拝啓、クリープハイプに伝えなくちゃいけない言葉を書き留めてく 〜大ファンが夢を叶えた話〜(パーパー・ほしのディスコ)

拝啓、クリープハイプに伝えなくちゃいけない言葉を書き留めてく 〜大ファンが夢を叶えた話〜(パーパー・ほしのディスコ)

  • QJWeb クイックジャパンウェブ
  • 更新日:2020/11/22
No image

『キングオブコント2017』決勝をきっかけに、お笑い芸人パーパー・ほしのディスコは忽然とお茶の間に姿を現した。お笑いファンからは不仲男女コンビという特徴や独特なネタで注目されたが、別視点で黙っていなかったのはロックバンド「クリープハイプ」のファン。コンビの紹介VTRでクリープハイプのバンドTシャツを着ているではないか……!

そして、あれよあれよとクリープハイプとお仕事を重ねていくほしのディスコ。この人はいったい何者なんだ? たくさんお仕事しているわりには、いつも低姿勢。そして、各所で見せる留まることを知らないクリープハイプ愛。

このコラムは、ほしのディスコがなぜクリープハイプとちょっと濃ゆい関係性を築いているのかを紐解く、大ファンが夢を叶えるまでのサクセスストーリーである。

クリープハイプとの出会い、そして「ファン、ゴールしちゃう事件」

僕がクリープハイプと出会ったのは、カラオケの一室だった。パーパーを結成する前に組んでいたコンビで、その日もネタ合わせをするためにカラオケボックスに入っていた。歌を歌わずにいると、部屋にある大きなモニターから流れてくるカラオケメーカーの映像。ネタ合わせをしているときは、ネタに集中しているため画面に映る映像もスピーカーから流れる音も気にはならなかった。

それまでは。

スピーカーから突如流れた耳なじみのないハイトーンボイスに、思わず身体が反応してモニターのほうへ向きを変えた。

女性なのか男性なのかわからない中性的な声と、哀愁と儚さを纏ったしなやかな美しい演奏に見惚れてしまい、ネタ合わせを中断した。それが、クリープハイプだった。すぐにクリープハイプという名前をスマホのメモに書き留めて、ネタ合わせに戻った。

その日から僕は、クリープハイプの虜になった。クリープハイプを好きになって7年。ファン歴はそんなに長くはないが、自分なりにクリープハイプ愛を貫いてきた。その結果、『クリープハイプの日』(2020年9月8日に行われたクリープハイプのイベント)という大切なイベントに出演させてもらうという、ファンとしてはもう夢を叶えたと言ってもいいような出来事、「ファン、ゴールしちゃう事件」が起きた。

どうしてこうなったのか、自分でもよくわからない。まあ一応自分も、同じ芸能の仕事をしてはいる。だが自分は、お笑い芸人をやっていると名乗ってもギリギリ馬鹿にされないくらいの知名度しかなく、まったく売れていない。クリープハイプとつながるために、芸能界のコネや何かしらの大きな力を働かすことはできない。もし今の自分がそんなことをすれば、逆に何かしらの大きな力で消されるかもしれない……。

自分がクリープハイプのために何をしてきたのかと問われて言えることは、

「ただひたすらクリープハイプを好きでいる」

ということだけのような気がする。今まで自分がどんなふうにクリープハイプを愛す(ぶす)してきたのかは説明できそうな気がするので、今からそれを書いていきたい。ただの自己満足の気持ち悪い日記みたいになってしまったらすみません。

いつも側にクリープハイプ:物販では仙人たちと「心の通じ合い」

とにかくクリープハイプを常に感じていたくて、基本普段着るTシャツはクリープハイプの物販Tシャツだ。新しい物販の情報がクリープハイプのファンクラブ「太客倶楽部」のメルマガで発表されると、すぐにリンクに飛んで確認する。

「なるほど、今回はTシャツが2種類あって、そのうちのひとつがカラーが3色。もうひとつは2色か。 どれが一番いいかな」などと思いにふける。でも僕は、最終的に全部買う。Tシャツは全色買う。たまに2着目も買う。なので、どれが一番いいかという選考会はなくてもいい時間であって、 Tシャツのデザインを細かく眺めるだけの時間に過ぎない。選び切れないから全色買っているところもある。だって、全部いいのだから。

Tシャツは基本的に会場でしか買えない。オンラインでも販売はあるが、人気商品はすぐ売り切れてしまう。特にTシャツはワーキャー商品だ。なので絶対に購入するには、物販の列に早く並ばなければいけない。

