
(参考写真)中学生くらいのホームレスの少女が、恵山市場の中で練炭の暖を取っている。2012年11月に撮影アジアプレス
<北朝鮮内部調査>地方で飢饉の様相「5月に入り飢えと病気で大勢死んでいる」(1) 国家保有食糧が払底か
飢えで多くの死者が出ているという情報が、地方都市から続々届いている。2021年以降、老人世帯や病弱者など一部の脆弱層に死者が出ていたが、事態がさらに悪化しているのは間違いないだろう。情報の内容は非常に具体的だ。連載の三回目は、北部の両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)市の状況を報告する。現地住む3人の取材協力者が5月中旬以に伝えてきた。(カン・ジウォン/石丸次郎)
◆両江道の恵山市で収集調査
恵山市は鴨緑江上流に位置する中国との国境都市である。両江道の道庁所在地で人口は推定20万人程。山かち寒冷なため農業には不向きだが、中国吉林省長白県との貿易が活発で、物流拠点として北朝鮮の中では生活水準の高い地域であった。ところが、2020年1月に新型コロナウイルス・パンデミックが始まると、すぐに国境が封鎖されて貿易は完全にストップ。他地域との移動も強く規制され、住民の暮らしは大打撃を受けた。
協力者のB、C、Dさんの報告は、同じ恵山市に住むこともあって類似した内容もあったが省略せずに記す。彼らとの通信には搬入してある中国のスマートフォンを使っている。

中国側から撮影した恵山市。密輸と脱北のメッカであったが、コロナ以降はほぼ根絶された。2010年7月 撮影リ・ジンス(アジアプレス)
◆5月に入って近隣で4人餓死した
――恵山市の暮らしは今どうですか?
B ポリコゲ(春窮期)に入ってから、困窮して栄養失調になる人がとても増えています。ちゃんと食べられず貧血になって、外出できない人もいます。5月に入ってから、私の人民班では4人亡くなりました。栄養失調なのに病気で死んだことにされます。飢え死にしたのと同じなのに。栄養状態が悪いので結核患者もたくさん発生していますね。コチェビ(浮浪者)も急に増えました。とても深刻です。
――現在、農村動員のただ中です。影響はありますか?
B 人民班で農村動員を毎日のように組織していますが、最近は生活が苦しくて20%程が動員に出て来られないのです。なんとか生きようともがくのだけれど、商売をしようにもお金はないし、賃労働をしようにも力が入らない。(そんな人が)死んでいます。
※毎年4月中旬から、全国で都市住民が援農作業に動員される
※人民班 最末端の行政組織で、概ね20~30世帯程で構成。町役場に相当する洞事務所からの指示を伝達し、住民の動向を細部まで把握して当局に報告する役割を担っている。
※賃労働 建設現場や薪集め、荷物運びなどで日銭を稼ぐ。組織的に行うと取り締まり対象になる。
◆軍用の食糧を放出して配給に回すも不足
――飢えの広がりに対して政府はどう対処していますか?
B 「無職者」(職場を無断で離脱した人)の取り締まりを、あれだけ厳しくしていたのに、最近では生活が苦しくて出勤できない人が多いので、欠勤取り締まりはあまりしなくなりました。
中国から食糧支援が入って来ると(当局)言っています。ただ、それが我われの所まで来るのに時間がかかるので、先に軍糧米を放出しているそうです。4月に一部の企業は軍糧米で配給しましたが、たった3~5キロほどしかなかった。それでどうやって1カ月生きていきますか? 商売もうまくいきません。「飢え死にせず、何としても生き残ろう」というのが(住民間の)呼号(スローガン)になりました。
――市場はどうなのですか?
B 農村動員期間なので、市場は晩の6時から8時の間だけ開けていますが、商売がうまくいかないので人は多くありません。食べ物商売も衛生検閲が厳しくなって稼げなくなりました。
※自宅で作ったパンや餅、グクスと呼ばれるトウモロコシ麺などを市場で販売する。
市場管理所に衛生確認証を提出しなければなりません。病院で発行するのですが、人民班の確認印まで全て押されて初めて食べ物を売ることができます。コロナ、伝染病でないと確認されないと売れないのです。特に肝炎、結核などに対して厳しいです。確認書は賄賂を渡せば作れるのですが、バレたら承認してくれた人たちが問題になるから、慎重になっています。
◆市場での食糧販売禁止措置は若干緩和
――今年に入り市場での食糧の陳列商売が禁止になりましたが、今はどうですか?
