伊藤大海、根本悠楓......道産子選手がファイターズへ 苫小牧に行ってみた話

伊藤大海、根本悠楓......道産子選手がファイターズへ 苫小牧に行ってみた話

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/21

実は10月の最終週、ドラフト直後の北海道へ行ったのだ。折しも札幌ドームでは本拠地最終シリーズ、木金土日のオリックス4連戦が組まれていた。もちろん僕は空港バスで札幌ドームへ直行である。10月30日(金)のナイターにすべり込む。先発は今季まだ2勝のニック・マルティネスだった。ファイターズは初回、中田翔のタイムリー等で2点先制するのだが、その話はまたいずれかの機会に。今回は試合の話ではない。

何の話かというと翌31日、苫小牧へ行ったのだ。ご存知の方もおられるかと思うが、僕はアイスホッケーチーム、日光アイスバックスの仕事をしている。それもライターとして記事を書くだけじゃなく、「中の人」として業務に携わっている。数年前までは運営会社の取締役だった。ちょうどその週末は苫小牧で王子イーグルスと2連戦が組まれていた。大好きなファイターズとアイスバックスが一挙に見られるチャンスだ。

が、苫小牧行きの目的はそれだけじゃなかったのだ。もっとバカ的というか、ウヒョウヒョ的な目的があった。いや、野球見てアイスホッケー見てというだけで大概バカ的&ウヒョウヒョかもしれないが、この2020年秋に関しては特別なウヒョヒョのウヒョヒョが用意されていた。

ファイターズ初めての「道産子ドラ1選手」

2020年ドラフト会議でファイターズは1位伊藤大海(苫小牧駒澤大)、5位根本悠楓(苫小牧中央高)を指名した。苫小牧の学校から2人!! それはつまり!

苫小牧来たーーーーーーーーー!!

おお、日本じゅうの皆さん、今こそ苫小牧だ。苫小牧に注目してください。出来たらこのどさくさにラーメンの「満龍」を復活させてください。こんなのさすがに初めてじゃないか。だって苫小牧だよ。喫茶「ヴァンカム」は店内、サザンと桑田佳祐しかかからないんだよ。まぁ、伊藤大海君は鹿部町、根本悠楓君は白老町と、正味の苫小牧出身ってわけじゃないけれど、いずれにしたって道産子球児だ。すごい。快挙である。

No image

日本ハムに1位指名され笑顔の伊藤大海 ©時事通信社

僕はドラフト会議の終わった夜、『ドラフト緊急生特番! お母さんありがとう』(TBS系)を見てすっかり勢いづいてしまい、地図アプリで「苫小牧駒澤大」と「苫小牧中央高」の位置を検索していた。むしょうに行ってみたい。ていうか行く。歓迎・伊藤君&根本君! 両校の校門のところに立って記念写真を撮りたい。楽しみだなー、道産子エース! ウヒョヒョのウヒョヒョー。

というわけで31日(土)の朝、室蘭本線のディーゼルカー(1両編成)に乗って、錦岡駅に降り立ったのだ。苫小牧から3つ先の無人駅。千歳線で苫小牧には何度も来てるけど、室蘭本線は初めて乗った。錦岡は苫小牧駒澤大の最寄り駅だ。ひとつ手前の糸井駅は苫小牧中央高に近い。ディーゼルのワンマンカーに伊藤君も根本君も当然乗ったことだろう。特に根本君は沿線の白老町だ。この海沿いの景色が少年時代からの原風景だろう。

三角屋根の錦岡駅から住宅地を抜け、てくてく苫小牧駒澤大を目指す。苫小牧駒澤大は来春から名称が変わり「北洋大」になるそうだ。地図アプリに道案内してもらいながら、じゃ「苫小牧駒澤大」最後の卒業生からファイターズのドラ1が出てよかったなぁと思う。「苫小牧駒澤大」卒業生みんなの思い出になるだろう。街路樹の赤い実がいたるところに落ちていて、避けながら歩くがどうしても踏んでしまう。どうやらこれがナナカマドらしい。僕はこれから歩道に落ちたナナカマドの赤い実を見たら伊藤大海のドラフトを思い出すだろう。晴れわたった空と北星公園で大きく伸びをした日を思い出すだろう。

