下重暁子「『死ぬときは死ぬがよろし』って最高じゃないですか」

下重暁子「『死ぬときは死ぬがよろし』って最高じゃないですか」

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  • 更新日:2021/02/21
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下重暁子さん(左)と林真理子さん (撮影/写真部・小黒冴夏)

立春に行った本対談の会場に、春らしい着物をぴしっと着こなしての登場した作家の下重暁子さん。最新刊のお話から、生き方、年を重ねてからの趣味について、作家・林真理子さんとの対談で明かしました。

>>【前編/仕方なくNHKへ? 下重暁子「どこからも女の求人がなくて…」】より続く

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林:最新刊の『明日死んでもいいための44のレッスン』の最後の44番目に良寛の言葉が出てきますね。「死ぬときは死ぬがよろし」という。私もすばらしいと思いました。もちろんコロナの予防はしなきゃいけませんけど、「災難にあうときは災難にあうがよろし」。

下重:私、母が新潟でしょ。良寛さんも新潟の出雲崎出身だから、子どものときから良寛さんの話をよく聞かされてたんです。それで興味があったの。良寛さんって、厳しい修行で自分を縛るというより、この上なく自由で、托鉢用の鉢と墨染めの衣、子どもと遊ぶ鞠だけで町の人とふつうにつき合って、最後は弟子の貞心尼という恋人らしい尼さんに看取られてるわけでしょ。そういうさりげなさとか自然さをまねしたいなと思うの。「死ぬときは死ぬがよろし」って最高じゃないですか。

林:今みんな、コロナにかかって重症になったらどうしようと思ってますけど、そうなったときはちゃんと受け入れて死んでいきたいですよね。

下重:「きょうは感染者が何人だった」「死者は何人だった」とか聞くと、心はちょっと揺れ動くけれど、死ぬときゃ死にゃいいんだって思うと、なんか落ち着くのよ。

林:私もこのごろ「ボケちゃったらボケちゃったでいいか」と思ってます。

下重:「ボケるときはボケるがよろし」だと思いますよ。ボケるって、忘れちゃうってことでしょ。私、一つ忘れたら一つ覚えようとしてるの。それもスマホで調べないで『広辞苑』とか引いたりして。

林:私もできるだけそうしてますよ。漢字をスマホで調べると覚えられないから。

下重:あの重い『広辞苑』を持ってきて調べると忘れないのよね。

林:私が下重さんに勝手に親近感を覚えるのは、やりたいことは年をとってもやるということ。バレエも48歳から始めたんでしょう?

下重:よく恥ずかしくないわね」と友達は言ったの。私は人が何か言っても気にならない。バレエはいいわね。バレエは踊りじゃない。音楽です。音楽がわからない人はバレエはダメ。

林:今もやってらっしゃるんですか。

下重:今はやってません。今は地唄舞をチラッと。

(構成/本誌・松岡かすみ 編集協力/一木俊雄)

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/1936年、栃木県生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。アナウンサーとして活躍後フリーとなり、民放キャスターを経て文筆活動に入る。公益財団法人JKA(旧・日本自転車振興会)会長などを歴任。現在、日本ペンクラブ副会長、日本旅行作家協会会長。著書に『家族という病』(幻冬舎新書)、『人間の品性』(新潮新書)、『鋼の女 最後の瞽女(ごぜ)・小林ハル』(集英社文庫)など多数。近著に『明日死んでもいいための44のレッスン』(幻冬舎新書)。

※週刊朝日  2021年2月26日号より抜粋

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