僕の場合、物販の販売開始時間よりも2時間前に現場に到着し、列に並ぶ。それでも遅いくらいで、さらに早く到着した仙人のような達観した者たちが列をなしている。尊敬する。よって、購入までに約3時間ほど並ぶわけだが、この薄い小説を1冊読み切れるほどの時間は、まったくツラくない。飲食店に並ぶ10分はものすごいストレスを感じるが、この2時間は、「早く並ぶことにより、ほぼ確実に自分の欲しいものが手に入るという安心感」が、ストレスどころか自分を癒やしてくれさえする。あと、2時間前とかに並ぶようなほかのクリープファンの方々も相当なガチ勢なので、運営の方の迷惑になるような行為は一切なく、むしろ同志として、会話はなくとも心で通じ合えている気がしている。

まだ数着しかクリープハイプTシャツを持っていなかったころは、大事な収録やライブのときにクリープハイプのTシャツを着て気持ちを高めるという用途で着ていたのだが、日に日に「毎日着たい気持ち」が増していき、今ではもう家にあるTシャツの8割がクリープハイプTシャツである。

なので今では、大事な日に「この仕事きっと大丈夫」という願いを込めて、大丈夫Tシャツを着るというのがルーティーンになっている。

そして、このルーティーンが奇跡を起こすことになる。

No image

物販1回での、基本的な購入量

クリープハイプさんに知ってもらうきっかけ:奇跡を起こしてくれた「大丈夫Tシャツ」

2017年、『キングオブコント』の決勝に進んだ。このころ僕はほとんどテレビに出たことがなかった。そんななか、芸人として、コントをしている者として、キングオブコントは頂点である大事な番組だった。コント前に流れるコンビの紹介VTRで、自分は「大丈夫Tシャツ」を着ていた。

それを観ていた心優しき同志のクリープファンの方々がクリープハイプさんにSNSで伝えてくれるという素晴らし過ぎるパスを出してくれた。そのおかげで知ってもらうことができ、ベースの長谷川カオナシさんがツイッターで書いてくれたり、ボーカルの尾崎世界観さんがラジオで話をしてくれた。『キングオブコント』優勝と同じくらいの感動をもらった。でも、大丈夫Tシャツを着ていたのにネタ飛ばした。

最近になって、尾崎さんが関西のお笑い番組まで観るほどのお笑い好きと知ったのだが、もしあのときファンの方が伝えてくれなかったら、今の関係性にはなれていなかったと思う。本当にクリープファンの方々には感謝しています。

No image

「大丈夫Tシャツ」でネタ合わせ中の一枚

尾崎さんと初めての対面:アルコールがただの水と化す

いきなりだった。2018年秋。マネージャーさんからいつもどおり連絡が入った。

「クリープハイプの尾崎さんのラジオに出演が決まりました」。

一瞬意味がわからなかった。メンバーの方にお会いする日が来るなんて今まで少しも考えていなかったし、想像もできなかったので、自分の感情のコントロールセンターが異常をきたして、その日から会う日まで緊張で眠れない日がつづいた。

これは身体的に危ないと察知し、万全な状態でラジオ収録を迎えられるように、マネージャーさんに収録前日は仕事を何も入れないようにしてもらった。でもあのころ、ほぼ毎日がオフのような状態だったのでおそらく、何もせずとも仕事は入らなかったはず、という悲しい推理が正常な今ならできる。

そして、収録当日。結局、前日の夜はまったく眠れなかった。オフの無駄使い。目の前にいる尾崎さんに終始緊張してしまい、お酒を飲みながらの収録だったが一切酔わなかった。味もしなくてアルコールがただの水になった。

ギターの小川幸慈さんが、入社面接中のようなガチガチに固くなっている僕をほぐそうと気遣ってくれてとても優しかった。収録後に尾崎さんから連絡先を交換しましょうと提案してくれて交換することができた。

この日、人生の中で一番やってはいけないことが、「尾崎さんの連絡先のデータを消さないこと」 になった。

No image

アルコールが水と化した初対面時の写真

連絡先を知ったものの:未だにメンバーと目も合わせられない

「今度またプライベートでも飲みに行きましょう」と尾崎さんが連絡先を交換してくれたものの、自分から気軽に尾崎さんに連絡することなんてできるはずもなく、こちらから連絡するときといえば、クリープハイプのライブに行く前に、「本日ライブに行かせていただきます。」という、 ライブ参加宣言をするためだけのツールになってしまっている。

