「子どもたちがやるべきことだから」イーロン・マスクの母親とも共鳴した“型破り”で“ユニーク”な子育ての秘訣

「子どもたちがやるべきことだから」イーロン・マスクの母親とも共鳴した“型破り”で“ユニーク”な子育ての秘訣

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/04/07

子どもの成長に合わせて親の暮らしは目まぐるしく変化する。仕事、家事と毎日の生活に追われ、育児について多くの悩みを抱える人も少なくないだろう。「子どもが宿題をしない」「スマートフォンばかり見ている」「家の手伝いをまったくしない」……。そのように子育てについての指針に悩んだときには、先達の経験に頼るのも一つの手だ。

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ここでは、スティーブ・ジョブズ親子の授業を担当し、現在YouTubeでCEOを務める娘を育て上げたアメリカ教育界のスーパースター、エスター・ウォジスキー氏の著書『TRICK スティーブ・ジョブズを教えYouTube CEOを育てたシリコンバレーのゴッドマザーによる世界一の教育法』(文藝春秋)を引用し、型破りでユニークな教育法を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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興味のないことは無理してやらせない

違いを認めることは、すべての基本になる。

孫のジェイコブは音楽の才能があり作曲もする。高校の最上級生のとき、「ワンズ・アンド・ゼロズ」という素晴らしいミュージカルを上演した。ジェイコブが音楽と脚本を担当し、演出も演技も手がけた。

だが、ジェイコブの兄弟も音楽好きというわけではない。妹のアメリアは楽器は演奏できないが、何年もダンスをやっていた。弟のレオンはチェスの名人で、レゴもうまいしゴルフが大好きだ。下のふたり、エマとアバはバレエに夢中だ。この世界にはやることがたくさんある。

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アメリカ教育界のスーパースターとして知られるエスター・ウォジンスキー氏 © Jo Sittenfeld

もうひとつ、大切なことがある。何かをやり続けることは大切だが、子どもの興味が変わったらそれを認めたほうがいい。

習い事が嫌になってきたら、休みを取って見直してみるといい。子どもがそれでもやめたがっていたら、ほかの何かを探させるのもいい。

孫娘のアメリアは素晴らしいダンサーで、何年にもわたって全国大会で優勝していた。放課後に何時間も練習を続け、チームの一員として国中を旅した。そのアメリアが昨年、ダンスをやめてサッカーに集中したいと言いだした。親はシーズンが終わるまでは続けたほうがいいと励ました。シーズン途中で投げ出してはいけないと教えることも大切だった(それが人格形成にも役立つ)。だが、本人が本当にやりたいことは何かを、親は訊ねた。アメリアは、シーズンが終わるとダンスをやめた。せっかくここまでやったのだから(お金もたくさんかかったのだから)と強制的にダンスを続けさせる親もいるかもしれない。それでプロのダンサーになれたかもしれない。でも、そうなったとして、いったい誰の人生だろう? それで自立したことになるだろうか? 幸せだろうか?

イーロン・マスクの母と意気投合。「親は子どもの宿題をしてはいけない」

もう何十年というもの、カリフォルニア州では4年生になると全員が「ミッションプロジェクト」に参加することになっている。このプロジェクトは社会科学習の一部で、カリフォルニア州の歴史を生徒たちに教えることを目的にしている。やることは単純だ。角砂糖で伝道所のミニチュアを作ること。と聞くと、歴史を身近に感じられる、楽しそうなプロジェクトに思えるかもしれない。

ところがどっこい。見事なミニチュアを提出する生徒もいる。細部まで凝った芸術作品と言えるようなものだ。アーチを描く回廊、鐘楼、とんがった瓦屋根。でも作っているのは誰だろう? 生徒ではない。たいていは父親だ。

今どきの親たちは負けず嫌いで、何にでも手を出したがる。まさかということにまで、手も口も出してくる。子どもたちが自分でやらないことがわかっているので、このプロジェクトをやめてしまった教師もいるほどだ。親のためにプロジェクトを続けても意味がない。子どもにやらせてくださいと前もって親に注意する教師もいる。それで万事解決すると思われそうだが、例外もいる。多くの親は協力してくれるが、たまに博物館に所蔵したほうがよさそうな見事なミニチュアもある。誰が作ったのかは一目瞭然だ。

娘たちが4年生になったときには、3人とも自分で伝道所を作った。娘たちの作品を学校に持ち寄って、同級生たちの作品を見るまで、手伝うことなど思いもよらなかった。同級生の作品と比べると、アンの作った伝道所は、地震で崩れかけているように見えた。わたしは心の中で、歴史的リアリズム作品を作った娘を褒めてあげた(編集部注:地元住民の手で築かれた石造りの教会が地震によって崩壊し、信者が圧死した歴史を持つ伝道所がカリフォルニアに存在する。悲劇を忘れないために、現在その伝道所はモニュメントとして当時のままの姿で保全されている)。

わたしはいつも、宿題は娘にまかせていた。娘の宿題なのだから。みんなそれぞれの個室に大きな机があり、午後はそこで宿題をしているのはわかっていた。わたしが何も言わなくても、娘たちは自分から宿題を済ませていた。それが習慣になっていたからだ。もちろん、当時は携帯電話やタブレットなどに気を散らさずにすんだ時代だ。とはいえ、娘たちは宿題をやることも授業についていくことも、好きでやっていた。もし宿題をやらなかったとしても、それは娘たちの問題だ。

