【茨城県】《連載:あした信じて 台風19号2年》(下) 遠い回復

【茨城県】《連載:あした信じて 台風19号2年》(下) 遠い回復

  • 茨城新聞クロスアイ
  • 更新日:2021/10/16
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浸水被害に遭った割烹「千石」。経営は依然厳しいが、店主の片野陽司郎さんは黙々と弁当の盛り付けに精を出す=大子町大子、鹿嶋栄寿撮影

■老舗割烹 橋改築で転機 戻らぬ客足 苦境続く
広く、風情のある店内。上階からは、穏やかに流れる久慈川を望み、奥久慈の四季の美しさを楽しむことができる。

「ジュワー」。天ぷらの香ばしい匂いが、茨城県大子町大子の割烹(かっぽう)「千石」の調理場に漂う。店主の片野陽司郎さん(62)が腕によりをかけた料理を容器に詰めていく。

「お弁当屋さんになったみたいだ」

2年前の台風19号(東日本台風)で受けた被害は乗り越えた。しかし新型コロナウイルスの影響で、客足は戻らないまま。弁当の注文が多いのが実情だ。

厳しい経営の中、在庫は持てない。緊急事態宣言の解除で今月から店内飲食も可能にしたものの、弁当のテークアウトを含め、前日までの完全予約制で営業している。

宴会客の笑い声が毎日のように大広間に響いた往時のにぎわいは、まだ遠い。

80年続く老舗の婿として後を継いだ。その前の旅館業から数えれば歴史はもっと長い。宴会に慶事、法事と、地元に愛されてきた。

水害前の9月下旬、おかみだった義母が87歳で亡くなった。家族がまだ落ち着かない10月12日深夜、久慈川の水があふれた。

■神仏頼み
店舗1階の倉庫、冷凍庫やエアコンの室外機、ボイラーなどが泥水に浸かった。濁流は別の場所にある自宅にも押し寄せ、80センチの高さまで浸水した。

「焦るばかりで作業が全然進まなかった。お見舞いに来てくれた人に『いつ始まるんだ』と聞かれても答えられず、そうしてる間にコロナになっちゃって」

2020年3月、ようやく店を開けたが、歓送迎会はコロナ禍で全てキャンセル。翌月、今度は創業者の義父が96歳で亡くなった。

「病院に面会にも行けず、告別式に親戚も呼べなかった」。水害の被害から立ち上がろうとしていた店や家族に、暗い影を落とした。

コロナ対策を取りながら営業するも「感染が出ちゃったらアウト。お店をやめるようになってしまう」と気が抜けない状況が続いた。少しでも免疫力を高めようと、40年吸ったたばこをやめた。

緊急事態宣言解除後も「みんなびくびくして、すぐには動かない」。

大子町はこれから紅葉シーズンや袋田の滝の氷瀑(ひょうばく)などの書き入れ時に入る。「第6波が来ないことを神頼み、仏頼みするしかない」

■低空飛行でも
店は今後、さらに大きな岐路が訪れることになった。たもとに架かる松沼橋が改築されることになり、店舗の移転を求められた。

防災、減災のための架け替え。反対はできないと感じている。ただ、大事なことを決めていた義父はもうおらず、相談できない。

「これからが大変。知恵を絞るようだ。でもやらないわけにはいかない」

土地探しや店舗設計、建設と検討課題は多い。「いろいろありすぎた」。ぽつりとつぶやく。激動の2年を経て、先代が残した店を守るため次に進むつもりだ。

水害からの復旧は、多くのボランティアに助けられた。「まだ恩返しもできていない」。応援してくれた人たちに、感謝の料理を振る舞いたいと思う。

のれんを出せない時期を乗り越え、なんとか営業は再開した。気に掛けてくれている人たちに伝えたい。「低空飛行でも、やっています」。

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