能力不足、周回遅れ...「感染症ムラ」の非常識が招く第4波 “打つ手なし”か

能力不足、周回遅れ...「感染症ムラ」の非常識が招く第4波 “打つ手なし”か

  • AERA dot.
  • 更新日:2021/04/07
No image

西村康稔経済再生相(写真左)と田村憲久厚労相 (c)朝日新聞社

急速に拡大する変異株の脅威を前に、今や日本のコロナ対策は出口が見通せない状況に突入している。厚生労働省のある官僚が表情を曇らせる。

【グラフ】AIが予測した英国型変異株の感染爆発

「欧米諸国ではワクチン接種が進んだうえで変異株対策の議論をしている。ところが、日本ではワクチン接種がほとんど進んでいないのに変異株が拡大している。これでは社会不安が増大するばかりです。致死率が高いとか、子どもも感染しやすいとか、いろいろと不安材料が出てきているのに、変異株専用のPCR検査さえ全然進んでいません。対策は後手後手に回っています」

日本の感染症対策を指揮するのは厚労省の結核感染症課と、同省の直轄組織である国立感染症研究所(感染研)。その下に、各都道府県や政令指定都市などに設置された地方衛生研究所(地衛研)や保健所が連なる。こうした“感染症ムラ”によるコロナ対策は質、スピードともに世界の潮流から取り残され、もはや行き詰まっているというのだ。

象徴的なのが、変異株の検査に潜む問題点だ。厚労省の集計によれば、国内の変異株の感染者数は3月30日までに1200人に達したという。だが、この数字は各都道府県で新たに陽性が判明した人のわずか5~10%を抽出して変異株が判定できるPCR検査に回した結果に過ぎず、実態が正確に把握できているかは怪しい。

政府は今後この割合を40%に高める方針だというが、それでも十分ではない。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの井元清哉教授はこう指摘する。

「このシステムでわかるのは、都道府県ごとの陽性者のうち変異株に感染している人の割合です。40%に引き上げれば確かに精度は上がりますが、これだけでは変異株を抑えるための対策にはなりません。変異株の割合を知ることは対策の入り口であって、本当にやるべきなのは、より徹底した検査で変異株に感染している人をもれなく見つけて隔離することです」

■最新機器使わず「手作業」で遅れ

検査のスピードにも問題がある。通常のPCRで陽性と判定された人の中から変異株PCRに回すから、二重に検査していることになる。さらに、変異株PCRの陽性者の検体は感染研に送られ、ウイルスのすべての遺伝情報を解析(シーケンス)する。この一連の作業に2週間もかかることがあるというのだ。スクリーニングにこんなに時間をかけていたら、その間に感染はどんどん広がってしまうのは明らかだ。井元教授が続ける。

「まず二重にPCRをしていること自体が時間の無駄です。マルチプレックスPCRといって、従来株も変異株も同時に検出できるキットを米国の科学機器メーカーが昨年から販売しており、世界ではそちらが主流になっている。保健所や地衛研ではピペットを使って手作業で検査していましたが、全自動のPCR検査機器もあって1日当たり8千検体を検査できる。このような全自動の機器を使えば、検査で保健所が疲弊することもなく、ヒューマンエラーを避けて検査数も増やせます」

現在、変異株PCRは各都道府県などに置かれた地衛研で行われている。調べているのは感染力の強い「N501Y」と呼ばれるもので、英国型と南アフリカ型、ブラジル型に共通する変異だ。その検体をシーケンスすることで、他の変異も見つけることができる。例えば、「E484K」という変異は南アフリカ型とブラジル型に入っていて、ワクチンの効きを弱める可能性があるといわれる。

だが、この方法には弱点がある。たとえ「N501Y」の変異が陰性でも、他にもこれまで知られていない変異は起きるものだ。起源不明の変異や日本発の変異が見つかるかもしれないのに、「N501Y」の変異がない検体はみすみす見逃されているのだ。井元教授は、できる限り多くの検体をシーケンスする必要があると説くが、ここで問題になるのが、感染研のシーケンス能力だ。

感染研はゲノム解析の人員を6人から8人に増やし、昨年12月時点で週300件だったシーケンス能力を、2月から最大で週800件に増やしたが、このペースではまったく間に合わない。

