『夕暮れに、手をつなぐ』は、夢見る力を失いかけた大人のためのファンタジー

『夕暮れに、手をつなぐ』は、夢見る力を失いかけた大人のためのファンタジー

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  • 更新日:2023/01/25

スマホにみかんにケーキの箱。彼女が何でも拾うのは、かつて自分が母親に捨てられたからだった。

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渡された電話番号を、彼は「かけたらそば屋の出前とかにつながるんだ」と自嘲した。その裏側で、彼女は仕事が「そば屋の出前」であることを笑われていた。

まるでささやかな言葉遊びを積み重ねていくように、少しずつ浮き彫りになる浅葱空豆(広瀬すず)と海野音(永瀬廉)の実像。『夕暮れに、手をつなぐ』(TBS系、毎週火曜22:00~)第2話は、2人の冒険の始まりを予感させる回だった。

音が踏み出した、恋と冒険の一歩

北川悦吏子の描く物語は、どこかファンタジーだ。別に魔法が使えるわけでもないし、異世界に転生するわけでもない。だけど、現実から5ミリくらい浮遊している。こんな世界があればいいのにと憧れる、無邪気なせつなさがある。

北川悦吏子は、夢見る力を失いかけた大人たちのために物語を書いているのかもしれない。

本作で最もファンタジックなのは、雪平邸で流れる時間だ。洗面台の奪い合いだったり、お手玉合戦だったり、まるで子どもみたいな空豆と音のやりとりも愛らしかったけど、何よりも胸に沁み渡ったのは、中盤で描かれた雪平爽介(川上洋平)、響子(夏木マリ)を含めた4人の晩餐だ。

尺を調べると、ちょうど10分。4人が過ごしたひと夜の出来事が丁寧に描かれていく。焚き火を囲みながら食べるアウトドア飯。生きてきた人生の深みがそのまま乗ったような響子の歌声。炭の山から見つけた残りものの焼き芋は、金色の宝石みたいで、それを2人で半分こにして食べたのは、空豆と音だけの秘密だ。

空豆のエネルギッシュなキャラクターとは対照的に、『夕暮れに、手をつなぐ』で流れる時間はすごくゆったりとしている。足早にストーリーを展開させていくことよりも、何気ない日常の中で少しずつ移ろい変わっていく心の動きをすくいとることに重きを置いているように見える。

たとえば今回なら、音が踏み出した一歩がそうだ。最先端ともスタイリッシュとも言えない、地方の温泉のCM曲をつくってみないかと磯部麻紀子(松本若菜)に持ちかけられる。最初はあまり乗り気には見えなかった。でも、ただ好きな音楽をつくるだけではわからないことが見えてくるのではないかと爽介に促され、音は楽曲制作に取りかかる。ただやりたいことを追いかける青臭い若造から、音楽を仕事にするとはどういうことかを、ここから音は学んでいくのかもしれない。

そして、出来上がった楽曲を空豆に聴かせたくて、だけど空豆はいなくて。誰にも聴いてもらえない寂しさをまぎらわせるように、かけるつもりのなかった菅野セイラ(田辺桃子)の電話番号をコールする。

夢を追うことと引き換えに恋人を失った音は、以来、人を好きになることを自ら遠ざけていた。6度目のベルがつないだ音とセイラの関係はこれからどう進展していくのか。音の冒険が、はじまった。

北川悦吏子が描く、空豆と音の「ふざけすぎた季節」

一方、空豆の冒険も静かにはじまろうとしている。

空豆には、母親に捨てられた過去があった。空豆が、矢野翔太(櫻井海音)を一途に想い続け、別れた今も何かあるたびに翔太の面影を恋しがるのは、捨てられることに対する強い怯えがあるからだろうか。

ものづくりをする人に対する忌避感情を見せていたのも、意外だった。もしかしたら、空豆を捨てた母親は何かをつくる人だったのかもしれない。母は夢をあきらめきれず、その夢を掴むために、空豆の手を離した。だとしたら、「遠くの人を楽しませる人は、近くにいる人を悲しませるっとよ」という台詞も頷ける。

だけど、公式ホームページを見る限り、空豆はここからファッションの道を歩み出すらしい。ファッションもまたものづくり。なぜ空豆はあれだけ嫌がっていた何かをつくる人になるのか。そのヒントは、「ものをつくるってのは、人間がいちばん遠くまで行ける手段なんだよ」という響子の台詞にありそうだ。

第2話のラストで、行き先を尋ねた爽介に「近く? 遠く?」と問い返され、空豆は「ちょっと遠く」と答える。また、ささやかな言葉遊びのように、台詞が回収され、編み込まれていく。

あの「ちょっと遠く」は、空豆の冒険宣言だ。天真爛漫な言動の裏に、傷つきやすい心を抱え、ずっと住み慣れた街を離れ、東京へやってきた空豆は、ここから冒険をはじめていく。「近く」だけじゃ見つけられない何かを「遠く」に行くことで手にしていく。そんな予感を呼び起こすラストシーンだった。

響子は、自室のモニターでアフリカのサバンナの風景をいつも流し続けていた。あの雄大な大地もまた冒険というイメージにリンクする。『夕暮れに、手をつなぐ』は、それぞれ繊細な部分を隠し持つ空豆と音の冒険の物語としても読み取れるのかもしれない。

冒険のはじまりは、いつもドキドキする。恋のはじまりもまたドキドキする。その旅路はどう交差していくのか。

気になるのは、響子が歌った歌が「なごり雪」であること。「なごり雪」は、春の始まりに東京を離れる「君」を見送る「ぼく」の歌だ。その「君」が空豆、「ぼく」が音だとしたら。ワンピースを着た空豆を「見違えた」と褒めた音が、「君はきれいになった」と言って空豆を見送るラストを暗示しているようで胸がざわつく。

「ふざけすぎた季節のあとで」2人を待っているものは何か。北川悦吏子の企みに翻弄されはじめている。

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