4500万円を“女性たち”に捧げた49歳和菓子屋の正体「俺は素人とは絡まない」

4500万円を“女性たち”に捧げた49歳和菓子屋の正体「俺は素人とは絡まない」

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2021/05/02

強い信念を持って物事に取り組めば、岩のように大きく固い壁であっても乗り越えられることを指す故事成語「一念岩をも通す」。

今の会社を辞めたい、転職したいと悩んでいるビジネスパーソンも多いだろうが、そんな悩める大人に向けて、今回は、長年、ある1つの物事に人生を注ぎ続けた人物を取材した。

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ヒクソン高田氏

その人とは、SPA!でもおなじみ、「カリスマ風俗客」のヒクソン高田氏(49歳)だ。およそ30年間にわたって性風俗店に通い続けた高田氏は、今年1月、初著書『風俗に4500万円使った 史上最強の風俗バカ』(彩図社)を出版。

いつもはエロ全開のヒクソン高田氏だが、本インタビューではその知られざる生い立ちから、何かを継続させる秘訣、挫折しそうなときの対処法などビジネスパーソンにも役立ちそうな話までを聞いた。

◆風俗にハマるきっかけは池袋

――そもそも、ヒクソンさんが“そういうお店”に通うようになったきっかけってなんだったんですか?

ヒクソン高田:僕、すごく人見知りだったんですよ。だから、女性ともまともに会話ができなくて。おカネを介することで、それが直るんじゃないかと思ったのが、風俗に行くようになったきっかけのひとつですね。22歳のときに池袋の文芸坐(当時)近くにあった「のぞき部屋」でデビューしましたね。

――著書にもありますが、そこにドハマリして「平均すると週に3回。多いときで週に5回。最高で1週間に7回」も通っていたんですね。

ヒクソン高田:そんな生活を3年も続けていたから、ざっと500万円くらいは使った気がします。当時はガラケーだから、今ほどネットも発展してなくて、みんな雑誌に顔出ししていたし。画像じゃなくて、写真だから加工もできない。「本当にこんなカワイイ子がいるのか?」って思いながら、お店に行っていました。いい時代だったな~(笑)。

――単純に考えて、なんでそんなにお金があったんですか?

ヒクソン高田:まぁ、それ以外に趣味もなかったし、環境的にも恵まれていたからね。まず親がアパート経営していて、当時住んでいたのも親の持ちアパートだったし、しかも部屋に風呂がないから、夕食時に実家に帰り、風呂に入ってから部屋に帰っていたので光熱費もほぼかからなかったね。でも、30年で4500万円だから、月単位にならすと、ひと月12.5万円(360か月)。風俗への出費額としては大きいけど、そこまで大金ってわけでもないって俺は思っているよ。

◆だんご3兄弟ブームで富を築く

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社会人なりたてのヒクソン高田氏(本人提供)

――いやいや、十分すごい額だと思いますよ。一番、使ったのはいつ頃なんですか。

ヒクソン高田:一番使ったのは2000年。週に2~3回はお店に行って月に20万円は使っていた。というのも、前年の1999年春に「だんご3兄弟」のブームがあったから。俺は普段、和菓子屋で働いているんだけど、当時、なぜか急に各店舗からくる和菓子発注の9割がだんごになったんだよね。それがだんご3兄弟ブームだった。

――ありましたね。だんご3兄弟。でも、それが風俗に使う金額と何の関係が?

ヒクソン高田:当時、工場をフル稼働させるため、会社の仮宿舎に泊まって、仕事場に行き、日によっては20時間勤務というめちゃくちゃな働き方を半年くらい続けたんだ。おまけに食事は会社支給で、洗濯もパートのおばちゃんたちがしてくれた。だからお金もまったく使わなくなって。それで、だんごブームが去ったあと、久しぶりに風俗に行こうかと思って、口座を見たら、700万円も入ってたんだよ!(笑)

――な、700万円ですか。すごいですね、そんなに半年で貯まるもんですか?

