ずん・飯尾 大ブレークの陰に大御所からの助言 忘れないタモリの金言「時代は追わない方が良いって」

ずん・飯尾 大ブレークの陰に大御所からの助言 忘れないタモリの金言「時代は追わない方が良いって」

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  • 更新日:2020/10/17

お笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹(51)が17日、TBS系「サワコの朝」(土曜前7・30)に出演し、ブレークするまでの日々を明かした。

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お笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹

21歳のとき、飛び込みで現所属事務所「浅井企画」に入り、芸歴は29年。アラフィフの今ではバラエティー、ドラマ、CM出演と引っ張りだこだが、若手の頃は“冬眠生活”だったという。「20代は床ずれが出来るほど寝ていて。冬眠するのは熊だけじゃないんだなって思いました」と飯尾。「その代わり、同期のキャイ~ンとか先に売れたやつにね、おいしい物をたくさん食べさせてもらいました」。

空き家だった母の実家で芸人仲間と共同生活を送っていたが、諸事情で1人減り、2人減り…。2000年に残った相方・やす(50)とコンビ結成。飯尾は「浅井企画の在庫品なんですよ。地味さとかいろいろ含めて当時、『リンスとリンスが組んだ』って言われていて。どっちかシャンプーがないと泡立たないだろうって」と、笑いながら回顧した。

鳴かず飛ばずだった時代、事務所の先輩である関根勤(67)をはじめ、タモリ(75)、明石家さんま(65)など、お笑い界の諸先輩方からいろいろなアドバイスを受けたという。当時を振り返り、「関根さんからは(ずんの)キャッチフレーズは『やってきた高野豆腐』だと。味が染みるまで焦らずじっくりいけって」と飯尾。関根のバックアップのもと「笑っていいとも!」(フジテレビ系)にコンスタントに出演し、少しずつお茶の間で顔を知られるようになった。

「いいとも!」の司会者だったタモリからの助言も忘れない。「タモリさんからは受けているものや、時代は追わない方が良いって。時代は追ったら絶対に追いつかないからって言われました。自分がおもしろいと思うことを、1つのところでやっていれば良いんだよって」と飯尾。「そうすればもしかしたら、時代がポーンと会うかもしれないからそれ待ちだって。フィーリングだからって」と、感慨深く振り返っていた。

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