【下山進=2050年のメディア第26回】日本の新聞記者必見『その名を暴け』オフレコはこう使え!

【下山進=2050年のメディア第26回】日本の新聞記者必見『その名を暴け』オフレコはこう使え!

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  • 更新日:2023/01/27
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映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』の1シーン。記事をまさにアップしようと最後のチェックをしているところ。後列右端が編集局長のディーン・バケット(アンドレ・ブラウアー)、その左が局次長のレベッカ・コルベット(パトリシア・クラークソン)。映画は東宝東和配給によりTOHOシネマズ 日比谷ほかで全国公開中。(c)Universal Studios. All Rights Reserved.

公開最初の週末だというのに、シネコンの大きな箱に、観客は12人ほどだったか。

ニューヨーク・タイムズは、2017年から2018年にかけて有料デジタル版の契約者数を150万から300万へと倍に増やしている。その原動力となったのが、セクハラに関する調査報道で、映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は、そのうちのひとつ、ハリウッドの実力プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの30年以上にわたる女優や自社の従業員に対する性的強要、それに対する口止め料の支払いを暴露した二人の女性記者の報道をもとにしている。

【この記事の画像の続きはこちら】映画は、実際起こったことに忠実につくられているが、なにせ登場人物の数が多すぎるのと、ある程度、アメリカのメディア事情に通じていないと、意味がわからない部分も多く、映画が日本でうけないのはしかたがない。が、日本の新聞社に勤める人は、少なくとも二人の記者の書いた原作『その名を暴け』(ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー著 古屋美登里訳 新潮文庫)は読んでおいたほうがいいだろう。

「経済紙でないと有料電子版はうまくいかない」「当局との癒着なくしてスクープはとれない」等々、日本の新聞業界で繰り返し語られる「常識」は考え直す必要があることが、具体的な事例をもとにわかる。

まず、何よりも感心するのは、ディーン・バケット、レベッカ・コルベットという編集局長、局次長のポジションにいる人たちが、これまで内々で処理されていたセクハラの実態をきちんとタイムズが報道することができれば、大きな波を作り出すことができると意図的にこの分野の調査に記者を投入していたことだ。

2017年に、タイムズは三つのセクハラ調査報道を行なっている。ひとつはFOXニュースのアンカー、ビル・オライリーのセクハラ(調査期間8カ月)。1300万ドルが口止めのために女性たちに支払われたことを暴露。次がシリコンバレーの複数のベンチャーキャピタリストのセクハラ(調査期間1カ月)。そして10月5日に最初の記事が出たワインスタインのセクハラとそのもみけしの告発だ(調査期間4カ月)。どれもかつてのタイムズならばやらなかったような攻撃的報道で。しかもこの報道をたんに有料版で報道するだけでなく、SNS等を使って積極的に拡散させ、読者にペイウォールを超えさせようとした。

実は、タイムズは最初からワインスタインのことを知っていたわけではない。FOXニュースのアンカー、オライリーがタイムズの調査報道によって解雇された数日後に、編集者のレベッカ・コルベットが、ジョディ・カンター記者に「アメリカには虐待に近い性的なハラスメントをしている権力者が他にもいるのではないか」と問いかけ、それがきっかけになって、ワインスタインの件が浮上するのだ。

ワインスタインは、女性を、宿泊するスイートルームに仕事といって呼び寄せ、「マッサージをしてほしい」としつこくせがみ、性的な暴力を働く。そうしたことは業界の噂にはなっていたが、肝心の女性が、示談金を支払われ秘密保持契約を結ばされているために、誰も実名で告発しようとはしなかった。

オライリーでも同じ問題があったが、しかし、示談にするその過程では金額等の交渉があり、交渉人、双方の弁護士や家族など、告発があったこと自体の痕跡は残る。オライリーの件では、その示談額を特定すれば、秘密保持契約にふれることなく、女性たちへの性的暴力を立証できるということをタイムズは学んでいた。

新聞の本筋は、前に出る調査報道だということを編集局長のバケットらはよくわかっている。

原題の『SHE SAID』の意味は、被害者たちが実名で証言することをさす。そのために、二人の記者は、様々なルートをたどって被害者とおぼしき人物にたどりつく。

自宅を訪れると妻は不在で夫が対応し、夫は何も知らないことに衝撃をうけることもある(秘密保持契約のために夫にさえそのことを話せないということだ)。そして最初は、オフレコ(匿名)を条件に話を聞く。このオフレコを積み上げていくことで事態がおぼろげながら姿を現す。

しかし、書くためには、会社の報告書などのハードプルーフか、実名で証言する被害者が必要だ。日本の新聞の場合オフレコというと、記者クラブにいて政治家なり官僚なりから、いずれ発表される情報を事前に出してもらうためのものだが、本来のオフレコは、こうした調査報道のためにある。

ワインスタイン側は、調査を妨害するために弁護士や私立探偵をやとい記者のごみ箱まであさって弱点を探る。二人の記者は、会社の会計係から被害をききとった報告書を入手し、そしてついに実名で告発する女優をえて、初報を出すことができる。これを二人とも、幼子を抱えながらやりとげるのだ。

こうした前に出る報道なしに、読者はついてこない。日本では、伊藤詩織さんのケースを最初に加害男性の実名と顔写真をいれて『「警視庁刑事部長」が握り潰した「安倍総理」ベッタリ記者の「準強姦逮捕状」』のタイトルで報道したのは週刊新潮(2017年5月18日号)だった。新聞やネットメディアが、伊藤さんのことをさかんにとりあげるようになったのは、彼女が著書を出版し、外国人記者クラブで登壇するなどして、報道する側が「安全」となって以降の話だ。

筋読みができる才能ある編集者、当局取材を主としない前に出る調査報道、この二つを駆使して、電子有料版の読者を増やすこと。そのことによってのみ「持続可能なメディア」は生まれる。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文藝春秋)など。

※週刊朝日  2023年2月3日号

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