やしたシャンパンとともに夕食を楽しむ桑野の幸せそうな様子がドラマの冒頭で描かれます。自分で好きなものを作り、料理して食べる楽しみを実感しているからこそ、桑野は住まいの中でキッチンが重要だと考え、仕事の提案にも生かしているのです。

ただし「食べる楽しみ」を他人と分かち合いたいとは思っていないのが桑野の特徴です。彼が愛するのは、自分が好きなもので囲まれた心地よいひとりの生活です。夕食後は冷蔵庫に常備してある牛乳をグラスにつぎ、お気に入りの高級リクライニングチェアに座って、クラシックを大音量で聴きながら指揮者になった気分で両手を振る──こういう瞬間に、この上ない喜びを覚えるのです。

ローンを払う男性たちの人生は何のためにあるのか

料理はするけれど、他人のために「ケア労働」はしたくない。それどころか、他人と関わることすら面倒くさい。そんな桑野をドラマでは「変人」として描きます。桑野の設計事務所と協業している住宅プロデュース会社の営業担当から「家を作る仕事をしているのに、どうしてそこに住む人間に興味を持たないのか?」と尋ねられると「みかん箱を作るのに、みかんを好きである必要はない」と冷たく答えます。

桑野の顧客に対する突き放した見方は、たとえばこんな具合です。自分が作った住宅を購入し、ローンを払うのはほとんどが男性です。彼らは、妻子を養い、多額の借金を背負って朝から晩まで働きます。せっかく買った家に帰るのは家族が寝静まった夜中。一体、何のための人生なのか。客を馬鹿にしているような見方ですが、真実を突いています。

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写真=iStock.com/urbancow※写真はイメージです - 写真=iStock.com/urbancow

「束縛される男性」の象徴として描かれる義弟

「男性が外で働き家族を養うべき」という考えを前提とすれば、「結婚」が男性にもたらすのは、束縛に他ならない。桑野はそれを見抜いており、「結婚なんてメリットがない」と公言してはばかりません。急病に罹った時や誕生日には、ひとりだと寂しいし不便ですが、元気に日常を暮らしている間は、ひとりでまったく問題はないからです。

自由に生きる桑野と対照的に「束縛される男性」の代表格として描かれるのが、桑野の義理の弟です。彼は中規模の総合病院の副院長で跡取り息子、桑野の妹との間に娘がひとりいます。「ホステスにモテた」ことを喜ぶような分かりやすい中年男性で、接待半分遊び半分で連日、飲み歩いています。そんな夫の行動を牽制するためか、妻は毎晩決まった時間に娘の写真とメッセージを送って帰宅を促します。

未就学児のひとり娘を猫可愛がりしつつ「お前が大きくなったら、病院の跡継ぎになりたい男がいーっぱい寄ってくるからね」と話しかける様子は、昭和の価値観そのもの。愛する娘本人が医師になって病院を継承する可能性は、ひとかけらも持っていない様子です。その言動に悪気はゼロ。こういう人が「無意識のジェンダー・バイアス」を拡散するのでしょう。

「変人のおじさん」だから心を開いた姪

ところで続編の「まだ結婚できない男」では、13年後、依然として独身で建築士を続けている桑野の日常が描かれます。桑野の姪・ゆみは高校生になっています。ある日、妹夫婦から相談を受けた桑野は、ゆみがメイドカフェでアルバイトしている現場を突き止めます。理由を聞くと、ゆみはアメリカに留学して経済学を勉強したい、という希望を持っており、資金を貯めるために高時給のメイドカフェで働いていたことが分かります。

医者と結婚して病院を継いでほしい、と折に触れてプレッシャーをかけてくる両親には言えないけれど、「変人のおじさん」である桑野には正直にやりたいことを話せた、ゆみの心情はよく分かります。桑野から事情を聞いたゆみの父は、娘が結婚して病院を継ぐことを「そうなったらいいな」と思っていただけで「押し付けてはいない」と言います。

親は子どもの幸せを願っています。あくまでも子どもの将来のために、良かれと思って話しても、ジェンダー役割を押し付けたり、子どもを追い詰めたりすることがあるかもしれません。子どもは子どもで親の気持ちを察して遠慮してしまい、自分が本当にやりたいことを言い出せない。そんなことは、日本中でたくさん起きていそうです。

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写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

ルールから自由だと「変な人」とみなされる

そんな時、桑野のように既存の価値観から解放された大人が近くにいたら、子どもは本音を言えるかもしれません。ここで面白いのは、桑野が決して子ども好きではないことです。偶然居合わせた赤ちゃんに笑顔を向けることすらできず、怖がらせて泣かせてしまうような不器用な人、それが桑野です。姪のゆみに対しても、必要以上に近づかず「理解のある叔父」を演じるわけでもなく、事情を聞いたらさっと帰っていく距離感が良いと思いました。

仕事で参加した立食パーティーで、桑野がパスタの定義を巡りうっとうしい蘊蓄(うんちく)を披露して、面倒がられて人が離れていくシーンもあります。一緒にもんじゃ焼きを食べに行くと、混ぜ方や作り方に独自の強いこだわりを見せ、同席者をうんざりさせます。