ただそんな内容であっても、尾崎さんは必ず返事をしてくれる。レスポンスをもらえるというのはファンとしてこの上ない喜びであり、それに味をしめて、迷惑だとは思いながらもまたライブに行くときに連絡をしてしまう。本番前で忙しいときにほんとすみません。

一度、ライブ終わりに楽屋挨拶に行かせていただいたことがあり、そのときに初めてカオナシさんとドラムの小泉拓さんともお会いできた。けど、尾崎さんひとりだけでも普通に呼吸ができなくなるくらい緊張するのに、4人から一斉に見られるというのが、幸せな時間であるのにもかかわらず耐えられなくて、持ってきていた差し入れをずっと床を見ながらノールックで手渡し、逃げるように帰った。

それからライブに行くときには、差し入れを持っては行くのだが、楽屋挨拶に行く勇気が出ず、毎回差し入れを渡せずそのまま家に持ち帰るという、差し入れを自分へのお土産に変えるという錬金術をずっとしている。

No image

パーパー単独ライブに、クリープハイプから贈ってもらったお花

No image

その際の立て板は、今もずっと家で大切に飾っている

クリープハイプのために自分ができること

そして2020年。クリープハイプの番組に呼んでいただいてMCをさせていただいたり、僕が『R-1ぐらんぷり2020』で決勝に行ったときに、サプライズで「星野ハイプ」という素敵なロゴTシャツと、メンバー皆さんの応援メッセージの寄せ書きをもらったり、いろんなところで僕の名前を出していただいたりと、おかしなことがつづいている。クリープハイプさん、どんだけ優しいんですか。ただのいちファンの夢を叶えさせ過ぎです。

今、世の中がこんな状況になり、クリープハイプのツアーも中止になってしまった。僕も少しでもクリープハイプさんのために何かできたらと思い、いろいろ考えた。でも僕なんかにできることなどなく、ただファンとして見守ることしかできなかった。

そのまま時間だけが過ぎ、ある日YouTubeをやらないかと誘われ、YouTubeチャンネルを開設した。まったく人気のない自分がYouTubeをやってもなと、最初はちゃんと向き合えていなかった。流行っていることをやってみようとなり、芸人もたくさんアップしていた「歌ってみた」動画を自分もやってみることにした。

一番最初に歌う曲は絶対にクリープハイプにしたいと決めていた。

選んだ曲は、中止になってしまった幕張メッセ公演で歌う予定だったという「栞」。自分の歌に自信があったわけでもないし、これで何か変わるとは思っていなかったが、少しでも自分の「歌ってみた」動画でクリープハイプの魅力に気づいてくれたらな、というささやかな気持ちでアップした。

この動画は、自分の予想を遥かに上回って再生された。動画にコメントをしてくれる人がたくさんいて、「この動画がきっかけでクリープハイプが好きになりました。」というコメントが何よりもうれしかった。

今までたくさん、クリープハイプに救ってもらってきた。クリープハイプの曲がどんなに背中を押してくれたか。誰も相談できる人がいなくてツラかったあの夜もクリープハイプの曲が寄り添ってくれてる気がした。

これからもいろんな人を救ってほしい。それに、この曲のおかげで仕事につながったりもしていて、結局また自分が救われてしまっている。『クリープハイプの日』というとても大事なイベントにも呼んでもらってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ほかのクリープハイプファンの人たちに自分はよく思われていないんだろうなと思う。出しゃばり過ぎないように気をつけます。

クリープハイプ-栞/THE FIRST TAKE ほしのディスコver現在128万回再生を超えている

死ぬまで一生ファン

クリープハイプファンとして夢は叶えられたのかもしれない。でも、ファンを辞めるつもりはない。これからもずっといちファンとしてクリープハイプを応援していきたい(できればたまに飲みに行けたらめちゃめちゃ嬉しいけど)。

僕はクリープハイプが一生好きなんだろうな、となんのためらいもなく言える。

クリープハイプに出会ったあの日、カラオケで聴いた「憂、燦々」の歌詞のように、僕はクリープハイプに素敵な場所に連れて行ってもらっている。

No image

『クリープハイプの日』出演時に撮ってもらった一枚。 ほしのが着用しているのは「星野ハイプ」Tシャツ

ほしのディスコ

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加