北朝鮮が引いた東京五輪不参加のトリガー

北朝鮮が引いた東京五輪不参加のトリガー

  • JBpress
  • 更新日:2021/04/08
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絶妙なタイミングで日米韓に揺さぶりをかける北朝鮮の金正恩総書記(写真:AP/アフロ)

北朝鮮がコロナ禍に対する危険性を理由に東京オリンピックへの不参加を表明した。日本のメディアは、日朝関係や米朝関係など不参加に至った理由や今後の見通しについてあれこれ解説している。確かに、台湾海峡波高しという状況において、北朝鮮の動きは米中の東アジア戦略に大きな変化を与えかねない面がある。

ただ、日本が勇ましく戦争のリスクなどを語ってみても、憲法9条を持つ国ができることは調査活動や威嚇射撃程度だ。岸防衛相が何を話そうが、専門家と言われる人がどう北朝鮮の軍事力を説明しようが、日本が戦争をできない国である以上、ただの国民向けの情報発信に過ぎない。

それよりも、注意すべきは北朝鮮の五輪不参加を受けて世界の他の国々が不参加を表明するリスクである。

先日、筆者のところに、カリフォルニア在住の米国人感染症学者からメモが送られてきた。そのメモによれば、日本のコロナ禍は欧米に比べれば桁違いに小さい問題だが、東アジアを中心としたコロナの影響が少ない国と比較すると最も状況が悪いため、「日本はコロナ対応に失敗している」という判断ができるという。つまり、北朝鮮がコロナ禍を理由に不参加を決めたことには妥当性があるということだ。

ただ、北朝鮮が五輪不参加を決めたのは、もちろんコロナ禍だけが理由ではない。後述するが、北朝鮮の主張は詭弁であり、五輪の政治利用以外の何物でもない。

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北朝鮮が五輪不参加を決めた本当の理由

3月の日米安全保障協議委員会(日米2+2)、米中アラスカ対話、4月の日米韓安全保障担当会議という一連の会議において、米国は北朝鮮の非核化の必要性について同じ見解を繰り返し示してきた。筆者の記憶では、この短期間に三度北朝鮮を非難したのは、恐らく過去30年でも初めてだろう。

米韓の外務・防衛担当閣僚会合(米韓2+2)では、北朝鮮を名指しで批判こそしなかったものの、ここ1カ月の日米韓の動きを見ると、北朝鮮を精神的に追い詰めて核兵器を放棄させようとしている印象を受ける。少なくとも、バイデン政権が強気の姿勢を米国内に見せようとしているのは明らかだ。

仮に、中国がこの3カ国に歩調を合わせるようであれば、北朝鮮の五輪不参加はなかったであろう。だが、中国は人道的支援として、4月下旬にも丹東から食糧などを北朝鮮に運ぶ予定だ。北朝鮮としては孤立のリスクを回避できた格好で、米国の脅しを気にする必要がなくなっている。

同時に、ロシアも北朝鮮の非核化には賛成でも、バイデン型の外交で同国を追い詰めることには反対しているという話もある。残念ながら、北朝鮮を軸にした東アジア情勢を客観的に見れば、「日米韓」と「中露朝」の3対3の状況になっているのだ。

しかも、中韓外相会談でも北朝鮮問題が話題に上がり、その中には非核化の話も出たようだが、どちらかと言えば、食糧難に苦しむ北朝鮮を助けることで朝鮮半島の平和の一助としようという議論の方が中心になった模様だ。

これが事実なら、韓国は総論として米韓同盟を守る姿勢は崩さないとしても、各論に入れば北朝鮮寄り(あるいは中国寄りと言ってもいい)の対応を見せないとは誰も言えない。文在寅政権なら、その程度の掌返しは何とも思わないだろう。そうなれば、「日米」と「中ロ朝韓」の2対4である。

バイデン政権の価値観外交で追い詰められているとはいうものの、中国の後ろ盾を得た北朝鮮から見れば、五輪は日米韓を揺さぶる格好の材料だ。韓国が日米にどこまで厳格に追随するのかを見る目的もあって、五輪不参加という判断をしたと考えるのが妥当だろう。

なお、北朝鮮が東京五輪不参加を発表する数日前に、米国防省は在日米軍に対して、尖閣諸島にある久米島と大正島での射爆撃訓練の中止を命じている。北朝鮮には、左右双方の動きが見えるのである。