決して、友達になりたいタイプではない桑野が、だからこそ、多くの人を縛っている「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」というルールから自由である、というのは興味深いです。今の日本社会には、職場、家庭、学校、地域にジェンダーに基づく決めつけが根付いています。あまりにも、あらゆるところに染みついている慣習やルールから自由になろうとしたら、現代日本社会においては「変な人」とみなされることを覚悟しなくてはいけないのかもしれません。

「頼りがいがある夫役割」を徹底的に拒否して生きている

折しも2021年3月、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森喜朗会長が、女性が多い会議は長引くとか、わきまえた女性たちについて発言して批判され、辞任に至りました。Twitterではハッシュタグ「#わきまえない女」を使って意思表示する人がたくさんいました。

この流れで言えば、桑野信介は、まさに「#わきまえない男」です。嫌なこと、不快なことは口に出し、事実関係の間違いは忖度(そんたく)せずに指摘します。相手が見込み客でも遠慮はしません。性別も家族構成も違いますが、私が桑野の言動に苦笑しつつ共感するのは、彼が自分に正直に、社会から期待される「頼りがいがある夫役割」を徹底的に拒否して生きているからです。

女性の完全な解放は、男性の解放なくして実現しないと私は思います。その意味で、頼りがいや優しさといった、異性愛女性が求める要素を「そんなものは、俺はいらない」と捨て去っている桑野的な人物に、かなり本質的なジェンダー革命の萌芽を見るのです。

「結婚できない」いじりは今の時代に合わない

独身キャリア男性の桑野と対比されるのが、専門職のキャリア女性たちです。「結婚できない男」には医師や住宅プロデュース会社の営業職、「まだ結婚できない男」には弁護士の女性が登場します。リアリティを感じたシーンは多々ありました。たとえば、医師が仕事を終えて中華料理店に入り、ラーメンとビールを注文してひとりで幸せそうに食べる風景。この医師がひとりで漫画喫茶に行くシーンも、分かるなあ、と思いました。

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写真=iStock.com/kuppa_rock※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

私は今、家族と同居していますが、休日の朝、子どもが起きる前に散歩に出かけ、公園で読書をすると心が落ち着きます。また、ひとりで食事をする時は、中華料理店や蕎麦店によく行きます。周囲は地味な服装のひとり客ばかりです。

話を盛り上げるためか、ドラマでは桑野を含む独身者が「結婚していないこと」を批判したりいじったりするシーンが頻出します。桑野の変人ぶりを部下や取引先が揶揄(やゆ)したり陰口を言ったりした上で、「だから結婚できない」と述べる場面が多すぎるのは、独身差別であり、今の時代には合いません。

また、物語で重要な役割を果たす女性医師や女性弁護士が独身であることについて、桑野自身が嫌味や意地悪を言うシーンも多発しています。ドラマ全体を通じて「すべての人が結婚すべき」という価値観が強く出すぎているところや、自己主張をはっきりする人を「変人扱い」して馬鹿にしてよい、と言わんばかりの表現が浸透しているところは、笑えない、と思いました。

男性の4人に1人、女性の7人に1人が「結婚しない」時代

そもそも、現代の日本社会ではシングルが生き方のひとつとして広がっている現実があり、50歳まで一度も結婚したことがない人の割合「生涯未婚率」は男性では約4人に1人、女性では約7人に1人です。「結婚しないこと」が珍しくない社会状況を踏まえると「皆が結婚すべき」という価値観は、そもそも古いです。また、個人の意思で決めればいいことを「すべき」と押し付けるのは差別につながります。

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治部れんげ『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)

せっかく「結婚も大黒柱役割も引き受ける気がまったくない男性」という新しい人物像を構築したこのドラマで、もし、パート3を作ることがあるなら、その時は違う趣向にトライしてみてほしいと思います。たとえば「やっぱり結婚しない男」とした上で、桑野のような価値観を持ち、彼ほど嫌味ではない人を複数登場させる。加えて、キャリア女性が主夫と結婚するとか、同棲するけれど籍は入れないパターンがあってもいいはずです。さらに、DINKsを続ける予定だった夫婦が里親になる選択肢だって、ありそうです。

現実を見れば、私の周りにも読者の方の周りにも、人生を楽しんでいるシングルはたくさんいます。結婚して離婚した人も少なくありません。中には再婚した人もいますし、もう結婚はしたくない、という人もいます。彼・彼女たちのリアリティをよく見てフィクションに昇華していくと、実は桑野が主流化しつつある、現代日本のライフスタイルを描いた大人向けのドラマを作れる気がします。

その頃には、今、家庭を持っている人も、もしかしたらシングルに戻っているかもしれません。単身世帯の増加を見据え、ステレオタイプから自由な男女を描くドラマが増えることを期待しています。

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治部 れんげ(じぶ・れんげ)
東京工業大学准教授
1974年生まれ。1997年、一橋大学法学部卒。日経BP社にて経済誌記者。2006~07年、ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年よりフリージャーナリスト。2018年、一橋大学経営学修士課程修了。メディア・経営・教育とジェンダーやダイバーシティについて執筆。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員。東京大学大学院情報学環客員研究員。東京都男女平等参画審議会委員。豊島区男女共同参画推進会議会長。
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治部 れんげ

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