NEW
ロゴとアプリ版リニューアルのお知らせ
「気を付けていたのに、なぜ?」医療ライターが感染し実感したコロナの恐怖

「気を付けていたのに、なぜ?」医療ライターが感染し実感したコロナの恐怖

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/07/21
No image

医療系ライターがコロナに感染

「ワクチン接種がスタートし、自分の番が巡ってくるまであと少しの辛抱。ここまで1年半、感染せずに過ごしてきたのだから、これまで通りの対策をしていれば大丈夫。そんな慢心が油断につながったのかもしれません」というのは、ライターの及川夕子さん。

医療系の記事を数多く執筆しているライターで、仕事柄コロナ禍でも感染対策は万全にしているのは知っていた。ところが先日、新型コロナウイルスに感染。数日後には夫も感染し、それぞれホテルと自宅で療養生活を送ることになった。

「感染しているとわかったときは、まさか自分が?」と信じられない気持ちが大きく、その後は大きなショックで戸惑いしかありませんでした。主な症状は熱と体の痛み、倦怠感、味覚異常など、よく聞く症状ばかりです。でも、聞くのと実体験するのとでは大違いでした」

回復したかと思ったら熱が再び上がり始める、味がしない、食べられない……。
「明日には、もう少し良くなっているはず……という希望が、何度も何度も打ち砕かれるのです」

次第に、肉体的にも精神的にもどんどん追い詰められていき、「これで軽症なの?」と叫びたくなったという。想像以上に大変な感染症。警戒してはいたものの、その症状については甘く見ていたと、及川さんは語る。

そして、その及川さんの闘病を電話やLINE、メールで見てきた、編集部スタッフも「やはり想像していたものと違う。こんなにつらいものとは思っていなかった」と言う。やはり身近で体験した人の声は貴重だ。

今回、及川さんから「多くの方の感染予防、気づきにつながれば」と自らの経験を時系列でまとめてもらった。

No image

「まさか自分が」と誰もが思う。さらに感染すると甘く考えていたことも見えてきたという(写真はイメージです)photo/iStock

え?コロナ感染?なぜ?

【6月29日】
「筋肉痛? まさか……、コロナかも…!?」
初めて異変に気付いたのはこの日。節々が痛む感覚がありました。前日に久しぶりにオンラインでヨガレッスンを受けて体を動かした後だったので、最初は筋肉痛だろうと思っていました。

ただ、とてもだるかったので、夫に「コロナだったらどうしよう」と不安を吐露したのを覚えています。嫌な予感はありながらも、心の中では「どうか取り越し苦労で終わりますように」と祈る思いでした。

No image

初期症状は、筋肉痛とだるさだった。なんとなく違和感があり、もしかしたら、という思いも(写真はイメージです)photo/iStock

【6月30日】
朝から熱っぽい感覚が。
熱を測ると37度を少し超えています。ここで「やっぱり新型コロナに感染したかも」と思いました。

この日は、年に一度受けている胃カメラ検査の日、徒歩で病院に向かいました。新型コロナウイルス対策として病院では、入り口で簡単な問診と検温が行われています。受付の検温(非接触型)では36.1度でしたが、自己申告すべきと判断。「熱があります」と申し出たところ、別室に通され、看護師さんから詳しい問診がありました。

脇で熱を測ると37度を超えていたため、屋外にテントが設置されたエリアへ。そこで待つように言われ、抗原検査、尿検査をしたのち、医師の診察を受け、新型コロナ疑いでPCR検査が必要なことを告げられました。たまたま健診で入っていた病院の予約がなかったら、数日、様子をみようとして検査が遅れていたかもしれません。

PCR検査は鼻で検体を取るもので、保健所へ送るとのことでした。「結果が出る明日までは、人と接触したり外出して買い物をしたりしないようにまっすぐ帰宅してください」と言われて、外のテントエリアからまっすぐ帰宅。屋外で何十分も待たされ、梅雨寒だったこともあって体は冷え切って、家に帰ると熱が上がり始めました。

この時点ではコロナ陽性だろうと、ほぼ覚悟しました。出社していた夫にすぐにLINEで伝え、午後には夫が帰宅しました。

感染経路は不明。もしかしてあのとき?

