プロ未勝利、28歳で引退した甲子園春夏連覇のエース・島袋洋奨のいま

プロ未勝利、28歳で引退した甲子園春夏連覇のエース・島袋洋奨のいま

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2021/01/13

―[職業 元プロ野球選手]―

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島袋洋奨氏は沖縄に戻り、現在は母校興南高校で事務員として働きながら通信教育で教員免許取得を目指す。将来は監督として甲子園でその姿を見ることができるかもしれない

2010年甲子園春夏連覇した興南のエース島袋洋奨は中央大へ進学したが、3年秋からイップスにかかったおかげで、甲子園で無双していた姿は蜃気楼のように萎んでいった。それでも2014年のドラフト会議では、ソフトバンクから5位指名され、涙を溜めながら会見に臨んだ島袋が印象的だった。

◆イップスで苦しみながらもプロ入り

大学を経由してプロに進んだ甲子園優勝投手は、全部で13人いる。そのうち、夏の甲子園優勝投手はたったの5人のみ。ただ、小川淳司(中央-河合楽器-ヤクルト、現ヤクルトGM)と西田真二(法政-広島、現セガサミー監督)は大学で野手転向、石田文樹(故人、早稲田中退-日本石油-大洋)は大学を中退し社会人野球経由のため、夏の甲子園優勝投手が大学を卒業してピッチャーとしてプロ入りしたのは、後にも先にも斎藤佑樹と島袋洋奨の2人だけなのである。だが、島袋は大卒であるにもかかわらず球団からは即戦力として期待されず、プロ生活は当たり前かのように三軍スタートで始まった。

「今振り返ると、入団が決まって心機一転やってやるという思いはありましたが、不安を完全にぬぐい去ることはなかったんです。プロになってからもコントロールの悪さは変わらなかったですしね。三軍からのスタートでした。入ってみると、プロになって心機一転という気持ちにはなれませんでしたね。一度投げることに不安を持ってしまったおかげで、引退するまで投げることに関して不安は消えなかったです」

プロ初登板は、野球人生の中で最低最悪だった。キャンプ後の3月に行われた三軍の交流戦対福岡工業大学で7回から登板した島袋はいきなり8球連続ボール、結局1回持たず2/3で被安打3、四球3の6失点。続く西部ガス戦も7回から登板、1回を被安打3、四死球3で3失点。とにかくストライクが入らない。4月の九州総合スポーツカレッジ戦では1イニングで6四球の大乱調。

◆コーチ、ドクターと二人三脚で復活を目指す

大学3年秋から出てしまったイップスによる乱調で、プロに入ってからもまともなピッチングができない。島袋は、もう一度自分が理想とするピッチングをするために三軍の入来祐作コーチと一緒にフォーム作りから見直した。さらに大学時代から見てもらっていたパフォーマンスドクターの松尾祐介を神戸から呼び寄せ、フォームに対する感覚の徹底的なチェックを行った。

「登板できない期間にフォームを徹底的に見直しました。身体を捻ってタメを作る際、左の股関節を上へ、左の脇腹を下へ押し込んで挟み込むようなイメージで、そこから投げていくことを意識しました。段々と身体に馴染んできたことで調子が上向きになりましたね」

入来コーチの指導と、松尾ドクターのアドバイスにより、ストレートが145キロ以上計測されるようになり、さらにコントロールもよくなっていった。そして、シーズン終盤の9月下旬遂に一軍から声がかかる。

「監督に突然呼ばれて『上(一軍)に行け』って言われたときはもうびっくりして『マジですか!?』ってテンパりました(苦笑)。荷物をまとめて急いで札幌ドームに向かいました。札幌では登板せず、その次のアウェーだったマリンスタジアムでのロッテ戦で初めて一軍で投げました。フワフワしていてほとんど何も覚えていないです」

2015年9月25日の対千葉ロッテ戦で、8回表に4番手でプロ初登板し、1イニングを無失点で抑える。結局、ルーキーイヤーは2試合登板 2イニング 被安打1 奪三振2。1年目に一軍を経験したことを生かし、2年目は飛躍するシーズンにする……はずだった。

しかし2年目は二軍で31試合登板(通算回数65回1/3)2勝7敗1セーブ、防御率5.51で終わる。それでも2年目のシーズン終了後に台湾で行われたウインターリーグに参戦し、8試合3勝1セーブ、防御率2.20の成績を残すことができた。一軍でブレイクするための登竜門的なウインターリーグで一定の結果を残したことで、3年目の春季キャンプでは、一軍キャンプに相当するA組に初めて合流する。

