コロナで会えず衰弱...逝った夫 「天国で聞いて」形見手に朗読会

コロナで会えず衰弱...逝った夫 「天国で聞いて」形見手に朗読会

  • 西日本新聞
  • 更新日:2021/01/14
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約60年前、交際が始まった頃の戸次邦夫さん(左)と隆子さん(本人提供)

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面会禁止の間、隆子さんが邦夫さんに宛てて書いた手紙

僕を1人にせんで-。北九州市小倉南区の戸次(べっき)隆子さん(77)は、昨年7月に亡くなった夫、邦夫さん(享年86)の口癖が頭から離れない。若い頃から寂しがり屋だった。新型コロナウイルスの影響で、邦夫さんが入所していた介護施設が面会禁止となったため、会えない妻を「死んでしまった」と思い込んで衰弱していった。「コロナさえなければ」と考えずにはいられない。それでも、夫は大切なものを残してくれていた。

2人の出会いは約60年前。北九州市の女子高2年だった隆子さんが入部した新聞部顧問が邦夫さんだった。「とにかく真面目」だった先生は、ひそかに隆子さんに思いを寄せていたらしい。卒業式の1カ月後、邦夫さんから食事に誘う手紙が届いて交際が始まった。3年後に結婚し、娘も生まれた。

「くにちゃん」「たこちゃん」と呼び合う2人。子育てが一段落して、たこちゃんが始めた朗読ボランティアの脚本作りを、詩作が趣味のくにちゃんが手伝った。「源氏物語」「耳なし芳一」「青銅の基督(きりすと)」…。くにちゃんは、難しい作品を子どもにも分かりやすく仕立ててくれた。

図書館などで開く朗読会にも必ず足を運んでくれた。「いつも一番後ろの隅っこに座って、にこにこしながら聞いていました。『脚本担当です』と紹介されると、恥ずかしそうに立って少し頭を下げてすぐ座っちゃうんです」。隆子さんはいとおしげに振り返る。

足腰が弱くなった邦夫さんは約3年前、自宅近くの介護施設に入所。大の甘党の夫のため、隆子さんはケーキやマドレーヌ、エクレアなどを手に2年間、毎日会いに行った。

しかし、2020年3月から新型コロナの影響で面会できなくなった。週に1度はお菓子と手紙を施設に届けたが、軽い認知症の症状が出ていた邦夫さんは、妻は亡くなり、手紙は偽物だと思い込むようになったという。次第に食欲が落ち、目に見えて弱っていった。

免疫力が低下し、皮膚の病気を患った邦夫さんは同6月末、市内の病院に入院した。約4カ月ぶりの再会だった。「皮肉にも病気のおかげで再会できた。彼は私を見て『ああ、おった』とほっとした表情でした」

入院先も面会は原則禁止だったが、隆子さんは週に2度、洗濯物を取りに行く際にこっそり病室をのぞいた。邦夫さんは会話する力もなくなっていたが、一緒にいられるわずかな時間が幸せだった。

入院から約3週間たった7月19日、容体が急変。その日の夜には家族に見守られて静かに息を引き取った。

10月、久しぶりに開いた朗読会。隆子さんは邦夫さん脚本の「耳なし芳一」を選んだ。「くにちゃんの作品、読んでくるよ。見守っててね」と遺影に声を掛けて家を出た。舞台に立つと、いつもの癖で隅っこの席に夫を探した。次の瞬間、寂しさがこみ上げた。

夫が残してくれた未発表の脚本はまだ10本近くある。生きている限り朗読会は続けるつもりだ。脚本を開くと、にこにこした優しい顔が思い浮かぶから。

「亡くなってもちろん寂しい。でも、あの人は私にたくさんの愛情と作品を残してくれた。これ以上は欲張れない」。朗読の前はそっと口にする。

「くにちゃん、天国で聞いていてね」

(野間あり葉)

西日本新聞

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