予備知識ゼロの『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』レビュー。日本人の本能が『鬼滅』を求めていた

予備知識ゼロの『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』レビュー。日本人の本能が『鬼滅』を求めていた

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  • 更新日:2021/01/14
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コロナ禍に揺れた2020年、日本社会を席巻したのが『鬼滅の刃』の空前の大ブームだ。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、日本における映画の興行収入歴代1位に輝いた。

本稿では、アニメでもマンガでも『鬼滅の刃』に触れたことがなかった映画批評家の相田冬二が、予備知識ゼロで『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を鑑賞し、レビューする。

「そして、はっきり想う。今、大切なのは、自虐ではなく、反省なのだと」と評するに至った経緯とは──。

※この記事は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』のネタバレを含んでいますのでご注意ください。

自虐より反省。罵倒より対話。『鬼滅の刃』の社会的メッセージが、突き刺さる。

マンガは1ページも読んでいない。テレビのアニメも1秒も観ていない。予備知識ゼロで、劇場版だけを観に行った。日本で一番ヒットした映画になる直前のことだった。

多くの人々に支持される作品に対して、映画好きはとかく批判的になりやすい。上から目線で「それほどでもないぜ」と呟き、「あの名作に比べたら」などと、最もやってはいけない破廉恥な行為をしがちだ。そんな程度のことでマニアを気取る。自分の立ち位置が保証されると信じる。愚かなことだ。

だが、本作へのアンチテーゼはほとんど見当たらない。幼稚園児に見せるには残酷な描写がある、そのくらいではないか。作品世界はまったくと言っていいほど、否定されていない。

おそらくそれは、この映画に「愚かなことを抑止する」作用があるからではないのか。

何かと何かを比べて、どっちがすごいとか断定することの、脱力するほどの無意味さ。ちょっとした綻びや、重箱の隅をつついて、自分はこんなにモノをよく見て、いろんなことを知っているんだぞ、と誇示することの、途方もないくだらなさ。

ネットに跋扈する、この手の振る舞いがいかに馬鹿馬鹿しいか、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は気づかせる。いや、そうした、人間の愚かな本能を、ころっと忘れさせる、まっさらで洗いざらしのエネルギーがみなぎっている。

劇場版「鬼滅の刃」無限列車編 本予告

日本人には、然るべきタイミングで身を清め、前に進もうとするDNAのようなものがある。今年はそういうわけにいかなかった人も多いとは思うが、だから年始には神社仏閣を詣でる。この「詣でる」感覚が、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』に引き寄せられたのではないか。女性も男性も。老いも若きも。

これが、予備知識ゼロの人間が想う『鬼滅の刃』の魔力だ。

あくまでも結果論ではあるが、緊急事態宣言と緊急事態宣言の狭間の秋口の公開だったことも大きい。心身共にひどいコロナ疲れに苛まれていた私たちは、年越しを待たずに「身を清める」必要があった。本能が『鬼滅』を求めていたのである。

映画史に輝く興行収益記録は、必然であった。

私たちは「接近」を望んでいた

あらすじ、設定などの紹介は完全省略するが、まず第一に、キャラクター全員が「健やか」であることは重要なポイントだ。善人しか出てこない、という意味ではない。誤解を恐れずに表現すれば「ヘルシー」なのである。悲惨な背景はある。主人公の行動にも、やむにやまれぬ事情が存在する。

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『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎 (C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

前述したように、ややグロテスクな描写もないことはない。しかし、根源的な気色悪さが一切漂わない。どこまでも、健康的。かといって、友情やら絆やらを讃美したり、しがみついたりすることもない。キャラはそれぞれ、いい意味で孤立しており、独立独歩の趣がある。個性がバラバラで、各自マイペースなありようが肯定されている。その真摯さ、その奔放さ、その頑なさ、その闊達さ、その一途さが、当たり前に認められている。

少年少女と鬼が終わりの見えない闘いをつづける世界はもちろん過酷なものだが、登場人物たちが「そのままでいい」と赦されている世界は極めて健全である。この点において、この作品はシェルターとしてのファンタジーを形成している。だから、すこぶる居心地がよい。

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猪の頭を被った猪突猛進な嘴平伊之助 (C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

苦難と葛藤を描く物語の真髄にあるのは、「あなたはここにいていい」という受容であり、それは、私たちが今、最も必要としているものでもある。いや、現実の世界に最も欠けているものであり、それは、コロナ以後の世界が渇望せざるを得ないものだ。

映画は、サブタイトルに示されているとおり、列車、すなわち「移動する密室」が舞台となる。連結された車両と車両の中で起こるパニックは、否応なく「密」を想起させ、私たちはコロナに想いを巡らせる。だが、どんより暗い気持ちになる隙はない。電光石火の速技で、あれよあれよという間に、一大活劇が繰り広げられる。

メインタイトルにある「刃」を用いたバトルは、超絶的なパワーも加わるが、基本的に剣劇であり、肉弾戦である。つまり、接近戦。この、誰かと誰かが接近するという行為は、たとえ闘いであっても、「ディスタンス」という2020年以後の現実と向き合わざるを得ない私たちにとっては、羨望にほかならない。そう、無意識のうちに、私たちは、ああした「接近」を望んでいたことに気づかされる。

人間と鬼が向き合う。接近する。刃と刃を交える。その光景は、憧れに値する!

