東大教授が熱弁「キングダム」が経済学的に深い訳

東大教授が熱弁「キングダム」が経済学的に深い訳

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2022/05/16
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東京大学の小島武仁教授が『キングダム』の魅力を語ります(©原泰久/集英社)

東洋経済オンラインでは、期間限定で大人気漫画『キングダム』の序章を無料で公開中だ(こちらからご覧ください)。2000年以上前の中国で縦横無尽の活躍を見せるキャラクターのなかには、後に始皇帝となる若き王・嬴政(えいせい)など実在の人物も含まれる。

経済学を専門とし、漫画やアニメを愛好する東京大学の小島武仁教授は『キングダム』既刊64巻を最近、一気読みしたという。アメリカのハーバード大学で博士号を取得し、前職はスタンフォード大学の教授、現在は東京大学マーケットデザインセンターのセンター長も務めながら、精力的に研究活動を行っている小島教授。経済学者は『キングダム』をどう読んだのか。

春秋戦国時代の秦を舞台にしたすごさ

――今回は短期間で『キングダム』の既刊全巻64冊を一気読みされたとのこと。日ごろから漫画を読む機会は多いですか?

『週刊少年ジャンプ』に載っている漫画が好きで、最近は『スパイファミリー』に注目しています。先日、『キングダム』64巻を読み終わった後、復習がてらアニメもチェックしようと思ったら、『スパイファミリー』がアニメ化されていることに気づいたりして。見るべきものが多いですね。

今回の『キングダム』のように、経済学の視点で漫画を読むという経験は個人的に非常に面白いものでした。普段、漫画は「仕事や研究とは結びつけず、純粋に楽しむために読むもの」という感じなので。

――お読みになって、いかがでしたか。

内容に踏み込む前に少し触れたいのは、『キングダム』の舞台になっている時代は、僕の不勉強かもしれませんが、これまで日本の漫画や小説であまり取り上げられてこなかったんじゃないかということ。例えば『三国志』の時代に関連する作品は多く、僕が最近読んでいる『パリピ孔明』という漫画もその1つです。

『パリピ孔明』は現代への転生という特別な設定が、差別化やヒットのポイントになっているように思います。ただ、この設定が成立するのは、読者がある程度『三国志』に対する共通のイメージを持っていて、諸葛亮(孔明)が何をした人なのかの知識があるからですよね。

一方で、春秋戦国時代の秦に対する一般的な理解は、それほど深くない。それだけに、この時代を舞台に『キングダム』という大ヒット作品を生み出した作者の原泰久さんがすごいと、まず感じました。この時代の興味深さ、面白さを開拓することのすごさです。

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小島 武仁(こじま・ふひと)/1979年生まれ。東京大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学部PhD。スタンフォード大学教授などを経て2020年秋から現職、東京大学マーケットデザインセンター・センター長。専門はマッチング理論(写真:本人提供)

さらに、秦の始皇帝は征服者のイメージが強く、彼の統治下では焚書坑儒(思想統制)なども行われた。歴史を扱う作品中では悪役的な見られ方をすることが多い気がします。しかし、『キングダム』の嬴政(えいせい)はめちゃくちゃかっこいい。自分の中の固定観念が打ち砕かれたような気がしました。

――後の始皇帝、嬴政の描かれ方が違うと。

例えば、横山光輝さんの『項羽と劉邦』で描かれるのは始皇帝の没後、大混乱に陥った秦の次の王朝、前漢が建てられる時期です。始皇帝が過去の存在として描かれる『項羽と劉邦』を読んだときには、どちらかというと始皇帝にネガティブな印象を持ちました。

ところが、『キングダム』を踏まえつつ、もう一度、彼が行ったことを見直すと、やはり始皇帝はすごいんです。

嬴政による転換は、今に通じるものも多い。「度量衡の統一」や「郡県制の導入」はものすごくインパクトのあるイノベーションで、後世に与えた影響でいうと、三国志の英雄たちと比べても圧倒的に思えます。

そもそも、中国の統一を最初に成し遂げたこと自体が大きなパラダイムシフト、歴史の大転換点でした。『キングダム』のキャラクターの中でも、嬴政はとくに魅力的だと感じました。

呂不韋はとても面白いキャラクター

――ほかにも好きなキャラクターや印象的なキャラクターはいましたか。

主人公の信をあえてはずすと、呂不韋(りょふい)もすごく好きですね。重要な話なので後編で改めて詳しくお話ししようと思いますが、序盤から嬴政と敵対し、相国という高い地位にまで上り詰める呂不韋は、とても面白いキャラクターです。

そしてもう1人、好きというよりは気になる存在という感じですが、11巻が初登場の、趙国三大天の1人である龐煖(ほうけん)。彼は最新刊まで読み終えた今も何となく腑に落ちなくて、それだけに気になる。終始理解しにくいキャラクターでした。

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©原泰久/集英社

――ここからは30話より先の話に具体的に触れていきたいと思います。龐煖については、軍に参加していないときは山奥で修行し、「求道者」として「武神」を目指す、というあり方が、ストーリーの中でも異彩を放っています。