ヒクソン高田:もちろん、出費が減ったのもあるけど、残業手当に加えて、繁忙期手当てやその他の諸手当てで、この期間(4か月間)の月給が、普段の4倍以上の100万円を超えていたんだ。おまけに、会社も相当潤ったと思うけど、夏のボーナスで300万円も振り込まれていてね。いま思うとすごい時代だったね。だって、お客さんからクレームで「おたくのだんごは4玉じゃねえか!」って言われて、社長が慌てて新しい機械を導入して、1串4玉だったのを3玉にしたから(笑)。

◆全裸になって女便所に突っ込まれた

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初の著書を手にする「カリスマ風俗客」のヒクソン高田氏

ーー先ほど実家がアパート経営をしていると言ってましたが、そもそもヒクソンさんってどんな子供だったんですか?

ヒクソン高田:自伝が出るまで黙っていたんだけど、東京の下町の育ちなんだよね。でも、引きこもり気質で、あまり学校にも行ってなかった。女の子にいじめられて、毎日お尻を顔に乗せられて「強制顔騎」されたり、全裸になって女便所に突っ込まれたりもしたよ。当時は、本当に生きているのがツラくて、自分に未来はないと思っていた。

――そんな時代もあったんですね。

ヒクソン高田:だから、よく「いつの時代が楽しかったですか?」ってインタビューで聞かれるんだけど、俺はいつも「今が最高」って答えているよ。そりゃ、コロナだし、風俗営業への締め付けも厳しくなっているけど、昔には戻りたくないし、「常に未来は最高だ」だと思うようにしているよ。

◆初めての性体験がトラウマに

ーー今まで、女性と性交渉した経験はないんですか?

ヒクソン高田:これも本で初めて明かした話だけど、和菓子屋に18歳で入社した年の年末に忘年会があったんだ。そこで、俺が酒を飲めず退屈そうにしていたら、普段から優しい、50代なかばのパートのおばちゃんAさんが「忘年会なんてつまらないでしょ。これから私たちと2次会行こう」って声をかけてくれて。Aさんのほかに、同じく50代なかばのBさんと、2人より少し若くてムチッとした美熟女Cさんで店を出ていったんだ。

ただ、そこからたどり着いた先が、なぜかAさんが一人暮らししている木造アパートで、そこで、俺の“初めて”は3人に代わる代わる喪失させられたよ。いま思い出しても本当にトラウマのような出来事だけど、何よりびっくりしたのが、そのあとAさんの態度が急変して、すぐに怒る怖いおばさんになっていた。もう「用済み」ってことなんだろうけど、虚しさと切なさを感じたね。ちなみにもう3人とも亡くなったそうだよ。

◆継続のコツはまずハマれるものを

ーー途中で、風俗通いから引退しようとは思わなかったんですか?

ヒクソン高田:一瞬だけやめようと思って。実は、2004年から3年間くらいは「ハワイ・デ・リゾート」っていうアカスリや泡洗体があるアジアンエステにハマったことはある。でも、そこも全て閉店してしまったから、今もスタイルに戻ることにした。

――結局、1つの物事を継続させるコツって何でしょうか?

ヒクソン高田:何でもいいから始めてみて、面白いと思ったものを継続するのが良いと思うんだよね。肝心なのは、それを継続させるコツだけど、俺の場合は「幼少期にいじめていた相手を見返したい」っていうのと、ここ10年くらいは「本を出して、自分の活動を世に知らしめたい」というモチベーションが大きかったね。

「彼女か、風俗かどっちか選べ」って言われたら、俺は後者を選ぶ。「風俗通いをやめたら何もない」と思っていたから、そのくらい「もう、これ以外には何もない!」って言い切れるものを見つけることだね。

◆次に本を出すのは10年後

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取材後は“お気に入りの店”に消えたヒクソン高田

ーーコロナ禍で日々の生活も変わりつつあるが、今後はどうしたいですか?

ヒクソン高田:1度目の緊急事態宣言のときは感染リスクがあるし、1か月、お店にはいかなかったんだよね。でもよく考えたら、風俗行っている人って、最初から「リスクは承知」だし、コロナ関係ないよね。だから、風俗には通える限りは通おうと思っているよ。

最近は、アッチのほうが元気なくなってきたから、もう週2回は絶対ムリだし、そのうち月1回通うくらいになるかもしれないけどね。だから、次に本を出すのは10年後っていうのをモチベーションにしようと思う。そのときはSPA!さん、よろしくね!(笑)

<取材・文/シルバア>

【ヒクソン☆高田】

「素人とは絡まない」をモットーに風俗通い歴25年を超える風俗貴族。2021年1月に著書『風俗に4500万円使った 史上最強の風俗バカ』(彩図社)を出版。@oiwakechan

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