絶対不変の時空を歪めた相対性理論。それでも破れなかったものとは?

絶対不変の時空を歪めた相対性理論。それでも破れなかったものとは?

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/08/03
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想像してみてください。あなたは喫茶店に入って席に座り、ジュースを注文し、出てきたジュースを飲みほしたとします。この一連の行動は、時間が逆に進む世界ではどうなるでしょう。

まず初めにあるのは「おいしかったぁ」という感覚です。次に、ジュースがコップに吐き出されていき、どんどんコップに収まっていきます。そのあとあなたはジュースを注文し、席を立ち、後ろ向きに外へ出ていく……。

このように時間が逆戻りする世界があると言ったら、とんでもないつき、あるいはSFか、スピリチュアルなお話としか思われないでしょう。

『時間逆戻りするのか』まえがき

自然界の多くは対称性をもっているのに、なぜ時間は一方向にしか流れないのか? 古来、物理学者たちを悩ませてきた究極の問い。ケンブリッジ大学宇宙理論センターでホーキング博士に師事し、薫陶を受けた若き物理学者が、理論物理学の最新知見をを駆使して、この難問に挑む思考の旅へと発ちました。

今回は、20世紀最大の革命の1つ「相対性理論」における時間のあり方と、過去・現在・未来という〈原因〉と〈結果〉の順序についての思考遍路です。

一定の方向に放たれた「時間の矢」とは

自然科学では、時間はどういうわけか、物理学のテーマとして考えられてきました。しかし、物理学とはその名のとおり「物」の「理」を扱う学問です。目に見えず、実体もあるのかないのかよくわからない時間などという代物にどうアプローチすればよいのか、昔から多くの物理学者が頭を悩ませてきました。

やがて、つかみどころのない時間になんとかして触れるための、3つの手がかりが考えられるようになりました。「方向」「次元数」「大きさ」です。そして、これらの観点からみていったとき、時間にはほかの物理的な研究対象とはまったく違う特徴があることがわかってきました。

このうち、「方向」については、多くの物理学者が「時間は流れをもっていて、それは適当にあちこちに向かうのではなく、いつも一定の方向に流れている」と考えてきました。そして流れは「一方から一方へ進むだけで、その反対はありえない」、つまり不可逆なものだと考えられてきました。時間の方向についてのこのような見方を表す言葉が「時間の矢」です。

初めにイギリスの天文学者エディントンが、その著書『The Nature of the Physical World』(「物的世界の本質」)の中でその言葉を使ったのが最初とされています。

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「時間の矢」という言葉を用いたイギリスの天文物理学者、アーサー・スタンレー・エディントン(Sir Arthur Stanley Eddington、1882-1944

エディントンは、時間は宇宙が始まってからずっと、唯一の方向、すなわち過去から未来へと向かう一方向にのみ流れていて、それはあたかも一直線に飛ぶ矢のようであり、決して戻ることはないと述べ、これを「時間の矢」と名づけたのです。

時間が一方通行なのは自明の理か

もっとも、その言葉は使わずとも、時間は一方向にしか進まないらしいとは、古くから考えられてきました。みなさんも、誰かに教わらなくてもそう感じていたと思います。

たとえば静かな池に石ころを落とすところを想像してみれば、波紋が周囲に広がっていく様子が目に浮かびます。それは時間というものが流れているのを感じさせる光景です。この波紋は、外側に広がっていくのみで、何かに当たって反射でもしないかぎり、決して内側に向かうことはありません。そこに人は、時間の流れの不可逆性を見いだしてきました。この例は波における「時間の矢」とも呼ばれています。

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水面に立った波紋は、外側に広がっていくのみで、何かに当たって反射でもしないかぎり、決して内側に向かうことはない photo bygettyimages

近年の研究で、宇宙は「ビッグバン」と呼ばれる高エネルギー状態から始まったあと、現在に至ってもなお膨張を続けていることがわかってきました。収縮することはなく、膨張の方向にのみ向かっているのです。これも石ころがつくる波紋のたとえに似ていて、「時間の矢」をイメージさせます。

もしかしたら時間の不可逆性は、宇宙ができたときから根源的なレベルで決まっていたのかもしれない、とも思わされます。このように宇宙のスケールで考える「時間の矢」のことを、宇宙における「時間の矢」とも呼びます。

日常に溢れる「時間の矢」を示す証拠

これらは物理的な現象ですが、ほかにも、時間の流れる方向が不可逆であることを感じさせる例はさまざまにあります。

たとえば草木が芽を出し、茎が伸び、花を咲かせて実をつけ、やがて枯れるさまは、私たちに生から死へという時間の流れをいやでも思い知らせます。逆向きの時間の流れは想像しにくいところです。これは生物学的な「時間の矢」といえるでしょう。