子どもたちがやるべきことだから

頼まれれば助けることもあったが、そのときはお互いに楽しんでやった。プロジェクトになると、ほかの親たちはずいぶんと手を出していたけれど、わたしは気にかけなかった。娘たちには、「あなたを信じているし、あなたなら上手にできると思う。どんなものでも、あなたの作品ならわたしは満足よ」と言っていた。娘たちが助けを求めたら、もちろん手を貸したけれど、主導権は娘に持たせた。わたしが娘の分まで何かをやってあげることはなかった。

栄養士でトップモデルでイーロン・マスクの母親でもある、メイ・マスクと話しているうちに、わたしたちが同じ考えなのがわかった。彼女も子どもの宿題をチェックしたりはしなかった。と言うより、できなかった。食べていくために5つも仕事を掛け持ちしていたからだ。親のサインが必要な宿題があるときには、子どもに親のを真似させて、サインさせていた。「時間がなかったの。それに、子どもたちがやるべきことだから」。そう彼女は言っていた。

子どもに必要なのはそれだ。常にコントロールされ保護されることではなく、自分の人生に責任を持たされることが必要なのだ。

つまり、親の立場で言うと、幼いころから頻繁に子どもに責任を与えることが必要になる。言い換えると、親が後ろに引き下がるということだ。導いたり、教えたりすることは必要だが、親が思うよりも子どもははるかに幼い年齢から、もっとたくさんのことができる。

子守り、皿洗い、買い出し……子どもにどんどん家事をやらせるべき

スーザンは18カ月のころからわたしの公式のお手伝いさんだった。当時まだ赤ちゃんモニターはなく、家は広かった。だから、スーザンが赤ちゃんモニターがわりになった。ジャネットが泣きだすと、スーザンが「ママ、ジャネットが泣いてる!」とわたしを呼んでくれた。スーザンはまだはっきりと話せなかったけれど、役目は果たせた。スーザンは責任を任されたことに誇りを持っていた。そして大切な家族の一員だと感じていた。オムツをたたむのも手伝ってくれた。スーザンにとってみればゲームのようなものだった。

少し大きくなると、スーザンは「ジャネットの先生」になった。ジャネットにおもちゃを与え、ガラガラの使い方を教え、いつも何かの活動ができるよう見張ってくれた。ジュネーブ時代は、スーザンがつぶしたバナナをアンに食べさせているのを見るのが楽しかった。バナナのほとんどはアンの顔に張りついていたが、スーザンはほんの少しでも家族に貢献できて喜んでいた。

皿洗いは、わが家では重要な仕事だった。夕食後は娘たちがみんなシンクの前で小さな台の上に立ち、お皿を洗った。もちろん、すべてをピカピカにはできなかったけれど、家族の責任を学ぶことにはなった。孫たちもまたこのわが家の伝統を受け継いでいる。4歳のアバはスツールを持ってきて、兄のレオンの皿洗いを手伝っている。朝のベッドメイクもまた、娘たちの仕事だった。とは言っても、娘たちがベッドメイクしたあとのベッドはまだ、誰かが眠っているように見えた。それでも、わたしは文句を言わなかった。ベッドメイクらしきものをしている限りはよしとしてあげた。

スーパーマーケットに買い物に行けば、娘たちにりんごを2ポンド分カートに入れるように頼んだ。今は子どもサイズの小さなカートもある。だが、当時はなかったので娘たちは普通の大きなカートを使わなければならなかった。わたしが教えた方法でおいしそうなりんごを選び、2ポンド分を量ってカートに入れる。娘たちには予算も教えておいた。もし予算オーバーしてしまったら、どの品物を棚に戻すかも考えてもらった。

自分で決めたことに責任を持つ

幼いころから娘たちにはある程度の自由を与え、それに伴う責任も意識させていた。たとえば、部屋のインテリアも(ある程度まで)娘にやらせた。どんな部屋にするかを娘たちが決めていいが、いったん決めたらそれで通さなければならない。当時は床を一面カーペットにするのが流行りだった。みんなでカーペット屋に行き、娘たちに好きなカーペットを選ばせた。6歳のスーザンは、毛足の長い鮮やかなピンクのカーペットを選んだ。だからそのカーペットでずっと過ごさなければならなかった(スーザンはそのカーペットをずっと気に入っていた。わたしとは趣味が違っていたのだ)。大人になってスーザンが家を買ったとき、インテリアデザインについては多少の経験があった(今回はもっとおとなしい色合いにしていたので、安心した)。ジャネットもこのチャンスを逃すまいと、鮮やかなブルーのカーペットを選んだ。こちらはまだわたしの趣味に合っていたけれど、ジャネットの部屋なのでジャネットの好きにすることが大切だった。アンも6歳になると自分のカーペットを選ぶことになった。アンは毛足の長い黄緑のカーペットを気に入った。

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YouTube CEOを育てた“シリコンバレーのゴッドマザー”が明かす「人間育て」で大切な“5つの価値観”とはへ続く

(エスター・ウォジスキー/ノンフィクション出版)

エスター・ウォジスキー

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