米CDCの機能不全を暴露、組織防衛を優先し感染症に対応できず

米CDCの機能不全を暴露、組織防衛を優先し感染症に対応できず

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  • 更新日:2021/06/11
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The Premonition: A Pandemic Story

■今回の一冊■
The Premonition: A Pandemic Story
筆者 Michael Lewis
出版社 W. W. Norton & Company

アメリカの疾病対策センター(CDC)は自己保身を最優先する頭の固い専門家の集まりで何もしない。アメリカ国民の命を守るという本来の使命よりも、感染症の正確なデータを収集し学術誌に論文を発表することに熱心だ。何の権限も持たない在野の医者や研究者たちが独自にパンデミックと戦う姿を描き、政府やCDCの不作為に警鐘を鳴らすノンフィクションだ。日本版CDCの設立を提唱する人々にはぜひ読んでもらいたい。

人気作家のマイケル・ルイスの手になる新作とあって、本書はニューヨーク・タイムズ紙の週間ベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)で、5月23日付で3位で初登場した。4週連続でトップ10入りとなった6月13日のリストでも6位につけた。

CDCに所属しているわけではないのに、まさに舞台裏で、危機感から新型コロナ対策に奔走した人々を描く。CDCやトランプ政権が有効な対応策を打ち出せないなか、大学の研究者や医者らが自発的に電子メールやオンライン会議で議論を繰り広げる。やがて、政府高官やCDC関係者、感染症の専門家らも、この自然発生的にできた議論の場に参加して耳を傾け、実際の政策運営にそのアイデアが採用されたという。

本書はこの舞台裏で活躍した数人の人々の動きに焦点を合わせる。そのうちの1人が当時、カリフォルニア州の公衆衛生局のナンバー2だったチャリティという女性だ。医師の資格を持ち、地方自治体の職員として公衆衛生に携わってきた。結核や脳炎、肝炎など伝染性の病気が発生すると、迅速な調査をもとに、発生源とみられる施設の閉鎖など迅速で果敢な危機対応で実績をあげてきた。当然、職務をこなすなかで幾度となくCDCにも助言を求めたり報告をしたりしてきた。そのチャリティが得た教訓は「CDCは何もしない」というものだ。

The root of the CDC's behavior was simple: fear. They didn't want to take any action for which they might later be blamed. “The message they send is, We're better than you and smarter than you, but we're letting you stick your neck out to take the risk,”said Charity.

「CDCの行動原理は単純で、恐怖が根っこにある。のちのち批判されかねないことは、やりたがらない。『CDCの理屈は、自分たちのほうがお前らよりも詳しいし優れているんだぞ、お前らがやりたいようにやっていいけれども、責任をとるのはお前らだからな、というものだ』とチャリティは話す。」

チャリティは地方自治体の現場で感染症の問題に取り組み、何度もCDCとやり取りしてきた。そのたびに、「十分なデータや証拠が集まっていない」などと、CDCの職員らが言い訳をして行動を起こさないのを目の当たりにしてきた。しかし、十分なデータが集まるころにはウイルスが地域住民に広まってしまう。人々の健康を守るためには、素早い行動が求められる。チャリティはたびたび、自分の判断でクラスターの発生源と疑われるクリニックを営業停止にするなどしてきた。その経験から得た結論は次の通りだ。

In theory, the CDC sat a top the system of infectious-disease management in the United States. In practice, the system had configured itself to foist the political risk on to a character who had no social power. It required a local health officer to take the risk and responsibility, as no one else wanted to. Charity could see that the CDC's strategy was politically shrewd. People were far less likely to blame a health officer for what she didn't do than what she did.

「建て前では、CDCはアメリカにおける伝染病対策を担う関係機関の頂点に位置する。実際には、公的な権力を持たない一個人に責任を押し付ける仕組みになっている。地方自治体で働く公衆衛生の担当者にリスクと責任をとらせて、他の人たちはリスクや責任をとろうとしない。チャリティがみるところ、CDCのやり方は政治的に巧妙だ。なにか行動を起こすよりも、何もしないほうが、公衆衛生の責任者は、世間から批判されにくいのだ」

チャリティは自分の勤め先であるカリフォルニア州公衆衛生局の中でも孤立していく。新型コロナウイルスの脅威を2020年初めに、いち早く理解し、対策を講じようとするのだが、直属の上司である局長の反対にあう。主要な会議からも外されて発言の機会を奪われていく。まだ、米国に感染が広がっていなかっただけに、組織のトップはチャリティの言動を「いたずらに騒ぎ立てて社会を混乱させかねない」とみて、邪魔者扱いしたのだ。