また、私たち人類をはじめ、ある程度の知性をもつ生物は、脳に長期的な記憶装置を備えています。だから、過去に「あれ」をやったから、現在、「よいこと」があった( 餌にありつけた、すてきな異性と結ばれた、とか)、じゃあ未来にまた「あれ」をやろう、と一連の川の流れのような記憶をもつことができます。これを「学習」ともいいますが、生物はこのようにして環境にも適応して進化してきました。

これがもし、未来のできごとが先にあり、そのあと現在になり、過去へと時間が流れているとしたら、私たちはどのような行動をとればよいかわからずパニックに陥りそうです。こういった時間の流れは、認知学における「時間の矢」といえるかもしれません。

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時間の流れは不可逆で、射掛けられた矢の方向は一方向としか思えない illustration by gettyimages

こうしたさまざまな例を見ても、時間の流れはたしかに不可逆で、「時間の矢」という言葉は、時間の本質的な性質を言い表していると思えてきます。

光を絶対的地位につけたら、時間が遅くなった!

かつて、20世紀初頭までの物理学では、時空は絶対不変で、ほかのあらゆるものの動きを測る基準とも考えられていたのですが、1905年に発表されたアインシュタインの『特殊相対性理論』によって、なんと私たちが住む世界そのものである空間や時間すなわち「時空」は、ぐにゃぐにゃと変動する相対的なものであることがわかったのです。

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特殊相対性理論を発表した1905年頃のアインシュタイン photo by gettyimages

当時は、光が進む速度は状況によって変わると思われていました。たとえば電車に乗っている人がライトを持っている場合と、止まっている人がライトを持っている場合を比べると、電車に乗っている人のライトから出る光の速度は、電車の速度+光の速度となるので、止まっている人が持っているライトの光より速くなるはず、と当然のように、そう信じられていました。

しかし、アインシュタインは、光の速度を絶対的な地位に格上げすることを考えました。光の速度はどんな状況でも不変であり、しかも、この世のあらゆるもののなかで最大速度であるということを、証明する以前に「原理」にしてしまったのです。アインシュタインの着想は正しく、「光速度不変の原理」が確立されて、そこから特殊相対性理論が導かれました。

物体が私たちの日常で見られるような運動をしていれば、ニュートンまでの物理学でも事実上、問題はないのですが、物体が光速、つまり秒速30万kmに近いという特殊な運動をしているとき、例えばものすごい速さで動いているロケットに乗って外を見ると、ものの大きさが縮んで見えます。そして、地上の人よりも時間がゆっくりと流れるということが起こります。空間も時間も、特殊な運動によってサイズが変わるからです。

アメリカンコミックに「ザ・フラッシュ」という、超高速で走ることができる正義のヒーローがいますが、時間がどれだけ遅れるのかを計算すると、フラッシュにとっての時間経過のは私たちの時間経過の6割しかなく、それだけ時間が遅く流れていることがわかります。

THE FLASH / フラッシュ 〈ファースト・シーズン〉』公式トレーラー。ブルーバックス 『時間は逆戻りするのか』ではどれくらい遅れるかを計算してみた

フラッシュの腕時計は標準の時間よりも進みが遅いので、悪事が行われる場に駆けつけるのが一瞬遅れてしまわないかという心配がありますが、どれくらい遅く流れるかわかれば、腕時計の補正量もわかります。

絶対不変だった時空がぐにゃぐにゃになった!?

さらに、アインシュタインは『一般相対性理論』で、重力とは、時空の歪みから生まれるものであることを予言しました。ごくおおまかにいえば、トランポリンのネットのような時空にボールを置くと、その重みでネットが凹むというイメージです(図の上)。「ものが落ちる」とは、その凹みにものが転がっていくことです。

そして彼は、宇宙には極端に強い重力によって、時空のネットが究極にまで凹んだ場所があることも予言しました。それがブラックホールです(図の下)。

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cap一般相対性理論が予言する重力のイメージ。上はネットが凹むように時空が歪んで重力が生まれるようす。下はブラックホールでは時空のネットは究極まで凹むようす

1915年、まさに今からおよそ100年も前のことでした。

未来を決めるのは因果律?

こうして、特殊相対性理論では「光」が、そして一般相対性理論では「重力」が、絶対不変のはずの時間を伸び縮みさせたり歪めたりしていることを予言しました。そして、じつは相対性理論の話は、本書ではここからが重要になってきます。アインシュタインは相対性理論を生みだしたあと、相対化した時間における〈原因〉と〈結果〉という"ルール"について、突きつめて考えることとなりました。

「あのとき、あんなことがあったから、いまこうして僕たちは出会えたんだね」

「あのとき、あんなことをしてしまったから、僕たちは別れてしまったんだね」

世界中のどれだけの恋人たちが、過去にこんな会話をかわしてきたことでしょうか。すべての結果には、それが起こるための原因が存在していると、私たちは考えています。そう、この世はすべて、原因と結果に支配されていると。仏教にも「因果応報」という言葉があり、悪い行いをすると、巡り巡ってその報いを受けることになると教えられています。