龐煖は戦場で夜間に単独行動を取るなど、味方にとっても行動を読みにくい人。勝手気ままに行動しているようでもあり、こういった人が実際に身近にいたら困りそうです。が、経済学に引き寄せていうと、龐煖のあり方は、ゲーム理論分野で研究対象とされている「レピュテーション(評判)」の問題を考える際の典型的な例になるように思いました。

どういうことかというと、いわゆる「変わり者」タイプの人間であることに本人がコミットし、実際に「変わり者」として行動すると、周囲も「そういう存在」として扱ってくれるようになる。「この人だから、そういうものだ」として物事が進む。そんな話です。

龐煖が自分自身の目指す道、武力を極めたい人で、通常の交渉が不可能な相手であることは、本人の態度からもわかるし周りもそのように理解している。同時に、そんな龐煖が自陣営についている、一応は味方として戦っているとなると、兵士たちはその強さを恐れつつ、多くの敵を倒してくれる存在と見なして心強く感じたりするわけです。

桓騎はレピュテーション問題に関する象徴的な人物

レピュテーションに関する話は、実は『キングダム』には結構あって、もう1人象徴的なのが19巻で登場する、野盗の首領から秦の将軍になり多くの武勲を上げてきた桓騎(かんき)というキャラクターです。

41巻以降に描かれる趙への侵攻における黒羊の戦いで、桓騎は戦場になった地域に存在する民間人の集落を襲撃し、残虐行為を行う。そして、交戦中の敵軍に犠牲者の姿を見せつけることで、敵である趙軍の行動を変えさせた。

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©原泰久/集英社

桓騎の残酷さは広く知れ渡っていて、彼は評判どおりのひどい行動を取った。そのうえで趙軍を指揮する将軍に「次はお前の街を攻撃し、これ以上の惨劇を起こす」といった宣言をする。すると趙の側は「桓騎は本当に残酷な人間で、宣言どおりにもっとひどいこともやりかねない」と考え、街を守るために、有利に進んでいた作戦を放棄する。

あってはならないひどい話ですが、事前に作っていたレピュテーションに加え、さらに非戦闘員の集落を襲撃したことで、宣言が現実的な危機だと思わせることに成功し、譲歩を引き出した。ネゴシエーション(交渉)でいうタフガイ的な振る舞いです。

――現実の戦争を彷彿とさせる、読むのが苦しい場面でもありました。

ええ。今取り上げた戦いのような個別の話には創作が多いと思いますが、『キングダム』は大枠が史実に沿って展開しますし、世界情勢が混乱の中にある今はとくに、単純にエンターテインメントして読むのは難しい作品にも思えます。一方で、人が繰り返してきた戦争の残酷さやその背後にある思惑をどう理解し、世界が現実にどのように向き合っていくのか考えるという点では、今、読む意味は大きいと感じます。

現代と『キングダム』の世界の共通点を1つ挙げると、「経済成長の停滞」があります。もちろん2000年前の中国と現代は違いますが、当時の中国では500年間も戦国の世が続いていて、その間、人々の生活レベルはほとんど上がらないままだった。

経済成長しない、つまりパイが増えないことが前提になっていて、しかも厳しい身分制度の下で将来が決められてしまう。だから、人々が自分の力で生活をよくしようというときには、軍に入って武勲を上げ出世を目指すという話になる。主人公の信も、序盤に「大将軍」を目指すという夢を語るシーンで、それが実現することに伴うよい暮らしを思い描いています。

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『キングダム』第1話より(©原泰久/集英社)

歴史においては経済成長しない時代のほうが普通

――経済成長のない時代に起こるのは、パイの奪い合いということになるのでしょうか。

そこは難しいですね。しかし、経済成長の行き詰まりが見えてきた今、考えるべきことは多いと思います。

産業革命などを契機に、以降の経済が大きく伸びた歴史はありますが、実は、経済成長によって生活水準がどんどん向上していくというのは、歴史においてはむしろ異常事態。

経済成長しない時代のほうが普通だった。論争はあるようですが、経済史家の間でも19世紀の終盤から1970年代ぐらいまでを「外れ値」とする見方のほうが強い。

日本では最近、過去30年ほどの経済成長率の低さが問題視されているわけですが、この間、ほかの先進国の成長率もそう高くはない。歴史家に言わせると、「なぜ今、経済成長できないのか」という問いはある意味では間違っていて、「20世紀後半の経済成長率がなぜ異常なまでに高かったのか」のほうが、説明を要する問題だと。

コンピューターチップの性能が1年半で約2倍に上がるという「ムーアの法則」は有名ですが、性能を2倍にするための効率は、時間が経つほどに悪くなっているという話もある。同じスピードで性能を上げるために投入される研究開発費は、昔と比べものにならない。伸びている間も、実はコスト比では頭打ちに近くなってしまうという技術もあります。経済成長そのものについても、同じことがいえるのかもしれません。(後編に続く)

『漫画「キングダム」(第1話)身の丈を超えた野望』はこちら

(山本 舞衣:『週刊東洋経済』編集者)

山本 舞衣

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