北朝鮮問題に飽きている国際社会

ここで、今回の北朝鮮による五輪不参加を世界の国々はどう捉えるかということを考える必要がある。

東アジア情勢をある程度知っている国々は、コロナ禍が収まるどころか変異株の登場によって長期化の様相を呈している中、北朝鮮がコロナリスクを考えて選手団の派遣を取りやめたということは一つの重要な事実だと考えるだろう。

現在、日米韓で北朝鮮に圧力をかけているが、各国が日本の有事を真面目に考えるはずはなく、米国が本気で北朝鮮を叩こうと思っていると考えるはずもない。

次に、南米やアフリカなど東アジア情勢をあまり知らない国々は、北朝鮮のボイコットを受けて「やはり日本も危ないのか」と思うだろう。あとは日本からの経済支援を天秤にかけて参加、不参加を判断するだけだ。

今年1月以降、筆者は国連や他の国際機関で北朝鮮問題に対応した専門家に話を聞いてきた。彼らの話を聞いていると、「北朝鮮問題に飽きている」と感じる。

北朝鮮が世界に核兵器のリスクを突き付けたのは事実だが、クリントン政権の時から始まって既に30年近くが経過している。特に、トランプ劇場が閉幕した今、北朝鮮の核開発問題が解決したと考える専門家はおらず、騒ぐだけのパフォーマンスはドラマ的に考えても面白くない。

繰り返しになるが、今回の北朝鮮による五輪不参加は日米韓に対する揺さぶり以外の何物でもない。ただ、他の国が北朝鮮の発表を見た際に、朝鮮半島有事に思いを巡らせるのではなく、「確かに危ない」という日本のコロナリスクだけが強調される可能性が高いということは認識しておいた方がいい。

さらに言えば、米国が無条件に五輪に参加すると考えるのは楽観的に過ぎる。日本は米国で世論調査すべきである。

今のバイデン政権は中国に対して価値観外交を推し進めている。これは本気で中国と対峙したいと考えているというよりも、対中強硬姿勢をとってきたトランプ政権よりも弱腰と見られることを極端に嫌っているという事情の方が大きい。

その背景には、対中強硬姿勢を望む国民の存在がある。すなわち、(1)コロナの発祥地である中国を許せないという国民感情、(2)ウイグルにおけるジェノサイドという米国の政治家が最も気にする人権問題、(3)米国を追い抜く可能性がある中国の技術力に対する不安──などのため、「もっと本腰を入れて中国を叩け」と考える米国民が多いということだ。

だが、今後の中朝関係にもよるが、北朝鮮がバイデン政権の足下を見て、それなりのメッセージを投げてきた場合、バイデン政権は耳を傾けるかもしれない。それで北朝鮮に歩調を合わせて五輪が吹き飛んだとしても、米国は気にしないだろう。

この場合、米NBCが放映権料についての損害賠償を仕掛けてくるだろう。ただ、議会での議論に持ち込まれることは必至で、大手企業は儲け過ぎだと批判してきたバイデン政権側の思うつぼだ。

五輪開催の是非について、米国はバイデン政権が考えるべきものだとは思っていない。「科学が決める」というバイデン大統領の言葉がすべてを物語っている。

北朝鮮問題を急ぐバイデン政権

米国はクリントン政権、ブッシュ政権、オバマ政権と3代にわたって北朝鮮の嘘に翻弄されてきた。トランプ政権でも3回、首脳同士が会ったにもかかわらず、核問題は進展せず、米国との対話に背を向けつつある。過去の失敗を踏まえ、バイデン政権はこの1カ月で打った手の反応を見て次の手を打とうとしている。バイデン政権はとにかく急いでいるという認識がワシントンの常識になっている。

それでは日本はどうすべきか。まずはコロナについて日本独自の判断結果を発表するのではなく、欧州や米国などの方式に合わせた情報を出すべきだろう。ロックダウンに踏み切った国に対して、緊急事態宣言で夜8時までの時短だとか、マン防で夜9時までの時短だと言ってみても、「だから日本は東アジアで一番危険なのだ」と言われるのが関の山だ。

いずれにせよ、聖火ランナーが走り始めたのだから、ここから中止ということはさすがに避けたい。日本のコロナ対応に関する批判がSNSを賑わす前に、国内の信頼を勝ち取り、それを世界に発信する以外にやるべきことはない。

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この期に及んで中止という事態は避けなければならない(写真:アフロ)

小川 博司

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