出張から帰ると、家に誰もいなくて...。2億円の預金とともに妻から逃げ出した男の、衝撃の本心

出張から帰ると、家に誰もいなくて...。2億円の預金とともに妻から逃げ出した男の、衝撃の本心

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  • 更新日:2021/02/28
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第十九夜「頼りない男」

春斗と出会ったきっかけは、学生時代の新聞社でのアルバイト。

初対面の印象は「寡黙で愛想のない男の子」だった。

大手新聞社で定期的に行われる世論調査は、新聞社の社員と、大学生を中心とした大勢のアルバイトスタッフで行われていた。

一応マスコミバイトだし、タフだが短期集中でまとまったお金が稼げる。ゆえに一部の名門大学の学生間で、人気のコネバイトとして脈々と受け継がれていた。

私は大学1年生の時にサークルの先輩の紹介でこのバイトを始め、数か月に1度、4~5日集中的に働いた。

2年目にグループリーダーとして抜擢され、3年目には大学生バイト集団の代表として、社員に交じって打ち合わせに参加するほど重宝がられていた。

そんな私の下につけられた、ぬうっと体の大きい後輩・春斗。彼は愛想がなく、世論調査員に必要な“にこやかさ”に欠けていた。

社員から「紘子ちゃんひとつ教育してやってよ」と頼まれて注視しているうちに、私は彼がとても真面目な性格であることに気が付いた。

「春斗君さ、これ8回も訪問したの?凄いね。ちょっとうまくやろうと思わなかった?」

丸1日足を棒にして担当エリアの調査表を回収してくるのがスタッフの仕事だ。でも多少目を盗んで息抜きするのは織り込み済み。率直に聞いてみると、春斗は首に手をやってぼそぼそとつぶやく。

「思いつきもしなかったです」

その時、私はとても驚いて、それからなんとも言えない好感を彼に抱いた。

……だからといって、まさかその6年後、彼と結婚するとは予想もしなかったけれど。

紘子と春斗、大学時代の出会い。やがて二人が辿る、衝撃の運命とは?

忠実なる夫

私の実家は大阪で日用品の卸売りを事業としている、そこそこ大きな同族経営の会社だった。一人娘の私は、早稲田大学商学部へ入学したのを期に、東京で一人暮らしをさせてもらっていた。