「米イルミナ製の大型の機器を使えば、1日ちょっとかかりますが1度に3千件のシーケンスができます。この機器は東大にも、他の大学や民間の研究所にもある。なぜ、感染研はこうした機器を導入しないのか。購入できないのなら、なぜ大学や企業などに協力要請しないのか。本当におかしなことばかりです」(井元教授)

感染研はこれまで、コロナ対策の政策決定において、一貫して“主役”を務めてきた。所長の脇田隆字氏は政府の専門家会議(廃止)の座長を務め、現在の分科会でも会長代理に就任。感染研で感染症情報センター長などを歴任したOBの岡部信彦・川崎市健康安全研究所所長も、専門家会議と分科会でそれぞれ構成員を務め、内閣官房参与にも任命されている。

彼らは要職に就くばかりではなく、金銭面においても優遇されている。厚労省のホームページで「厚生労働科学研究費補助金等の概要」から、「新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業」を見ると、感染研の研究者に多額の研究費が支払われていることがわかる。

■遺伝情報分野のノウハウが乏しい

2020年度に研究費が交付された41人のうち、15人が感染研の現役の研究者だ。金額の大きいものは、斎藤智也センター長に2億500万円、鈴木基センター長に1億4610万円、吉田弘主任研究官に6200万円などとなっている。

変異株の脅威が待ったなしの状況下で、必要な研究費の交付は否定されるべきではないが、それにしても、これほど優遇されながら感染研の動きは鈍すぎるのではないか。先の厚労官僚はその理由をこう話す。

「感染研の職員も公務員なので、民間の研究機関のような競争にさらされていない。最新の論文を読んだり、世界の潮流をウォッチしたりする意欲が乏しい傾向がある。厚労省の職員も、もともと国際的な仕事が多くはありません。本省の職員でも多くは英語ができず、世界的に知られる英医学誌『ランセット』なども読んでいません」

とはいえ、国民の生命を守るためにも、変異株PCRやシーケンスの機器などは最新のものを調達すべきではないか。

「そうした機器の情報を把握しているかも怪しい。能力不足は隠し切れず、グローバルな流れに乗ることができていません」(厚労官僚)

今年3月にようやく、大学や民間検査機関と連携してPCRやシーケンスを実施する体制が示された。だが、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広医師はこう批判する。

「新体制も、あくまで感染研・地衛研・保健所の“感染症ムラ”が中心で、大学や民間検査機関は協力を依頼される立場の脇役でしかない。シーケンスはがんゲノム医療で使われる技術を必要とするが、そうした分野のノウハウがあまりない感染研がすべてを仕切って、情報も検体も独占しようとするから、いつまでも対策が進まないのです」

コロナワクチンを開発した米モデルナも、がんワクチン研究の技術をコロナに転用したのだという。上氏はこう続ける。

「感染研はPCRを十分にできるノウハウを持っていないから、偽陽性が出るとかいろいろな理由をつけて抑制してきました。その間に世界では技術イノベーションが起きて、ますますついていけなくなっています」

感染研が“ガラパゴス化”した結果、ワクチンは作れず、PCRやシーケンスの能力も世界から周回遅れという由々しき事態に陥っているのだ。

コロナの変異株と闘うには、ウイルスゲノムの情報がこれからますます重要になってくる。前出の東大医科研の井元教授は、北海道大学の北島正章准教授とともに下水を採取して分析したところ、変異したウイルスが検出されたという。既知の変異株以外に、新たな変異が見つかっている。井元教授が解説する。

「下水ですから、無症状の人の排泄物も含まれます。陽性者で症状のある人に見られる変異を差し引けば、見過ごされてきた無症状者の変異を見つけられることになります。その中には、ウイルスの病原性を弱める変異や次に広がる変異が入っているかもしれない。たいへん重要な情報につながる可能性があります」

こうした大学や民間研究機関の知恵も、積極的に取り入れていく必要があるだろう。世界の後塵を拝する閉鎖的な体質と決別すべき時が来ている。(本誌・亀井洋志)

※週刊朝日  2021年4月16日号

亀井洋志

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加