空前の「埼玉ブーム」を巻き起こした映画『翔んで埼玉』の続編、『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』で、関西を牛耳る冷酷無慈悲な大阪府知事・嘉祥寺(かしょうじ)晃を演じた、歌舞伎俳優の片岡愛之助さん。
作品の見どころや撮影秘話をお聞きしました。
父も『パタリロ!』の大ファンだった

片岡愛之助さん演じる嘉祥寺晃(写真左)©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会
──今作では、関西を牛耳る“ドン”として大阪府知事・嘉祥寺(かしょうじ)晃の役を演じておられます。オファーを受けた時は、どのようなお気持ちでしたか?
まずは、大好きな魔夜峰央(まやみねお)先生の作品に関われるというのが嬉しかったです。
亡くなった父の片岡秀太郎が、魔夜峰央先生の代表作でもある『パタリロ!』の大ファンだったんです。父に「これは面白い」とすすめてもらって僕も読み始め、親子ですっかり『パタリロ!』にハマっていました。だからもちろん、前作の『翔んで埼玉』も観ていましたし、あの大好きな作品に参加できるということがとても嬉しくてありがたかったですね。

「親子ですっかり『パタリロ!』にハマっていた」と片岡愛之助さん/撮影 文藝春秋
──魔夜峰央先生の作品には、独特の世界観がありますよね。
そうですね。でも白塗りのメイクをして普段とは違う世界を演じる歌舞伎の世界とも相通じる部分がたくさんあったので、僕には親近感がありました。
ただ、主演のGACKTさん、二階堂ふみさんをはじめ、キャストのみなさんがこの上なく美しい方ばかりじゃないですか。前作に出演の京本政樹さんもこの上なく美しかったですし、ビジュアルが強烈なのにまったく違和感がなくて、歌劇団みたいだな、とは思っていたので、そんな世界に自分がなじめるのか、そこは不安でした。
吉村府知事が目を輝かせた瞬間

「無難な役どころだろうと思っていた」と片岡愛之助さん/撮影 文藝春秋
──今回は続編とはいえ、原作にはない映画オリジナルのストーリーです。愛之助さんが演じる「大阪府知事・嘉祥寺晃」も映画独自のキャラクターですが、どのように役作りをされたのですか?
実は僕、吉村洋文大阪府知事と仲が良くて、時々一緒に食事に行ったりすることもあるんです。今回の役が決まった時はまだ情報解禁前だったので「僕、今度大阪府知事の役やることになりました」と報告したんですけど、「そうなんですか!」と目を輝かせていたので、「絶対怒らないでくださいよ、日々研究した結果ああいう形になったので……」とお伝えしておきました。映画を観たら驚くでしょうね……(笑)。
──吉村府知事も、「大阪府知事の役」と聞いて、まさかあそこまで破天荒な人物だとは思いませんよね。
僕もです(笑)。あの世界観は知っていましたが、僕の役は「大阪府知事役」だと聞いていましたから、作品のなかではまあ無難な役どころになるんだろうなと勝手に思っていたんです。ところが、台本を読むととんでもない発言が多いじゃないですか。「ガタガタ言うやつは、甲子園に放り込んだれ!」なんて荒ぶったセリフが出てきたりして、「Vシネじゃないよね……」と思わず台本を読み返しました(笑)。

池乃めだか師匠を彷彿とさせる衣装 ©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会
──衣装やメイクも強いインパクトがありました。
あの衣装は、池乃めだか師匠のトレードマークとも言える衣装を模したものなんですけど、わかりました? 監督は「衣装の柄を見たら、大阪の人はすぐわかる」とおっしゃっていましたが、僕は言われるまで気づきませんでした(笑)。
でも言われてみると確かに、オレンジにピカピカの金が入ったあの生地は、めだか師匠の衣装なんですよね。いわば、「大阪代表」ともいえる柄ですね。
メイクに関しては、僕だけすごく濃いので、最初加減がわからなくてちょっと悩みました。室内の薄暗いシーンではかっこいいんですけど、明るい屋外のシーンだと、僕だけ浮くのではないかと。最後までドキドキしていましたが、カメラテストではばっちり決まっていたので安心しました。
日本舞踊の先生に振付を依頼

あるシーンに忍ばせた歌舞伎のエッセンスを明かす片岡愛之助さん/撮影 文藝春秋
──終盤の集団でケチャダンスを踊るシーンでは、愛之助さんは歌舞伎のような舞も披露されていました。あれは愛之助さんのアイデアですか?
いえ、あの舞は、父・秀太郎の代から交流のある花柳流の先生が考えてくださったものです。家族みたいに親しくお付き合いしている花柳双子(そうこ)先生という方に、僕から振り付けをお願いしました。
それなのに、習った踊りを覚えて現場に行ったら、監督からいきなり「こんな感じで振り付けを追加したいんだけど、ちょっとやってみて」と言われまして、もう「えええ~!」ですよ。
仕方ないので「こんな感じですか?」と即興で踊ってみたら、「いいですね、じゃあそんな感じでいきましょう。はい、撮影入ります」って。むちゃくちゃですよね(笑)。

