すべては「iPhoneの存在」ありき。組み立てられたアップルの戦略【西田 宗千佳】

すべては「iPhoneの存在」ありき。組み立てられたアップルの戦略【西田 宗千佳】

  • ASCII.jp
  • 更新日:2021/09/15
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今年もiPhoneの新モデルが発表される時期がやってきた。昨年はコロナ禍での生産ライン構築などの事情もあって発売が10月、11月と「2段階」になったが、今回は全モデルが同時に市場に出回る。

一方、プラスのサプライズとも言えたのが、iPadの新モデル、特に「iPad mini」が完全リニューアルした形で登場したことである。これらの製品がどのような内容であり、そこからどのような意図が読み取れるのかを分析してみよう。

数の力で性能・品質を引っ張る「iPhoneドリブン」モデル

今回発表された製品を俯瞰してみると、「今のアップルはやはりiPhoneをベースにした会社なのだな」という印象が強くなってくる。

まず、使っているSoCが基本「iPhone由来」だ。iPhone 13シリーズとiPad miniは最新の「A15 Bionic」で、第9世代iPadはiPhone 11シリーズ(2019年発売)で使われている「A13 Bionic」だ。

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iPhone 13用の「A15 Bionic」。右上の「GPUコア」が4つである点に注目

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iPhone 13 Pro用の「A15 Bionic」。GPUコアは5つに増強されている

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第9世代iPadに使われているのは、2019年の「iPhone 11シリーズ」と同じ「A13 Bionic」である

iPhoneの基本戦略は「大量に同じものを作ることを前提に、その時の最新のプロセスで高性能なものを調達する」ことにある。だから、A13 Bionicは2019年時点でスマホ向けで最強のSoCだったし、今でも性能はあまり陳腐化していない。アップルはiPhone 13 Proシリーズに採用している「GPU5コア版A15 Bionic」を、カタログでは「スマートフォンで最速のチップ」と表記している。少なくともGPUについては、今の状況を俯瞰しても、アップルの主張はそこまで外れていないだろう。

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A15 Bionic(GPU4コア版)のトランジスタ数は150億。昨年比で27%増えている

トランジスタ数は、iPhone 13用(GPU4コア)での比較で、昨年の「A14 Bionic」の約27%増(150億トランジスタ)、1秒当たりの処理能力は約44%増(毎秒15.8兆回)と順調に機能アップしている。

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1秒当たりの処理能力は毎秒15.8兆回で、約44%増。機械学習系処理の高速化に寄与する

今回、カメラの機能として搭載された「シネマティックモード」は、高くなった性能を存分に活かした機能だ。静止画で行ってきた「画像解析により被写体と背景を分け、深度情報をつけてボケ味をつける」という要素を動画でも展開する。動画の場合には単にフォーカスが変わるだけではダメで、「いかにそれを楽に使えるようにするか」という観点が必要になる。

動画で注視点に合わせてフォーカスをずらして視線を誘導していくという手法は、本格的映像制作では基本的なものとはいえ、簡単に「撮るだけ」で実現するのは難しい。画像認識による「自動化」アプローチを組み込み、さらに、深度情報を使った「フォーカスの後調整」を入れたのがシネマチックモード、ということになる。1つ1つの発想は他のスマホや過去の静止画などでもあったものだが、それをきれいにまとめ上げている点がアップルらしい。もちろん、実際の効果や画質は、実機で試してみないとわからないのだが。

とはいえ、この機能が「A15 Bionicがパワフルであるからできること」であり、それが最上位機種だけでなくiPhone 13シリーズ全てで実現されている点は非常に興味深い。