感染症との戦いのポイントは、パンデミックという危機が実際に起きる前に、対策を講じる点にある。しかし、感染が広がる前に感染を抑える対策をとる、というのは非常に難しい。具体的なデータなど十分な判断材料がないなかで、場合によっては社会的な損失を伴う決断をしないといけないからだ。ましてや、判断材料が少ないなかで下す決断は、かなりの確率で間違っている可能性もある。特に、責任逃れを優先しがちな公的な組織では、対応が後手後手に回りパンデミックを防げない。

CDCが責任回避を優先し行動を起こさない体質になったのも歴史的な経緯を考えれば無理はないという。1976年に新型の豚インフルエンザの感染例がアメリカ国内で見つかったとき、CDCはアメリカ全国民にワクチン接種する必要性を、時のフォード政権に訴え実行に移した。しかし、ワクチンの副作用で死亡する例が一部出たうえ、恐れていた豚インフルの感染は広がらずウイルスが消えてしまった。当時のCDCのトップは、無駄で有害なワクチン接種を推奨したとして批判を浴び職を追われた。

後任のCDCトップも1983年に、レーガン政権との軋轢が原因でポストを去った。CDCの研究チームが、アスピリンの重大な副作用を発見し公表しようとしたところ、製造メーカーの意を受けた政権中枢から待ったをかけられた。当時のCDCのトップは政権からの不当な圧力に抗議する意味を込めて辞職した。その後、レーガン政権はCDCトップのポストを大統領による政治任用ポストに切り替えた。大統領がトップの人事権を握ってCDCをコントロールしやすい体制にしたのだ。

こうしたCDCの歴史や、昨年来の新型コロナへのアメリカの対応の遅さをみると、日本版CDCの設立を求める声がなぜ、日本の経済界や政治の世界から出てくるのか理解に苦しむ。皮肉にも、本書では、日本が初期にみせた新型コロナウイルスに対する対応を好意的に描いてさえいる。

国立感染研の報告書は宝の山

本書に登場する主要人物の一人であるカーターという医師は個人的に、集団感染が発生した客船ダイヤモンド・プリンセス号での感染の動きを追っていた。アメリカ本土では多くの専門家がまだ、新型コロナを対岸の火事としかみていなかった時に、カーターは必死に疫学データの収集にあたっていた。中国の現地の情報をネット検索で探すなどしているうち、2月中旬に行き着いたのが日本の国立感染症研究所のウエブサイトだった。そこでアップされていたダイヤモンド・プリンセス号に関する報告書が役に立ったという。

It described not only how many had been infected but their ages, when they had first exhibited symptoms, and the number of people with whom they shared a cabin. It gave the dates they first exhibited symptoms. It revealed that 51 percent of those who tested positive were asymptomatic. Carter took that number with a large grain of salt, as the infection in many was new, and they might still develop symptoms. Still, it was an astonishing number: up to that point there had been no study of asymptomatic spread.

「報告書には、感染者の人数だけでなく、患者の年齢や症状が始まったのがいつか、客室に何人で滞在しているのかも出ていた。報告書では、症状が最初に出た日付がまとめられていた。それによると、検査が陽性だった人の51%が無症状だったことがわかる。カーターはその数字には半信半疑だった。感染して日が浅い患者が多く、これから症状が出るのかもしれない。しかし、驚くべき比率だった。当時はまだ、無症状の感染症の拡大に関する研究などなかったのだから」

在野の医師のカーターは、国立感染研の報告書について「なぜ、誰も注目しないのか不思議だ。まさに宝の山だ」とも発言している。日本のコロナ対策について、カーターは次のような評価もしている。

Japan was doing something clever with their contact tracing. Perhaps from their close view of the Diamond Princess, public-health authorities had figured out early that superspreaders played a far bigger role in the explosion of COVID-19 than in, say, the spread of flu.

「日本は濃厚接触者の追跡では、賢いやり方をした。おそらく、ダイヤモンド・プリンセス号での知見から、公衆衛生の当局者たちは早い段階で次のことに気づいていた。スーパー・スプレッダー(多くの人に感染を広げる特定の患者)が新型コロナの感染拡大ではかなり大きな役割を果たしており、それは例えば、インフルエンザの感染拡大時に比べてもかなり大きい」

カーターは自ら情報収集にあたって分析し、他の専門家らと電子メールなどで調査結果を共有し、アメリカでパンデミックにどう備えるかといった議論を続けていく。この非公式の議論の輪が広がり、最終的にはトランプ政権の高官やCDCの担当者ら、国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長も耳を傾けるようになっていく。医師のカーターもCDCについて次のように手厳しい評価を下している。

The CDC had lots of great people, but it was at heart a massive university. “A peacetime institution in a wartime environment,” Carter called it. Its people were good at figuring out precisely what had happened, but by the time they'd done it, the fighting was over.

