母を縛り、支える「常識」。それは小さな世界でのものと伝えたくて

母を縛り、支える「常識」。それは小さな世界でのものと伝えたくて

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2020/11/20
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小さいとき、私が思う母親の性格は「明るくてアホな人」である。

いつでも基本的には笑っていたし、私が何らかの悩みや癇癪を起しても、笑いながら冗談を交えて落ち着かせてくれたような気がする。とくに、私は癇癪を起しやすかったようで、小さいときはおしゃぶりをくわえさせると、自分で吐き出した癖に「おしゃぶりがない!」とでも言うように泣き出したらしい。

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二人に共通して怒られたことは「それは常識的におかしい」

少し大きくなると、自分の気に食わないことがあれば、押し黙ってにらみをきかせていたようだ。さらに大きくなるとふてくされるという技まで身に着けた。父は厳しかったので、そのような態度をとると容赦なくぶたれた。次女でずるがしこい私は、徐々にその態度を隠していき、父にはなるべく従い、小さな「嫌なこと」は母と姉にのみ反抗するようになっていった。もちろん、母の意向に沿わなければ怒られ、ぶたれることもあった。父のように「自分の機嫌を損ねた」という理由では怒られなかったが、二人に共通して怒られたことは「それは常識的におかしい」であった。

例えば「月曜日に友達と学校終わりに遊ぶこと」は「常識的におかしい」と怒られた。両親共に土日休みの仕事であったため、休日明けの体が本調子じゃない月曜日に、学校終わりで遊ぶ約束をしてくるなんて、常識的におかしいと。

小学生の私にある世界は学校か家庭である。私の世界を決めるのはほぼ100%両親だ。それが常識なんだ、と信じて、それ以来私は月曜日に遊ぶ約束をするのをやめた。

母が父の機嫌を損ねないよう、合わせていたのかと思ったけれど

でも、親の常識がおかしいと感じ始めた出来事がある。ある本屋さんで、父が買おうと思っていた本が平場になく、店員さんに検索してもらう場面である。

店員さんはその作者について知らなかったのか、漢字を細かく両親に確認していた。せっかちな両親はその行為が煩わしかったのか、どんどん口調が荒くなっていた。結局、本は入荷しておらず、さらに不機嫌になりながら両親は書店を後にした。「店員なのに作家の名前をあんなに聞き直すなんて、常識としておかしい」と怒っていた。

私は疑問に思ったのだ。なぜ本屋なら作家をすべて把握していなくちゃいけないの?と。自分が好きなジャンルの作家なら、わかることもあるだろう。しかし、何千、何万という作家すべての名前をわかるだろうか。有名な作家だ!と言われても、興味がなければ覚えない。また、作家のペンネームとして使われる漢字は難しいこともある。そう感じたので、母に意見を言ってみたが「常識的におかしい」という返答だけであった。

我が家は父が絶対で、母であっても父の機嫌を損ねれば殴られ、家出したこともあった。だから、最初は母が父の機嫌を損ねないように、合わせていたのかな、と思ったこともある。しかし、色んな人と関わる中で「自分の世界」を持ち始めた私は、母の性格が「頑固で都合の悪いことを冗談のように流す」ととらえ始めていた。それを決定付けたのが高校生の時の出来事である。

「あなたの常識は私の常識ではありません」と伝えたくて

高校生になると、これまで成績や身だしなみについてかなり厳しかった父の監視が緩み始めた。私はこれまで許されなかった髪を伸ばし始め、前髪を伸ばしてワンレンにしようとしていた。伸ばしている間、ヘアアレンジなんてできない私は、前髪をうっとうしく感じて、適当にヘアピンで固定していただけだった。クラスに美容師を目指している友人がおり、彼女も前髪を伸ばしていて、素敵なアレンジをしていた。おしゃれだね、素敵だね、と声をかけると、やってみようか?と提案してくれ、彼女にアレンジをしてもらえたのだ。弧を描くような前髪といえばいいのだろうか、私は素敵にしてもらえたとルンルンで授業を終え、部活をし、帰宅した。最寄駅まで母が車で迎えに来てくれて、私がルンルンと乗り込んだ瞬間、母が言ったのは「何その前髪。昭和っぽいね」

私は怒った。せっかく友人がアレンジしてくれたこと、私が頼んだこと、そして何より私が気に入っていること…それを全否定されたように感じたからだ。その思いを伝えたところ、返ってきた言葉は「はいはい、さーせんっていうんだっけ?若い子は!お母さんも使っちゃお!」である。私の意見に向き合おうとしないで、冗談で流したと感じ、その夜は会話しないことにした。

地元の大学より地方の大学が安パイと三者面談で言われたとき、「進学させるお金がない」と面談後に言われた。今更なぜいうのか、それならば最初から大学進学を考えず専門学校に重きを置いて勉強したのに、私の苦労はなんだったのかと怒った。大学受験を考えなければ、模試や対策授業を受けなくてよく、金銭的に余裕がない我が家をさらに圧迫しなくてすんだのに!と。それに対する母の反応は「えー…でも常識的に地元に進学すると思うじゃん」と一言。どんな常識なのか。

それ以来、私は母に意見をぶつけるようにしている。「あなたの常識は私の常識ではありません」「それは小さな世界だけです」と伝えたくて。

母の「常識」に、私は今日も杭を打ち込む

一人暮らしをしたことがなく、20代中盤でお見合い結婚をし、それまで真剣に働いたことがなかった(母談)女性が結婚し、今でいうワンオペで2人の子供を育て、モラハラ父から解放されたと思ったらモラハラ夫で、パートと子育てに邁進し、子供の手が離れだしたら夫が無職になって、自分が大黒柱となり、なのに家事もやって、そのうち実母が認知症になり…。

母の人生を振り返ると、私のように自由に意見を述べたり考えたりすることはなかっただろう。だから自分が考える常識のなかで、他人に迷惑をかけないようにすごしていたのかもしれない。

母を縛り、支えている「常識」。そこに私は、今日も杭を打ち込んでいる。

しろ

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