同居をきっかけに義母の荷物とゴミが新居に運び込まれた。夫が使ったオムツから嫁入り時の服まで。認知症で収集癖はエスカレートして

同居をきっかけに義母の荷物とゴミが新居に運び込まれた。夫が使ったオムツから嫁入り時の服まで。認知症で収集癖はエスカレートして

  • 婦人公論.jp
  • 更新日:2022/06/23
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イラスト:堀川直子

コロナ禍で在宅時間が増えたことで、生活空間を整えるために断捨離をする人が増えました。結果、粗大ごみが急増し、対応に追われる自治体もあるといいます。環境省は今夏にも、家庭で使われなくなった衣類や家具の再利用に取り組む、自治体を対象としたモデル事業を始める予定です。離れて暮らす親の実家を片付ける「親片」や、住む人のいなくなった空き家問題も近年話題に。生活空間は自分好みに整えておきたい。しかし価値観の違う家族がいると、思い通りにはいかないようです。河元由紀子さん(静岡県・パート・60歳)の場合は、夫の母を新居に呼び寄せることになり……

【漫画で読める】義母が新居に運び込んだものは…

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50年前に買ったオムツも処分させてもらえず

私はモノに執着しないタイプだ。高い服でも、サイズが合わなくなればすぐ手放す。自分のアルバムは引っ越しの際にすべて処分した。「いつか使う」「いつか着る」といった仮定の言葉は信じていない。

そんな私のことを、夫は薄情だと言う。以前、結婚式の写真を処分していいか相談したら怒られた。けれど、よく考えてみてほしい。30年近く前の写真など一体いつ見るというのか。それよりその収納スペースがもったいないと思ってしまうのは、そんなに悪いこと?

私と正反対なのが、義母である。義父を亡くして広い家に一人で暮らしていたからか、戦前生まれだからか、とにかくモノを捨てない。そんな義母と、わが家を建て替えるタイミングで同居することになった。

単身赴任中の夫に代わって義母の家へ引っ越しの手伝いに行くと、あまりの荷物の多さにあ然とした。彼女の持ち物は、私たち4人家族の10倍、いや15倍以上もあったのだ。食器の量はホテルの宴会場並み、布団と座布団は押し入れに隙間なく詰められている。はっきり言って怖かった。

よく見ると、夫が赤ちゃんだった頃に買ったらしい新品のオムツまで置いてある。義母に「このオムツ、いりますか?」と聞くと、「いつか使うから取っておいて」と即答。いやいや、変色していますし、50年以上前のものは使えません。そもそも誰が使うの?

ほかにも放置された梅干しや梅酒、謎の液体が入った瓶など今すぐ処分したいモノばかりだったが、実の親ではないので強くは言えない。

結局、山のような荷物は新居にそのままやってきた。ハウスメーカーに注文して建てた家は、6LDKに納戸が2ヵ所という大きめの設計。義母には、8畳の仏間と4畳の納戸がある1階に落ちついてもらうことにした。

しかし荷物が収まりきらず、2階の納戸や庭の物置など、私たちの生活スペースまで侵食。1階の納戸は荷物を詰め込みすぎたせいで、引き戸が開けられなくなった。

そんな義母の口ぐせは、「みんなガラクタだから、私が死んだら処分して」。その言葉を聞くたびに、「いやいや、お義母さん。処分するにも費用がかかるんですよ。あの大量の品々に、いくらかかるか知っていますか?」と思っていた。口には出さないものの、私の顔はひきつっていたはずだ。

実の息子からモノを減らすようお願いすれば事態は変わるかもしれないが、残念ながら非協力的な夫のことだから、相談したところで「気になるなら自分でなんとかしろ」と言われるのがオチだろう。これ以上余計なストレスを増やしたくないので、心に折り合いをつけながら、幸い大きなトラブルもなく暮らしていた。

施設に入居する義母が別れ際に言った言葉は

同居して13年が過ぎた頃、新型コロナウイルスが猛威を振るい出した。社交的でよく出歩いていた義母も、老人会のイベントが中止となれば外出できない。気がかりだったのは、起床時間が日に日に遅くなっていったことだ。

徐々に義母の行動に違和感を覚え、まさかと思いながらもの忘れ外来に連れていくと、アルツハイマー型認知症との診断を受けた。

認知症になったことで、収集癖もエスカレート。吐いたタンまでお手製のタン壺にためるようになり、それが原因でコバエが大量発生したこともある。粗相した下着は菓子の空箱に入れたり、トイレットペーパーの芯の中に詰めたりと、モノに溢れた仏間は隠し場所に困らない。

こちらが考えもつかないようなところにあるので宝探し状態である。もちろん彼女に悪気はないのだ。しかし、私はほとほと疲れてしまった。

次第に症状が進行し、義母はグループホームに入居することになった。広めの個室に入れることになり、義母の荷物を運び込む。すると別れ際、義母は私の目をじっと見て「ありがとう。あとはもういらんから」と言った。一瞬、本当は認知症ではないのでは、と思うくらいにしっかりとした言葉だった。義母は笑顔で手を振っていた。

家に帰ると、私はさっそく納戸を開ける作業に取りかかった。何をやっても引き戸は動かず、最後は夫が力まかせにこじ開けた。カビ臭い室内には隙間なく荷物が積み上げられている。婚礼簞笥が3竿、古いボロボロの段ボール箱は山積み。足の踏み場もない。夫は惨状を目の当たりにすると、「あとはよろしく」と言って、さっさと2階に上がっていった。

古い段ボール箱を一つひとつ開けて中身を確認していく。新聞の切り抜きや亡くなった義父のカビが生えた鞄、海水パンツに絵の具セット。さまざまなものがごちゃまぜに詰め込まれている。驚いたのは洋服の量だ。結婚後に購入したものはすべて捨てずに取っておいたらしい。

業者に頼めば半日もかからずに処分できるだろうが、時間を見つけては荷物を仕分け、車で市のクリーンセンターへ運び込んだ。それがせめてもの義母への誠意だと思ったから。工場の焼却炉に荷物を放り込むときには、「お義母さん、ごめんね。もういいよね」と心の中で声をかけた。

そして1ヵ月近くかけて、荷物をすべて処分した。施設からは、義母の楽しそうな笑顔の写真が毎月送られてくる。写真は新しく買ったかわいいアルバムに収めて、いつでも見られるようにリビングに置いている。

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