「CDCは多くの優秀な人材を抱えている。しかし、その本質は巨大な大学だ。カーターはCDCについて『緊急事態なのに平時を前提に運営している組織だ』とも表現する。CDCの研究者たちは、何が起きているかを正確に探り当てる能力は優れているものの、答えが見つかった時には、戦いはもう終わっている」

もともとは救急救命医療の現場で辣腕をふるってきたカーターが感染症とかかわりを持ったのは、ブッシュ(息子)大統領の発案で、ホワイトハウスにパンデミック対策の特命チームが発足し、そのメンバーの一人として加わったのが発端だった。この特命チームが初めて系統的に、パンデミックへの対応プランを練り上げ、学校閉鎖やソーシャルディスタンスなどの感染症対策を打ち出していた。ブッシュ政権からオバマ政権までは、感染症が拡大した場合の危機対応プランがホワイトハウスにはあった。

この特命チームにかかわった経験を持ち、感染症対策にも目配りできる人材が実は、トランプ政権にも引き継がれていた。ボサート大統領補佐官(国土安全保障・テロ対策担当)だ。しかし、2018年に辞任に追い込まれ、トランプ政権は感染症への事前の備えを捨ててしまった。

But then, on April 9, 2018, Trump hired John Bolton as his national security adviser, and the next day, Bolton fired Tom Bossert, and demoted or fired everyone on the biological threat team. From that moment on, the Trump White House lived by the tacit rule last observed by the Reagan administration: the only serious threat to the American way of life came from other nation-states. The Bush and Obama administrations' concern with other kinds of threats was banished to the basement.

「しかし、その後、2018年4月9日に、トランプはジョン・ボルトンを国家安全保障担当の補佐官にした。ボルトンはトム・ボサートをクビにしたうえ、ウイルスの脅威に対応するチームのメンバーすべてを降格ないし解雇した。その瞬間から、トランプのホワイトハウスはレーガン政権のときに見られたのと同じ暗黙のルールのもと運営される。アメリカ人の生活にとって唯一の重大な脅威は他の国々からもたらされる、という考えだ。ブッシュやオバマ政権にはあった、それ以外の脅威に対する備えは、お払い箱になった」

やや、話はそれるが、アメリカの公衆衛生を担当する地方自治体の事務所などもDX(デジタル化)で大きく出遅れている実態も本書は告発している。日本だけが行政のDXで出遅れているわけではないようだ。大学の研究者がCDCの対応の遅さに危機感を持ち、民間企業からの寄付金で運営するBiohub(バイオハブ)という研究センターで、きゅうきょ新型コロナの検査キットを作成したエピソードが本書には出てくる。しかし、検査料を無料にしたにもかかわらず、病院などに、なかなか活用してもらえない現実に直面した。

Many local health offices were so understaffed and under equipped that they had trouble using the test kits. Most were unable to receive the results electronically; they needed the results faxed to them. Some had fax machines so old that they couldn't receive more than six pages at a time. A few didn't even have functioning fax machines, and so the Biohub got into the business of buying and delivering fax machines along with test kits.

「地方自治体の保健センターの多くが人手や備品が足りず、検査キットを使う手間をとれなかった。そもそも、ほとんどの保健センターでは電子メールなどで検査結果を受け取れなかった。検査結果をファクスで受け取る必要があった。とても古いファクス機しかないので、一度に6ページを超える紙を受信できないところもあった。一部だが、ちゃんと動くファクス機を持っていないところもあった。そこで、バイオハブはファクス機を買って配送することも始め、検査キットと一緒に送った」

まさに、本書はアメリカの感染症対策の不都合な真実を抉り出す。ただ、公平を期すために、ひとつだけ本書の欠陥を指摘する。本書が悪者として描くCDCやカリフォルニア州公衆衛生局長に直接、取材した形跡がみられないのだ。舞台裏で活躍した人々の口から出た批判を克明に記す反面、CDCなど批判されている当事者たちの反論などは一切、書かれていない。本書の筆者は、CDCなどの言い訳を聞いている暇はない、次のパンデミックのリスクに備えて体制を整えるほうが先だ、と言いたいのだろう。

無名の人々の活躍をドラマチックに描くために、一方的な書き方になっている欠点はたしかにある。それでも、パンデミックへのリスクにどう向き合うべきかという示唆に富むノンフィクションである点に変わりはない。特に、安易に日本版CDCの設立を提唱する政財界の人々には勉強のため一読をおすすめしたい。

森川聡一

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