メイクルームでの一コマ/撮影 文藝春秋
──優雅な舞のシーンの裏にそんな“事件”が潜んでいたとは思いませんでした(笑)。
もう当たって砕けろとばかりに、音に合わせて動きました。ただ、普段聞き慣れている三味線の音ではないので、感覚がつかみにくくて苦労しました。すごいヒールの高い靴を履いていたので、それも踊りにくくて……。
衣装的に一度膝をついたら立ち上がれないですし、でもそれでもやるしかないと、そんな状況も楽しみながらやらせてもらいました。
扇子を提案したのは僕のアイデアです。もともと双子先生に和と洋のコラボレーションで振り付けをお願いしていたので、扇子を使ったほうがより歌舞伎らしさが出せるのではないかと、扇子を取り入れました。
大河ドラマを演じるつもりで臨んだ

GACKT演じる麻実麗と杏演じる桔梗魁(ききょうかい)が滋賀解放に奔走する ©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会
──演技に対しても、監督からは歌舞伎らしさを求められたシーンはありましたか?
それはなかったですね。ただ、監督からは撮影に入る時に、「大河ドラマを撮っているつもりでやってください」と言われました。
歌舞伎も普通の芝居も同じだと思いますが、真剣にやればやるほど、面白さって増してくるものなんです。人を笑わせる演技をするためには、中途半端にふざけてやるより、真面目にバカを演じたほうが絶対に面白い。だから監督も「大河ドラマを撮るつもりで」とおっしゃったのだと思います。
GACKTさんも「こんな格好してますが、全力で茶番を演じています」とおっしゃっていましたが、僕も大真面目に「んなアホな!」というような演技やセリフを披露していますので、そこはぜひ期待してください。

作中でキーとなる滋賀発祥の「とびだしとび太」と一緒に/撮影 文藝春秋
──愛之助さんが演じる嘉祥寺晃は威圧的なセリフが多いので、真剣に演じすぎると、ただの怖い人になってしまいそうな気もします……。
確かに、はじめから結構人々をいたぶるシーンが多かったので、監督には「やりすぎてたら言ってください」とお願いはしてました。案の定、やりすぎて暴走してしまう場面もありましたが、絶妙なキャラクターを作り上げていきました。
一年間に及ぶブランクを乗り越えて

「撮影は毎日がお祭りのようだった」と片岡愛之助さん/撮影 文藝春秋
──原作にはない映画オリジナルのキャラクターは、何を参考に役作りをされたのですか?
役作りに関しては、監督とだいぶディスカッションを重ねました。世界観をつかむために、もう一度前作を見返したりもしましたね。
あとは現場に入って、セットや衣装を身につけながら、だんだんと「嘉祥寺晃」になっていった感じです。今回、最初に撮影したのが、大阪の町並みでたこ焼きを食べ歩くシーンだったんです。杏さんが演じる桔梗魁と初めて会うシーンも撮影して、さあここから! というところで1回撮影中止になりまして、そのまま1年間、撮影がストップしてしまいました。
正直、「これはもうお蔵入りかな……」と覚悟した時期もあったんですけど、急に撮影再開の話がきて……。そこからは早かったですね。
大分時間が空いてしまったので、うまくつながるのか少し気になりましたが、できあがってみたら、まったく違和感のない仕上がりになっていて、関わるスタッフの意気込みや力量を感じました。
──いろいろご苦労も多かった本作ですが、映画が完成したいま、どのようなお気持ちですか?
撮影中は毎日がお祭りのようで、ただひと言、楽しかったです。楽しすぎて、正直、あまり働いているという感覚がなかったくらいでしたね。
でも一番楽しんでいたのは武内監督だと思います。どんな演技をしても「最高です!」と褒めてくださるので、じゃあ次は違ったパターンでやってみようかなと、こちらもどんどん挑戦したくなる。うまいですよね(笑)。
しかも今回の現場って、割本(わりぼん)(その日に撮影するシーンの撮影カットなどをまとめたスタッフ用の台本)がなかったんですよ。だからどのシーンをどれくらい撮るのかわからずに現場に挑むという恐ろしさもありましたが、終わってみればそんな監督のやり方もすべて、このすばらしい作品を生み出す力になっていたように感じます。
物語の魅力はもちろん、キャストの魅力、そして愛あるディスりで、超一流のエンターテインメント作品になったと思います。僕の中では、この作品は役者人生のベスト3に入るくらいの名作なので、たくさんの方に観ていただきたいです。……あ、「めいさく」は「迷う」ほうの「迷作」ではないので、漢字を間違っちゃダメですよ(笑)。
文=相澤洋美
写真=橋本篤
メイク=青木満寿子
ヘア=川田舞
スタイリング=九(Yolken)
CREA編集部