そして物理学にも、「因果律」というルールがあると考えられています。すべては原因があって結果があるのであり、その逆は成り立たないという考え方です。

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物理学にも、原因があって結果があり、その逆は成り立たないという「因果律」があると考えられている photo by gettyimagesアインシュタインが考え進めていったのは、この因果律についてです。

因果律の考え方を極端に推し進めていくと、現在起きているすべての結果は、宇宙が誕生した最初に決まっているという「決定論」ともいわれる考え方に行きついてしまいます。それはそれで、壮大なスケールの話で面白いのですが、さすがに無理がありそうです。

しかしアインシュタインという人は、偶然を嫌い、この世界のすべてをつかさどる法則を「神」として崇めていたそうですから、因果律が未来にどこまで影響を与えることができるのか、その範囲をきちんと定めたいという思いがありました。そのために思索を重ねていったのです。

つまり、かの天才は、ある原因が結果にどこまで影響を与えることができるかということを、光という絶対者の立場で限定したかったのです。

原因と結果、過去と未来をつなぐ「光円錐」

そして、アインシュタインはこう考えました。

原因があって、それが次のできごとに伝わるまでには、力とか情報とか、なんらかの伝達手段が不可欠だ。では、最もよくそれらを伝えるものは何か。それはこの宇宙を最大速度で進む光だ。たとえ真空であっても、光ならば伝えられる。ならば、光が進みうる範囲内でのみ、ある原因がある結果をもたらす因果律が成立する。

この光が進みうる範囲のことを「光円錐」(ライトコーン)と呼びます。あらゆるできごとは、この光円錐の中を逃れることができず、過去から未来へと一方向に進んでいると、アインシュタインは考えたのです。

以下の図に示したものが光円錐です。ここに描かれている、逆三角形と三角形の頂点を結んだ線の中だけでしか、原因と結果は関係しないとしました。この線は光の速度が届く限界範囲であり、その内部は、速度が光速度以下の、たとえば音などの伝達情報をすべて含んでいます。

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光円錐のイメージ。光は上下の円錐の中だけを進み、過去と未来はこの中だけで関係しているという考え方

この真ん中の頂点部分が、いま私たちがまさに存在する現在ということです。図に示されているように、そこはすべての過去とつながっているわけではなく、その下の三角形の領域とつながっている情報しか現在と関係しないことを物語っています。

アインシュタインは、原因と結果の関係を、光速の範囲に閉じ込めて、あまりにもきっちりと決めてしまいました。繰り返しますが、因果律とは原因と結果が順序だって関係するというルールです。それはすなわち、過去と未来の順序は変えられないということです。

だとすると、時間は過去から未来への一方向へ進み、逆戻りするということは、否定されてしまうことになります。敬愛してやまないアインシュタインがそう言うからには、承服するよりなさそうです。ううむ。

たとえば、SF好きの間で、相対性理論について話すときによく登場するタイムマシンも、仮につくることができたとしても、因果律があるせいで未来にしかいけません。過去に戻って原因に何か変更を加えると、現在の結果と整合がとれず、因果律が成り立たなくなるからです。窮屈だぞ、因果律!

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アインシュタインは原因と結果の関係を光速の範囲に閉じ込めて、きっちりと決めてしまった CG Photo by gettyimages

ブルーバックス 『時間は逆戻りするのか』という本で、私は「時間を逆に進む世界はあるのか」という命題の、壮大な時間探究の旅に出ました。しかし、この思考の旅の始まりで、早くも物理学の巨人に通せんぼされたような事態になってしまったのです。

でも、あきらめるのはまだ早い。因果律が私たちに「時間の矢」を射かけてきて邪魔をするのは、光が過去から未来への一方向だけに進むものと考えたからです。もしも、逆に未来から過去に向かって飛ぶ光があれば、因果律とも矛盾せず、時間が逆戻りする可能性が開かれてきます。

そんなの、ただのご都合主義じゃないか! とお叱りをうけそうですが、じつはそうとも言えないのです。相対性理論に続いて、20世紀の物理学に起きたもう1つの革命、量子力学において時間はどう考えられるか。次回は、このあたりを旅してみたいと思います。

この記事は、ブルーバックス 『時間は逆戻りするのか』より作成しました。

時間の不思議と逆戻りの謎を巡る旅、連載「時間は逆戻りするのか?」
次回は、8月8日の配信予定です! 前回記事はこちら

時間は逆戻りするのか宇宙から量子まで、可能性のすべて

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「時を戻そう」は本当に可能になるかもしれない!

一方通行と考えられてきた時間は近年、逆転する現象が観測され、なんと「時間が消えるモデル」までもが提唱されている。ケンブリッジ大学理論宇宙論センターで晩年のホーキングに師事した「最後の弟子」が語る新しい時間像。読めば時間が逆戻りしそうに思えてくる!

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