遠藤渓太が「鮮明に覚えている」あの日。マリノスから世界へ「日本を代表する選手」になるための道【インタビュー後編】

遠藤渓太が「鮮明に覚えている」あの日。マリノスから世界へ「日本を代表する選手」になるための道【インタビュー後編】

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  • 更新日:2020/08/01
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【写真提供:横浜F・マリノス】

激しい競争を勝ち抜いた末のJ1通算100試合

先月25日、横浜F・マリノスから遠藤渓太のウニオン・ベルリンへの期限付き移籍が発表された。プロ2年目で経験したU-20ワールドカップを機に意識しはじめた、念願の欧州挑戦である。アカデミーからマリノス一筋でJ1通算100試合も達成し、来年の東京五輪での活躍も期待される22歳はブンデスリーガ移籍を前に何を思うのか。7月27日に行われた移籍報告会見直後に、オンラインで独占インタビューを行なった。今回はその後編。(取材・文:舩木渉)

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――エリク・モンバエルツ体制を経験して、今も横浜F・マリノスでプレーし続けている選手は非常に少なくなりました。遠藤選手は高卒プロ入りから一度も期限付き移籍などでマリノスを離れず、4年半でJ1通算100試合を達成しました。これはすごく大きな成果ではないかと思います。

「本当に誰も想像していなかった結果でしょうね」

――ウィングのポジションには常に激しい競争もありました。それを勝ち抜いてレギュラーとして試合に出続けていた時期もあります。

「何かと当てつけのように、自分のポジションにすごい選手が来るんですよね。自分の反骨心の強さとかを見抜いた上で、強化部が意図的にそういう環境を作っていたんだとしたらすごいなと思います(笑)」

――齋藤学選手やマルティノス選手、ユン・イルロク選手、さらに昨年からはマルコス・ジュニオール選手やマテウス選手が来て、今年はエリキ選手も左ウィングをやるようになりました。彼らのような一線級のアタッカーと競争してきた経験は、ドイツに行ってからも生きるのではないかと思います。

「マテウスだったら突破力という武器があって、ユンちゃん(ユン・イルロク)も技術のあるサイドアタッカーだと感じたし、(齋藤)学くんにしろ、マルちゃん(マルティノス)にしろ、みんなすごく強い個性を持っていたので、そこにどう対抗するかを考えながらプレーしてきました。しっかり最後まで生き残れたのは自慢してもいいのかなと思います」

「鮮明に覚えている」ある日の練習

――激しい競争に身を置く中で、最も大きく変わったのは得点力だと思います。そこで思い出すのは、2018年のアジア大会期間中のある日の全体練習後の一場面です。遠藤選手は森保一監督とマンツーマンでシュート練習をしていました。が、びっくりするくらい決まらなかったですよね。ほとんどのシュートがゴールの枠の上に逸れていきました。

「そんなこともありましたね(笑)。鮮明に覚えています。森保さんにマンツーマンで指導してもらっているのに、無人のゴールにボールが入らないという。その中で、乾(貴士)さんのシュートの軌道や入り方についても教えてもらいました。

誰だって代表監督にマンツーマンで教えてもらったら緊張するだろうと思いますけど、あの時はそのくらいのか細いメンタルしか持っていなかったのかもしれないですね。めちゃくちゃ恥ずかしかったですもん。シャッター音の量、えぐかったですからね」

――しばらく経ったらカットインからのシュートは大きな武器になって、クロスからのアシストにも好影響が出てきました。そして昨年はJ1で7得点7アシストと、目覚ましい結果を残しました。全体練習後にシュートを蹴り込んでいる姿を見るのも珍しくありませんし、練習の成果は確実に出ていますよね。

「あの時は特別でしたけど、森保さん以外にも色々な人と出会ってきました。例えば今マリノスに所属している選手だと、(仙頭)啓矢くんやマルコスはシュートがめちゃめちゃうまいんですよ。少し前だと(久保)建英もそうかな。彼は巻くシュートよりも、縦に速いボールをズバッとサイドネットに蹴るところがあって、『そういうシュートはいいな』と思って練習したら、最近蹴れるようになったんです。(全体練習が)終わった後の、短い時間のシュート練習からも学ぶものはたくさんあったなと思います」

――ドイツに行ったら、マリノスのように自分のことをよく知ってくれている人たちばかりの環境ではなくなります。さらに言えば、周りからは日本代表選手として見られ、評価されることになります。その点はどう捉えていますか?

「日本人選手だけを見ても、今ブンデスリーガでプレーしているのはほとんどが日本を代表するような選手で、その中に自分も割って入っていかなければいけないと思っています。ブンデスリーガがより高いレベルの環境なのは間違いないし、その中に身を置いて自分も日本を代表する選手を目指してプレーできればいいと思っています。J1で100試合も出場することができて、これまでの自分自身のキャリアは順調すぎたと思うので、もう一度自分を鍛え直す意味でも、いい修行になるのではないかと思います」

横浜から世界へ、いざ参る

――ウニオン・ベルリンは昇格組ながら今季のブンデスリーガを11位で終えましたが、来季も現実的には1部残留を目指して戦うことになると思います。マリノスとは全く違う方向性になる中で、自分が活躍するイメージはできていますか?

「(ウニオンは)今のマリノスのアタッカーのように、前線からどんどんプレッシャーをかけることはしないと思うんです。チームによって求められる役割やプレーが全く違って、同じ感覚でプレーしてはいけないというのを、世代別代表に行った時にすごく感じました。特に自分は(代表で)ウィングバックをやっていて、ポジションが少しズレただけで結構ほころびを生んでしまっていたので、ドイツでもまずは頭の部分を徹底的に切り替えていかないといけないと思っています」

――それでは最後に、スクール時代から含めて15年半過ごしたマリノスや、応援してくれたマリノスのファン・サポーター、Jリーグファンの皆さんへメッセージをお願いいます。

「こんなこと言っていいのかわからないですけど、昔はファン・サポーターの皆さんに二面性を感じていて、すごく不思議だなと思っていたんです。大敗して自分のパフォーマンスが悪くても、直後にファンサービスなどで接するとみんな笑顔になって、『頑張ってください』と声をかけてくれました。それが不思議でした。

でも、ここ数年で考え方は大きく変わりました。率直に、素直に、ファン・サポーターの皆さんからすごく愛されていたなと思うし、厳しいことを言われることがあっても、すごく期待もしてもらっていたんだと思います。スクールから育って、アカデミーからずっとマリノス一筋でやってきたからというのもあると思いますけど、応援の声はすごく嬉しいし、誰もができる経験ではないので、そういう環境で自分を応援してもらったことは本当に幸せでした。ありがとうございました」

(取材・文:舩木渉)

舩木渉

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