SoCを「Aシリーズ」「Mシリーズ」で見ると……

ここで重要なのは、iPhoneにもiPad miniにも「M1」は使われなかったという点だ。

アップルはMacもARM系アーキテクチャに移行中であり、そこで使っているのは「M1」だ。M1はiPhone用のSoCである「Aシリーズ」をもとにした兄弟のような存在だが、CPU・GPUともにコア数が多く、アップルも「Macに合わせた最適化をおこなっている」と説明している。春に発売された「iPad Pro」はM1を使っていたため、他の製品でどうなるか……という話はあったのだが、結果的にハイパフォーマンス路線の製品でのみM1を使い、量を作る製品ではiPhone由来のAシリーズを使ってきた。筆者的には予想通りの展開である。

テックメディアを見ているとハイエンド製品やMacなどに注目しがちになるが、圧倒的に数が出るのは生活必需品に近いスマホ、そして低価格な製品である。iPhoneは数を作ることで性能・品質上有利な立場を維持し、iPadはその価値を活かしてコストパフォーマンスと生産性を高める……という戦略にあるわけだ。

その上で、iPad miniを「最新のiPhone」、第9世代iPadを「iPhone SE」に見立てると、それぞれの位置付けも納得しやすくなる。

逆にいえば、こうしたモデルは「最新のiPhoneの販売数が高水準である」ことに依存している。「あまり差がない」という指摘はあり、それも納得できる部分があるのだが、「経年変化の形でiPhoneが売れていく」モデルが崩れない限りは、今の流れが変わることはない。変化が起きるとすれば、急激にではなくじわじわ変わる。その兆候を、アップルはどう判断していくのだろうか。

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iPhoneと紐づく「Apple Watch」「フィットネス」の市場

もう一つおもしろいと感じたのが「iPhone 13 Pro」でのディスプレイだ。最高120Hzでの描画に対応しているが、それだけでなく、10Hzから120Hzの間での可変フレームレートになっている。単にユーザビリティを上げるのではなく、消費電力を下げる方向でも工夫しているのがポイントだ。

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iPhone 13 Proシリーズでは、10Hzから120Hzの間で可変するフレームレートを採用した新ディスプレイパネルが使われる

この技術はApple Watchで使っているものを応用しているわけだが、スマホのディスプレイデバイスへの活用は始まったばかり。サムスンとアップルが先行して導入している状態ではある。どちらも「ハイエンドスマホをたくさん売る企業」であり、ここでも数の力が効いている。

さらに、Apple Watch自体が現状フィットネスニーズを背景に好調である、という点も指摘しておく必要がある。新型の「Series 7」は、ディスプレイサイズの大型化を中心とした比較的シンプルなバージョンアップだったが、スマートウォッチの中ではいまだ圧倒的に強く、「画面サイズ」「充電時間」「堅牢性」といった弱点を解決していけば伸びる……という判断があるのだろう。Apple Watchとフィットネスのセットニーズが続く限り「母艦」としてのiPhoneニーズも続くわけで、訴求もあくまでセット、ということになる。

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アメリカなどでは、「個性の強いトレーナーの人気を活かしたオンラインフィットネスサービス」市場が盛り上がっている。エアロバイク・フィットネスからブレイクした「Peloton」が代表格だが、アップルの「Apple Fitness+」もそのフォロワーであり、アップル製品とのシナジーをテコに利用者が伸び始めている。

トレーナーの個性とその浸透が必要なので、どうしてもPelotonに馴染みの薄い日本では特別なものに見えるし、日本に馴染むようなローカライズも必要になるだろう。それにはコストも時間もかかるので、現状日本での展開予定は公開されていない。

だが、海外においては「iPhoneを軸にしたフィットネス需要」がブロックが組み上がるように存在し、アップルとしてはそこを強くアピールし、広げたい意志があるのは認識しておいてほしいと思う。

そういう観点でみると、今回発表されたハードウエアが「iPhone」「iPad」「Apple Watch」であったことは必然なのである。

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筆者紹介――西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。 得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、アエラ、週刊東洋経済、月刊宝島、PCfan、YOMIURI PC、AVWatch、マイコミジャーナルなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬 SAPプロジェクトの苦闘」(KADOKAWA)などがある。

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西田 宗千佳 編集●飯島 恵里子/ASCII

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