ひとつ年下の春斗と付き合い始めたのは、同じ大学で近所の一人暮らし同士の成り行きもあったと思う。学生らしく、おままごとのような交際だった。

だがそんな幼い恋が、社会人になって一気に加速する。

私は大学卒業後、ゆくゆく家業を継いだときの勉強だと思い、ECサイト運営企業に入った。すると1年後、春斗がその会社に内定をもらった、と告げてきたのだ。

「紘子を尊敬してるし、その紘子が生き生きと仕事してるから、この会社いいなと思って」

まったく相談もせずに、彼女がいるからという理由でベンチャー企業に就職を決める早稲田の男がいるだろうか。

私が勤める会社は、若手を中心とした体育会系の社風で、早稲田生の多くが就職するような毛並みの良い会社とは一線を画していた。

最初は開いた口がふさがらなかったが、春斗は意外にも本気だと分かり、私は誰にも付き合っていることを言わないという条件で、入社を認めることにした。

もちろん認めるも認めないもない。本当は私にそんなことを言う権利はなかったが、当時営業で新人王となった私はとにかく仕事第一。

就職先に恋人を誘ったなどと思われるのは絶対に避けたかったし、入社後に公私混同しているという目で見られるのも我慢ならなかった。

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「春斗君は、紘子ちゃんの不愛想な忠犬ハチって感じだね」

50人ほどの営業部は意外にもアットホームだったから、春斗と付き合っていることを隠すのは難しいだろうと思っていた。

しかし春斗は大胆にも私の見習いのようなポジションになることで、むしろ周囲の目を欺いた。

その頃、私の社会人生活は順調そのもの。小さい頃から商売のいろはを見聞きしていた私にとって、支社で営業成績トップをとることはそう難しいことではなかった。

それでも5年目、ついに全支社で売り上げ1位になり社長賞を獲った時は本当に嬉しく、次のステップにいくことを決心できた。

ひとつめは会社を辞め、実家の会社に入社すること。

ふたつめは、保留にしていた春斗のプロポーズを受けること。

それからさらに5年、いろいろなことがあった。

ECコマースのノウハウを生かし、通販事業に舵を切ったのが4年前。

女性の一人暮らし向けにルームコーディネートをパッケージにして販売したり、共働き世帯を見据えてスタイリッシュな時短料理器具やセットを販売したり、おもに20代・30代女性に刺さりそうな商品の仕入れに、独断で次々と挑戦した。

順調に業績を伸ばし、企業の知名度が大阪のみならず関西全域に広がりはじめた頃、私が父親から正式に会社を引き継ぎ、代表取締役社長に就いた。

タイミングを同じくして昨年の春、巣ごもり需要が激増したことは、まったく予想外の出来事だった。

そこからしばらくして、会社が前期だけで去年の5倍以上の利益をたたき出したのだ。

そんな空前絶後の好調に浮かれる会社幹部の親族たちを一喝したのは、経理を担当していた春斗だった。

そう、春斗は婿養子に入り、私の会社に入社していた。とは言え、彼には私ほどの営業手腕はない。無理に経営陣に加えるというよりも、将来はしかるべき収まりのいいポジションに配置するつもりだった。

そんな入り婿の春斗が、これを機に赤字部門を整理し、会社の無駄を削減しようと言い出したのだ。

「何もわかってない若造が、紘子の旦那だというだけで偉そうに。誰のおかげで部長に据えてもらってると思ってるんだ」

春斗を最初から快く思っていない大叔父や叔父たちの風当たりはきつかったが、春斗は主張を曲げなかった。

そして彼の指摘通り、採算事業と赤字事業のまだらな様子は、同族経営でなあなあにしていた部分だった。たしかにこれほど会社が成長した今こそ、避けては通れない問題だったのだ。

つまり春斗が全面的に正しかった。

「これが会社のためだ。僕は紘子のために憎まれ役を買って出る」

春斗は騒ぎ立てることもなく、非難に耐え続けた。しかしそれも長くは続かないだろう。私は独断で春斗を、古参社員が多い経理の中核から外し、新規事業部に異動させた。

自分が矢面に立った上で、少しずつ春斗が指摘した問題点を整理したのだ。

そして少しずつ改善がなされ、なんとか会社がいい方向に流れ始めた頃。

2億円を手にして、春斗は消えた。

信頼していた春斗の衝撃の行動。置き去りにされた紘子はどうする…!?