「投内連携やサインプレーがめちゃくちゃ苦手なんです。投内連携はストライクを投げてからホームへダッシュするんですけど、『ストライク入るかなぁ……』と投げる前からいろいろと考えてしまうんです。ベテランの川島慶三さんや本多雄一(現一軍内野守備走塁コーチ)さんから『楽しくないのか! もっと楽しめ!!』、『顔が引きつっているぞ、おまえ』と声をかけられたりしました。やはり一軍にいる選手は野球を真剣に楽しんでいるなと感じました。高校時代や大学入学直後の頃は投内連携とか好きだったんです。セカンドへの送球なんか、どれだけ低い球で放れるかというゲームのような感覚でやってましたから……。いつからか苦手になり、意識して余計に緊張もどんどん増していくって感じでした」

◆左肘手術と育成契約

結局、島袋は3年目のシーズンは、8月下旬に左肘遊離軟骨除去手術もあって一度も一軍で投げることはできなかった。その後、オフには支配下登録選手を外され、育成選手契約となった。背番号は「39」から「143」と三桁となり、大卒四年目の育成選手となれば年齢的にも後がない。

「3年目のオフに一度クビになったのは自分にとって衝撃的でした。成績を残してないのでクビにする人員の候補に入っていたのは当然といえば当然です。手術をして投げられないことを考慮してもらい、リハビリも兼ねて育成で残してくれたんですが、1年間だけだろうなと思っていました」

仕切り直しのプロ4年目は二軍で6試合しか投げられず、あとは3軍暮らし。それでも、球団はもう1年だけ契約してくれた。

「三軍にいちゃいけないとずっと思いながら、なかなか二軍に上がれなくて……。1年目の初登板よりスピードは引退する最後の年のほうが出てましたよ。4年目が150キロで、最後の年が149キロまで行きました。大学の途中からスライダーが投げられなくなったんです。一昨年からやっとスライダーを投げられるようになり、徐々に戻りつつあった感じにはなりました。

最後の年は気持ちよく楽しく野球をやりたいと思ってやってきて、二軍で3試合だけ投げてあとはずっと三軍でした。これだけやって成績が残せず上にあがれないのなら、ここまでかなぁと思い、決意しました」

◆ユニフォームを脱ぎ、沖縄へ戻る

ソフトバンクから自由契約を言い渡された島袋は複数の独立リーグからの誘いをすべて断り、トライアウトも受けることもなく、野球と別れを告げた。結局、プロ5年間での一軍登板は、ルーキーイヤーの勝ち負けなしの2試合のみで終わった。

28歳で引退し、否が応でも第二の人生を歩み出さなくてはならない。普通の人間なら突然会社をクビになれば行き先もなく焦るもの。しかし、学生時代から誰もが認めるほど実直に野球を取り組んできた人間を世間は簡単に見捨てることはない。知り合いを経由して幾つかの業種からの誘いの声があった。大事な帰路に立たされた島袋は慎重を期すため、一度沖縄に戻り、恩師である興南の監督我喜屋優に相談をした。そこで、いろいろと話した上で、母校にお世話になることを決めた。

◆通信教育で教職免許を目指す

現在、母校の興南高校の広報部の事務職員として働きながら教職免許取得を目指し通信教育を受けている。沖縄ではずっと囁かれてきたことがある。春夏連覇メンバーの誰かがいずれ興南の監督をやるのだろうと。

「沖縄に恩返しをという思いはもちろんありますし、母校で甲子園を目指せたら理想的だとは思います。でも高校野球は甲子園だけではありません。今は、僕ができることを1つ1つ見極めて行動することが大事だと思っています。今年度の4月1日に正式に学校に配属されたのですが、新型コロナウイルスの影響ではじめは生徒に会う機会がありませんでした。だからなのか懐かしさを感じるというより、早く学校を再開したい思いがずっとありました。

僕は高校時代に我喜屋監督からいろいろ教わりました。その中での一番の教えは『野球を通して人生をいかに生きるか』です。幸い、僕は高校、大学、プロといったカテゴリーに進む中でたくさんのことを学びました。そういった経験上から得た教えを、生徒たちにどんな形でもいいので伝えていければと考えています。生徒たちが豊かな人生を送られる手助けすることが僕らの役割だと思ってますから」

◆子供たちの夢を支えたい……

言葉を慎重に選びながら答える島袋の目はしっかりと未来を見据えていた。

高校、大学での登板過多による問題に対し身をもって経験している島袋だからこそ、子供たちの溢れるほどの夢を絶対に潰えさせてはいけないと思っている。母校に恩返し、大好きな野球に恩返し、それはイコール子供たちの夢を守る意味でもあるのだから。

―[職業 元プロ野球選手]―

【松永多佳倫】

1968年生。岐阜県出身。琉球大学大学院在学中。出版社を経て2009年8月よりフリーランスとなり沖縄移住。ノンフィクション作家として沖縄の社会学を研究中。他にもプロ野球、高校野球の書籍等を上梓。著作として『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『沖縄を変えた男 栽弘義―高校野球に捧げた生涯』(ともに集英社文庫)、『マウンドに散った天才投手』(講談社α文庫)、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』(KADOKAWA)など。現在、小説執筆中

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