妖しい輝きを放つ“政治コミュニティ”...「れいわ新選組」「N国党」はなぜ躍進したのか

妖しい輝きを放つ“政治コミュニティ”...「れいわ新選組」「N国党」はなぜ躍進したのか

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/21

「政治は終わった。後はテックが解決する」分断が進む社会で民主主義が持てる希望とはから続く

「NHKをぶっ壊す」のスローガンで注目を集めていた立花孝志氏率いるN国党が挑戦した2019年の統一地方選挙。当初は泡沫候補だと目されていた彼らも、結果を見ると47名の立候補者のうち、27名が当選。周囲の想像とは裏腹に大きな波乱を巻き起こした。

誰が彼らを支持していたのか、なぜ彼らは多くの人からの指示を集めることができたのか。『山本太郎とN国党 SNSが変える民主主義』より、著者真鍋厚氏の主張を引用し、紹介する。

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「生きづらさ」と失政を結び付ける

2019年、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリというカリスマを起点とする、地球温暖化対策を求めるデモが世界中で巻き起こりました。ソーシャルメディアで火が点き、膨大な人々が結び付き、組織的に呪詛を吐き出す。その怒りはネット上で山火事のように燃え広がったのです。これは富豪であったドナルド・トランプが、米大統領選で行った扇動的パフォーマンスによって、ネット上で過激な集団が現れたのと似ています。今やトランプ現象からグレタ現象に至るまで「再部族化行為」が、その不寛容ぶりを読み解く適切なキーワードといえるでしょう。

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©iStock.com

気候変動に懐疑的な米大統領ドナルド・トランプとグレタ・トゥーンベリは、互いに嫌い合っていることで知られていますが、その下でリーダーをそれぞれ担ぎ上げている人々を束ねる共通項こそ、インターネットと「部族主義」(トライバリズム)の最強コンボであり、第四章で引用したバートレットの「政治的にふたたび部族として結束する」新潮流でした。繰り返しになりますがその核心にあるのは「地位をめぐる闘争」なのです。

政権支持をめぐっての対立

日本においては、この各種ソーシャルメディアによって際限なく増幅された「スーパー部族主義」とでも言うべきものが、安倍政権肯定派と安倍政権否定派といったザックリとした対立軸で展開されました。安倍政権を支持する人々は、アベノミクスや、「九条に自衛隊を明記する」とぶち上げた憲法改正、政権の最重要課題として無条件の首脳会談すら提案した北朝鮮による拉致問題、「私とプーチン大統領の手で問題を解決する」と豪語した北方領土問題等々を鵜呑みにし、その肝心の実績にはほとんど興味を示さず「反アベ」を掲げる人々を「パヨク」と罵倒するだけでした。そこにあったのはぼんやりとした安定志向、保守っぽさであり、「すごい日本、美しい国への回帰」でした。これこそやってる感政治の真骨頂といえるものでしたが、未曽有の長期停滞が支配する状況下で、支持者はできるだけ手短かに「誇り」を取り戻すことが急務であったのです。

被害妄想に陥る人も少なくなかった

一方、安倍政権を支持しない人々は、一連の公文書の改竄・隠蔽といった報道ベースの事実に伴う怒りや反発を超えて、安倍政権が現在の日本を根底から腐敗させている諸悪の根源としての認識を強めていきました。安倍政権を少しでも擁護しようものなら、「ネトウヨ」の一味とされたのです。こうした左翼界隈に蔓延していた陰謀論は、その過大評価の極端な例といえます。違法薬物による大物芸能人の逮捕のタイミングが、野党の不正追及から注意を逸らすことを狙ったものだとか、自民党の衆院選での勝利は選挙システム会社とグルになった不正選挙の結果だとか、様々な風聞が飛び交いました。

このような被害妄想的な発想に陥ってしまいがちなのは、やってる感政治というプロパガンダに安らぎを見出す人々と同じく、自分たちが抱える「生きづらさの問題」と「社会の問題」を安易に結び付けてしまうからです。これは不全感や不幸感といった個人的なものを、いわばすべてが政治の瑕疵によってもたらされたものだと確信することに他なりません。