【7月1日(陽性確定)】
夕方、保健所からの電話で陽性が確定。
7月1日を発症1日目とすると告げられました。持病もなく軽症であり、自宅療養かホテル療養か選べるとのことでした。

また、療養期間は一般的に10日間程度。最後の3日間に解熱剤などを服用せず平熱が3日間続けば、晴れて11日目に通常の生活に戻れるということでした。仕事があるため、可能なら自宅で療養したいと思ったものの、最終的にはホテル療養を選択しました。

私が自宅にいることで夫が濃厚接触者となり、私の療養が終わるまでの10日間プラス2週間は公共交通機関が使えないなど、夫の生活にまで制限がかかってしまうからです。何より、夫に感染させないためにも私がホテル療養に向かうべき、と判断しました。

県の担当者から、数日前からの行動履歴を細かく聞かれます。感染経路は不明。ですが、思い当たることがひとつだけありました。コロナ禍では、夫以外の家族とも友人とも仕事関係者ともほとんど会うことなく、自営業のため自宅で仕事し過ごしてきました。外出先で食事をする際にも一人で黙々と、または夫とだけ。ただ、発症の5日前に仕事関係者にミーティングをしたいと言われ、カフェで待ち合わせをしたのです。

思えばカフェでドリンクを注文し、飲むときにマスクを外した瞬間がありました。そのとき感染したのかは結局わかりませんが、今でも悔やんでいます。カフェでなくても打ち合わせはできたのに、なぜ断らなかったのか。カフェでの打ち合わせも会食という感覚が、どこか抜け落ちていました。隙があったのだと思います。

No image

マスクに手指の消毒など、完璧にやっているつもりでも感染することもある。(写真はイメージです)photo/iStock

発熱がありながら、ホテル療養の支度

【7月2日(ホテル療養1日目)】
ホテル療養の場合、ホテルが空き次第入居できることに。療養中に仕事の締め切りがあるためノートパソコンを新調したり、解熱剤を用意したり(薬は自分で持参しなければなりません)。陽性判明から2日間はバタバタと過ぎて行きました。

この間、熱は38.5度まで上がったものの、市販の解熱剤で熱は37度台まで下がることもあり、さほどつらくはありませんでした。夫はずっと平熱で元気だったので、買い出しなどを頼みました。夫とは寝室をわけ、自宅ではマスクをして過ごし、換気、アルコール消毒、手洗い、入浴はお湯を入れ替えるなど、できる限りの感染対策は行いました。

冷静に振舞っているつもりでしたが、頭の中は「症状が悪化したらどうしよう」「夫も感染していたら」という不安でいっぱいでした。医療ライターとして知識はあるつもりでしたが、急に現実味を帯びてくると、後悔や恐怖が襲ってきます。これは、なってみないとわからないことかもしれません。

ホテル療養に持参した荷物は、スーツケース2つです。着替えと仕事道具、3食お弁当で耐えられるか自信がなかったので、自宅にあった防災食やおやつ、ゼリー、生鮮食品、飲み物など家にあったものを持ち込みました。

No image

発熱し始めているのに、ホテル療養するために忘れ物がないように荷造りするのも想像以上に大変だ。(写真はイメージです)photo/iStock

感染対策上、後から再持ち込み、家からの取り寄せができません(一部市販薬などは通販で取り寄せ可能)。仕事の資料やUSBを忘れたから、届けてということは無理だということを知りました。当然、〇〇が食べたいから持ってきて、もできません。とにかく忘れ物がないように、多めに持ち込むことを考えました。

コロナ感染者を移送するために用意されたタクシーが自宅に迎えにくるので、それに乗り込んでホテルへ向かいます。運転手さんとの会話は一切無し。到着するとガードマンが待っており、パーテーションで区切られた通路を抜け、用意された封筒を持って部屋へ入室。ほぼ誰とも接触しない状態でホテルに入りました。

No image

及川さんが入ったのは神奈川県のホテル療養施設。従業員通路のようなところから、誰にも接触せず、部屋に入れるように導線が作られている。写真/及川夕子

この時点では、どうホテルで快適に過ごすかということばかり考えていました。ホテルに入ったのが発症3日目。あと7日間ホテルで耐えれば快方に向かうのだから、容態が急変しなければなんとかなる。熱は解熱剤で抑えて過ごせばいいと信じるしかありませんでした。

後編では、ホテル療養から帰宅するまでの状況とその時感じた思いをお伝えします。

【後編】「医療ライターがコロナ感染―熱も下がり食欲も戻っても、今も続く体の異変こちらへ

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加