大切なのは自虐ではなく反省

そして、ここから先が最も重要である。

本作には、大きく言ってふたりの鬼が現れ、主人公たちの前に立ちはだかる。なかなか強い鬼と、とてつもなく強い鬼である。なかなか強い鬼は、主人公たちに倒されたあと、反省しながら、息絶えていく。

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極度の恐怖に陥ると眠りに落ち、常時とは別人のような強さを発揮する我妻善逸 (C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

あいつは強かった。あいつも強かった。迂闊だった。自分は、ここが甘かった。ここで油断した。ああ、なんてことだ……反省しながら、死んでいく。こんな悪役の幕切れは初めてだ。主人公以上に魅力的な悪役ならいくらでもいる。美学に殉じ、堂々と倒されていく、カッコいい悪役もずいぶん見た。悪役には悪役の言い分があり、彼らにとっての正義も存在していることを、私たちは知っている。だから、ハンを押すように悪役を否定したりはしない。

しかし、呪詛を撒き散らすのではなく、ひとり孤独に黙々と反省しながら消えていくこの鬼のなんと情けないことか! そして、なんと愛らしいことか! うっかり親近感すら抱きそうになるくらい、憎めない死に様だ。

そして、はっきり想う。今、大切なのは、自虐ではなく、反省なのだと。

考えてみると、もはや現代においてはギャグどころか挨拶程度のものと化している自虐には「他者」が存在していない。自分という内的宇宙の中で、ただ自閉し、自分で自分をいじめることに開き直っているだけだ。「どうせ自分は」を芸風とし、キャラにしているだけ。だから、自虐には発展性がない。

しかし、反省は違う。反省には常に「他者」が介在する。自分ではない第三者との関わり合いを通して、初めて反省するという行為は生まれる。自虐が時に単なる自己愛でしかないのと対照的に、反省には俯瞰があり、切実さも立体的だ。

あの悪役の末路は、ちっとも自虐的ではなかった。

あのとき、ああしておけばよかったなぁ……そんな負け犬の遠吠えも、どこかユーモラスで、清々しささえあった。この余韻は、とにかく新鮮で、意外ではあるが、この要素も、私たちの精神をどこか「清める」作用があったように想う。

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鬼殺隊の中でも最高位である”柱”のひとり煉󠄁獄杏寿郎 (C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

そして、とてつもなく強い鬼と、主人公の師匠筋に当たる青年との闘い。

鬼は、青年の剣の強さを見込み、人間を辞めて鬼になれ、とスカウトする。その誘いをきっぱり断る青年。両者の対話は、闘いの最中に行われる。銃による決闘は一瞬でカタがつくが、刃と刃の闘いは、対話をしながら行うことが可能。アクションと対話が融合したエモーションが語りかけてくるものは、立場の異なる者同士が、互いを罵倒するのではなく、自分自身のものの考え方、価値観を、押しつけず、毅然とプレゼンテーションすることの美しさだ。

罵倒と袋叩きが吹き荒れる地獄であることを知りながら、それでもSNSから離れられず、ついつい傷ついてしまいがちな甘っちょろい私たちには、反省する鬼、対話する鬼の姿もまた、「清める」に相当するのだということ。

もちろん、青年の素晴らしくふくよかな魅力あってのことながら、その一歩先に、新しさがあった。

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鬼になったしまったものの兄・炭治郎と共に鬼と闘う竈門禰豆子 (C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

最後に。「全集中の呼吸」はあまりにも有名だが、「鬼はにおう」とする基本設定からも大いなるシンクロニシティを受け取ることができる。息を吸うことも、嗅ぐことも、マスクによって制限するしかないのが、私たちが生きているコロナ以後の世界だ。

口も鼻も覆ったままでいると、確実に勘は衰える。だから、『鬼滅の刃』は、肩代わりしてくれている。

呼吸。そして、匂い。

『鬼滅の刃』は、報われぬ私たちを、どこまでもガードし、導く、「御守り」のような存在なのだ。

相田冬二

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