筆者がこの着想を得たのは、実はテロリズムに関する文献からでした。

安倍政権下で加速した分断と孤立

世界中で荒れ狂うイスラム過激派などのテロリズムを説明するために、宗教学者のマーク・ユルゲンスマイヤーや、レザー・アスランは、「帰属意識(アイデンティティ)をめぐる闘い」としての「仮想戦争(コズミックウォー)」という概念を提唱しました(マーク・ユルゲンスマイヤー『グローバル時代の宗教とテロリズム』立山良司訳、明石書店/レザー・アスラン『仮想戦争 イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義』白須英子訳、藤原書店)。これまで敬虔なムスリムではなかった現代の若者たちが過激主義やテロ行為に走る根本要因にアイデンティティの危機があるというのです。地域社会に自らの野心を満たす居場所がなく、さりとて他に自尊心を救済する手段がない場合に、「別のアイデンティティ」を探すことは現実的な打開策になるというわけです。

アスランはそれを「社会的反抗の手段としての反動的帰属意識」「身近な居住地で感じる悲憤と地球規模の悲憤を意図的に関連づけることによって形成される帰属意識(アイデンティティ)」と呼びました(『仮想戦争 イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義』)。自分が不当な地位に置かれ、悲惨な境遇を味わっているのは、グローバルな金融資本と軍事力の総本山であるアメリカ帝国主義による世界支配のせいだと考え、過激派組織が用意した闘争の舞台で「想像上の聖戦」に参加する――それによって崇高なミッションを持つ新しい自分を発見するのです。ここで彼・彼女たちが獲得したのは、まさに「被害者としてのアイデンティティ」とでも言うべきものです。

被害者としてのアイデンティティ

このような被害者としてのアイデンティティは、わたしたちの日常に少しずつ浸透してきています。平成以降、特に安倍政権下で、自らを「新自由主義の被害者」であるとか、「戦後の憲法の被害者」であるとか、というふうに自己規定をする傾向が如実になっていきました。人種や世代、ジェンダー、サブカルチャー等々、膨大な種類のクラスターに細分化された人々が、ネット上で絶えず「生きづらさ」の真因について啓蒙され、「被害者としてのアイデンティティ」に目覚め、自分たちが帰属するグループを差別したり、茶化したりする他者を格好の敵に仕立てるのです。それはいわば「『いいね!』戦争」に促進された一億総「部族主義」の時代と言っても過言ではありません。オンライン上では、いかなる極端な少数意見であっても賛同者が得られ、まるでオーソライズ(公認)されたかのように拡散されるため、嫌でもソーシャルメディアのタイムラインに飛び込んできます。この「不愉快な言説への接触」がさらなる被害者意識を作り出す発火点になり得ます。そうして、最終的にはまるで部族間対立のように自分たちが奉ずる信仰を冒涜したり、背いたりする他者を殲滅する必要性が生じるのです。安倍政権をめぐる前述のバッシングの応酬は、その最も分かりやすい例といえるでしょう。「安倍晋三という巨悪をめぐる聖戦」というわけです。敵対勢力との戦いは、人生に閉塞感を抱えている人ほどそれが突破口に映ってしまうものです。ソーシャルメディアは「部族主義」の坩堝であり、見本市であり、きらびやかで残酷な劇場であり、そこでは空っぽで不安定な自己をもてあますアイデンティティの危機が、被差別的境遇からの回復という大義名分によってたちまち補填されるのです。

コミュニティ化した政治勢力が個人の受け皿になる

当然ながられいわ新選組、N国党という新興政党もこのメカニズムの影響下にあります。

「政治勢力としてのコミュニティ」とは、言うまでもなく「部族主義」そのものだからです。そして、ここでは大きな懸念を表明しておく必要があります。社会的弱者への再分配に消極的であったり、国民に背を向けて既得権益を守り続けたりする日本社会の硬直性によって傷ついた人々による「政治的コミュニティ」は、「被害者としてのアイデンティティ」を政治活動の正当性とともに承認してくれる場として妖しい輝きを放ちます。これまでも家族や地域社会などのソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の崩壊については口を酸っぱくして述べてきましたが、何もないところから自尊心の支えとなる関係性を構築し、かつ維持していくことは非常に困難だからです。この二党に限らず今後も「政治勢力としてのコミュニティ」が砂粒のようになった個人の受け皿となる可能性が高いといえます。これによる集団化の進展がどのような帰結をもたらすかは、最善のシナリオもあれば最悪のシナリオもあり得ます。とても両義的なのです。

2020年9月に安倍政権は終わりを迎え、菅義偉が新たに首相に選出されましたが、ポスト安倍政権下においても、この分断と孤立が巻き起こす「アイデンティティ闘争」は加速していくことでしょう。

(真鍋 厚)

真鍋 厚

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