春斗の真意

その日のことは、鮮明に覚えている。

4日間の福岡への出張を終え、梅田のタワーマンションに帰った時、違和感を覚えた。

しんと冷えた部屋。まるでもう何週間も主がいなかったかのように、床暖房の温もりも、シンクに置かれたマグカップもない。

出張の後処理に取り掛かっていた私は、深夜まで呑気に構えていた。24時を過ぎた頃、さすがに心配になり、春斗に携帯で連絡をしようとしたが、つながらない。

結局朝になっても彼は帰らず、事故を疑い、あらゆる方法で連絡を試みたが、大阪本社に出社もしていなければ、誰も彼の行く先を知らなかった。

仕事では先手先手を打つ私が、さらに丸一日経つまで呑気にも事の重大さに気が付かなかったのは、結局は春斗を心から信じていたからに他ならない。

大学生時代に出会ってから、私と春斗はこの10年以上、公私ともにぴったりと一緒に歩んできたのだから。

彼が私の預金2億円と共に消えたとわかったとき、その原資である会社の非公式なお金の流れが明るみになることを恐れた父は警察に相談せず、人を使って調査を開始した。

ほどなくして彼が東南アジアに渡ったと知ったとき、まず思ったことは、なにか新事業を始めようとして、心配をかけまいと単身挑戦したんじゃないかということだった。

そんなことを言う私を、父も母も、心から哀れみ、涙を流した。

やがて周囲から「金目当ての夫に逃げられた妻」として扱われて、ようやく現実を理解しはじめた。

そして同時に思い知る。私は、自分で思うよりもずっと、春斗を愛していたし、心から信頼していたのだ。

春斗は私から決して離れないと。ずっと私を尊敬してくれると、心から信じていた。

闇の中で一人もがくような生活を送っていたある日、離婚届と一緒に、春斗からエアメールが届いた。

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紘子へ何も言わないつもりだったけれど、一度だけ手紙を書きます。今回のこと、本当にごめん。卑怯な真似をしました。何から話していいのか…でも正直に書いてみます。僕は紘子がどれほど頭の回転が速く、商才に恵まれているか、20歳のときから誰よりもわかっていました。今日の会社の成功は、全て紘子の手腕です。本当におめでとう。この時代において、すごいことです。人の懐に入るスピード、勝負勘、絶妙なおしの強さと、愛嬌のある笑顔、そして仕事に対する情熱。会社はこれから加速度的に大きくなるでしょう。そして紘子にとって、それこそが人生で求めるものだと分かっていました。そして僕はそんな紘子を支えていこうと決めていた。でも、どうしてだろう。あれほど固く誓っていたのに、君のたった一言で、僕の何かが壊れてしまった。この前の結婚記念日に紘子は言ったね。極上のワインで、酔っていたのはわかっている。「春斗が新卒で同じ会社に入ってきてくれなかったら、私たち絶対別れていたよね。成り行きって凄いよね」君は、追いかけて入社してきた僕への感謝を伝えたつもりかもしれない。いつもどおり、ちょっとした君らしい軽口だったんだろう。でも、僕はそんなふうに思ったことはただの一度もなかった。例え会社なんか違っても、僕は君を見失ったりしない自信があった。君には、天賦の才がある。おそらく世間は、やがてそれを知るだろう。そのとき摩擦のようなものは起こる。誰かが足を引っ張ろうとするかもしれない。その時僕なりに、君を守っていこうと思っていた。ところがその時、ふっと気持ちの拠り所を失った。君の他愛ない一言にダメージを受けるほど、その頃はもうぎりぎりで張りつめていたんだろう。そして君は無邪気にとどめを刺した。「お互い、若気の至りよね」若気の至り。そう、君が僕と結婚したのは、成り行きであり、若くてよく考えていなかったから。でも、僕はそうじゃなかった。一世一代の恋だった。僕は君だけだったし、君は必ずしも僕である必要はなかった。それを思い知るくらい、哀しいことがあるだろうか?せめて夫として役に立てないならばと、部下として会社のために頑張ろうと思ってみたが、それも君にとっては無用な働きだったみたいだ。僕が持ち去った2億円について、君はもっとも腹を立てていることだろう。僕にとって、お金のことは、実はどうでもよかった。でも君は、きっとお金くらい無くさないと、僕のことをそのうち忘れてしまうだろう。それほどに、君は僕を見ていなかった。だから最後に意地悪をしました。まったく子供じみているけれども。最後にこんな形になってしまったこと、ごめん。さようなら紘子。身体を大切にしてください。春斗

何度も読み返すうちに、手紙を握る手が、どんどん冷えていく。

伝わっていなかった。

春斗には、私の気持ちは何一つ伝わっていなかったのだ。

当たり前だ、自分でさえも、どれほど春斗が必要かを分かっていなかったのだから。

どうして黙っていても伝わると思っていたのだろう?

夫は最も近い、ただの「他人」なのに。そんな人が自分を愛してくれる奇跡に感謝もせず、私はずっと甘え、何も考えずに地雷を踏み続けた。

自分の長年にわたる傲慢を痛烈に後悔しながら、それでもいつも追いかけてきてくれた春斗が狂おしいほど恋しくて、私は大声を上げていつまでも泣き続けた。

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