B 米、トウモロコシの販売が完全禁止になったのが、最近はごく少量なら目をつぶってもらえるようになりました。問題は、個人が食糧を仕入れる所が少なく、価格も市場管理所で定める価格で売るという条件なので、商売人は市場ではなく家で取引する場合が多いです。家で売るのも10キロ未満までです。市場の糾察隊、担当安全員(警察官)が随時チェックするので、市場に大量に食糧を卸すようなことは想像もできません。
※糾察隊は民間人で構成する取り締まり専門チーム。風紀の乱れや秩序違反を摘発する。
◆当局は餓死と判定せず病死として処理
――周辺で、飢えで死亡する人はいますか?
C 食糧事情は非常に深刻です。死ぬ人がいます。私の町内でも栄養失調で寝たきりになって死んだ人がいます。その家には塩一粒すらなかったそうです。葬式の後、お棺もなく麻袋に包んで(家から)送り出していました。
物乞いをする人も増えたし、今にも死にそうな人も多いです。飢え死にしたのにそうだとは言いません。死亡診断書には結核、喘息、肝炎などと書いて、餓死とはしないのです。
※餓死者の発生は役人や幹部の責任問題になりかねないため、それを恐れて「病死」と判定するのかもしれない。昨年夏にコロナが拡散して多くの死者が発生した際、役人や医師はコロナによって死亡したと判定することはほとんどなかったという。
――飢える人に対し政府はどんな対応をしていますか?
C 栄養失調になってむくみが出ている人の家に、(地区の)担当医が行って点滴をしてあげることがあります。でも、食べられずにそうなったのに、点滴を打ったぐらいで生き延びられますか?
――飢える人が増えてどんな現象が起こっていますか?
C 私の町内は空き家が増えました。食糧が足りないので、職場で時間をもらって食べ物を調達に行くと言って出かけるのですが、どこかで死んでもわかりません。農村にめぐんでもらいに行く人が多いんですが、農村も(厳しい)状況は似たようなものでしょう。
◆ついに松の皮を剥いで食料に
D 最近、松の木の(内)皮を剥いて売っています。1次加工だけをしたものが1キロ700ウォン(約11円)です。買っていく人が多いですよ。山林取締員が、木の皮を剥ぐのを取り締まるので、密かに隠れて売っています。しかし、その700ウォンがなくて、松の木の皮もツケで買う家があるんですよ。どれくらい(深刻か)分かるでしょう?
注 松の柔らかい内皮を水につけ込んでから灰汁を入れて煮込み、水分を絞ったものを刻んでつくと餅のようになる。1990年代後半の大飢饉の折には、各地で松の内皮を食用にする人が少なくなかった。
――厳しいですね。住民たちはどうやって乗り切ろうとしていますか?
D 荷物運びや焚き物集め、雑用をして駄賃を稼ごうとする人が多いです。なんとか一食でも食べようとしてのことです。今は皆事情がそうだから、非社(非社会主義的行為)や無職者の取り締まりもあまりやらなくなりました。捕まえたって、食べられなくてしんどい人たちばかりですから、どうしようもないわけです。中国が開かれて市場に物は増えたけれど、お金が回らないから買う人も少ない。
(労働者の)暮らしが苦しいので、企業では5月から食料調達のために(欠勤を認めて)時間を与えるようになりました。みんな大変だから。(続く 4へ >>)
※中国との貿易が、新義州(シニジュ)、南浦(ナムポ)など通じて昨年末から本格的に再開され、市場から消えていた中国製品が増えたという。市場と国営の「糧穀販売所」の詳細な動向については、次回に詳述する
※4月までは、北朝鮮当局は職場離脱や欠勤を「非社会主義的行為」だとして、厳しく取り締まっていた。3月からは毎朝隊列を組んで集団出勤することまで強制していた。
※アジアプレスで中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図 製作アジアプレス
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編集部