三島由紀夫が海外で評価され、坊ちゃんが読みやすい理由とは 文豪から垣間見る日本文学の指南書「名著入門 日本近代文学50選」

三島由紀夫が海外で評価され、坊ちゃんが読みやすい理由とは 文豪から垣間見る日本文学の指南書「名著入門 日本近代文学50選」

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  • 更新日:2023/03/19
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平田オリザ(ひらた・おりざ)/1962年、東京都生まれ。劇作家、演出家、劇団「青年団」主宰。94年初演の「東京ノート」で翌年第39回岸田國士戯曲賞受賞。ほか受賞多数。主な著書に『わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か』、小説『幕が上がる』など(撮影/写真映像部・加藤夏子)

AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

『名著入門 日本近代文学50選』は、平田オリザさんの意欲作。誕生から百数十年。まだまだ若い日本近代文学の歩みは、現代の我々につながる「言葉」の獲得の歴史だった──。黎明から先駆者たちの苦悩、戦争と向き合った文学者たちなど、50人の名著とともに、いまに至る日本を振り返り、思考するための最高の指南書。著者の平田さんに、同書にかける思いを聞いた。

*  *  *

樋口一葉に森鴎外、夏目漱石──名前は知っているけれど、ちゃんと読んだことないんだよね……。大丈夫、平田オリザさん(60)の『名著入門 日本近代文学50選』はそんな人にこそ、おもしろい。

執筆のきっかけは明治維新前後に生まれた作家たちを描く戯曲「日本文学盛衰史」(高橋源一郎原作)の創作だ。多くの近代文学を読み直し、いまの時代にこそ大事なものが見えてきたと平田さんは話す。

「私たちはいま同じ日本語で政治を語り、経済を論じ、ラブレターを書くことができます。自分の考えを自分の言葉で表すことは、民主主義の根幹です。でもそれが可能になったのは明治以降なのです」

明治政府は軍隊を統率するために“新しい国家の言葉”を必要とした。薩摩の将校の言葉を津軽の兵隊が聞き取れないと困るからだ。同時に自分の内面=気持ちを表すための「文学の言葉」が模索され、近代文学が生まれていく。

「私たちがいま当たり前のように使っている日本語は、近代文士たちの努力によって作られました。しかも日本は戦争などで言葉を奪われた経験が一度もない。これはとても貴重なことです。そんな日本語に近代文学を通じて、改めて向き合ってもらえたらと」

50人の作家と代表作を時代背景とともにわかりやすい言葉で紹介した。森鴎外の『舞姫』は、ドイツに国費留学した青年が現地の踊り子と恋に落ちる物語だ。鴎外の実体験で踊り子は鴎外を追って横浜までやってきたという。

「主人公は本当にひどい男で、現代女性からみれば許せないでしょう。残念ながら日本の近代文学はエリート男子の苦悩や、男性特有の露悪趣味から出発したのです。遅れること5年、樋口一葉が『たけくらべ』で思春期の自我の芽生えを描いた。彼女がもう少し長く生きていたら、近代文学におけるジェンダー視点はまた違ったものになったかもしれない」

『坊っちゃん』が読みやすいのは、漱石が落語好きだったから。三島由紀夫が海外で評価される理由──などなど「へえ!」の驚きも満載だ。

しかし近代の言葉が成就した瞬間、政府は言葉を恐れるようになる。戦前の文士たちの去就を現在の日本に照らすと、ぞくりとさせられる。

「堀辰雄や谷崎潤一郎、太宰治の作品のなかでも戦時中に書かれたものには『今書けることを書く』という意志と覚悟を感じます。いまこの時代にも一人一人ができる範囲で、言うべきことを言っていくことが大事だと思っています」

平田さんが近代文学に目覚めたのは16歳で自転車世界一周旅行に出たときだ。父が海外の旅先にさまざまな文学作品を送ってくれたという。

「最近の若者も決して読書量が少ないわけではないのですが、古典に触れる機会はなかなかない。この本が入門書になればいいなと思います。入り口は北杜夫の『楡家の人びと』がおすすめですね」

(フリーランス記者・中村千晶)

※AERA 2023年3月20日号

中村千晶

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