伊藤大海は日米大学野球で注目を集めた剛腕だ。2018年19年と2年連続侍ジャパン大学代表に選ばれ、クローザーを任された。先発、抑えどちらも行けるらしい。早くも楽天・早川隆久(早大)と新人王争いの期待がかかる。僕が面白いなぁと思うのはその経歴だ。駒大苫小牧で2年春、甲子園に立ち、系列の東都の名門・駒澤大に進学、1年春にリーグ戦(2部)デビューしている。順風満帆。人もうらやむ野球のエリート街道だ。

で、そのままプロのドラ1へまっしぐらかと思うとそうではない。自分は一体これでいいのかと悩む日々を過ごした。16年秋、駒澤大を中退。翌17年4月、北海道の苫小牧駒澤大に再入学する。大学野球の規定で1年間は出場停止だった。大変なまわり道である。が、何とそれが功を奏する。その試合出場のできない1年間、伊藤はランニング、体幹、ウエートと自分を鍛え抜く。球速がグンと上がった。ストレート155キロの剛腕誕生だ。

僕は「帰巣本能」のようなイメージを持つ。ファイターズ初めての「道産子ドラ1選手」は中央の大学球界で自分を見つけられず、北海道に帰ってきた。北海道で夢を実現する力を鍛え上げた。伊藤は少年時代からファイターズのファンだった。ダルビッシュに憧れていた。これはまわり道に見えて一本道だ。道産子球児が北海道の星になる。

「北海道日本ハムファイターズ」を見て、野球の夢を育んだ世代

苫小牧駒澤大は広大なキャンパスを有していた。ドラフト会見場となった大講堂はどこかなぁとキョロキョロするが、初めてでよくわからない。HBCの渕上紘行アナはどこで『ドラフト緊急生特番! お母さんありがとう』を撮ってたのか。と言ってる間に大変なことが起きた。正門バス停に道南バスが来たのだ。これは苫小牧駅のほうへ戻るバスだ。ぜんぜん時刻表を見てないが、できたら乗って苫小牧中央高の近くに行きたいなーと思ってたやつだ。もう、僕は太川陽介と蛭子能収のバス旅みたいだった。「待って待ってー!」と叫びながら道南バスに飛び乗る。だから苫小牧駒澤大の思い出はぺらぺらに薄い。

道南バスの運転手さんに訊いて桜木3丁目バス停で下車、そこから徒歩で線路を越え苫小牧中央高を目指す。高校野球で苫小牧といえば誰しも夏の甲子園連覇の駒大苫小牧を思い浮かべるだろう。根本悠楓は苫小牧中央高で初めてドラフトにかかった選手だ。といってもアマ球界では知る人ぞ知る存在だった。白老白翔中時代、「全中」(全国中学校軟式野球大会)を制した実戦派左腕なのだ。侍ジャパンU-15代表にも選ばれて、アジア選手権の最優秀投手賞に輝いている。

もちろん根本悠楓も子どもの頃からファイターズを見て育った。白老白翔中時代、大谷翔平の二刀流日本一(16年)を見ている。ファイターズはもう1人、道産子選手の今川優馬(JFE東日本)を6位指名したが、今川に至ってはファンクラブ会員(継続とのこと!)だ。つまり、どういうことかというと、ついに「北海道日本ハムファイターズ」を見て、野球の夢を育んだ世代が入団してくるのだ。北海道に蒔(ま)いた野球の種が芽吹いて花を咲かせた。

苫小牧中央高の校門前で記念写真を撮った。併設された幼稚園の看板を見る。この学校で生徒がドラフト指名されたら、もう大変な騒ぎだったろう。それにしても根本悠楓も同級生たちも、物心ついたときからファイターズは北海道にあったんだなぁ。

無事、ウヒョヒョ訪問を完了して、15時フェースオフ、王子白鳥アリーナのアイスホッケーの試合に向かうのにちょうどいい頃合いだった。また偶然、路線バスが来ないかなぁ、タクシーでもいいし。とにかく大通りに出てみようと歩いてたら苫小牧市のマンホールを見かけた。有名な話だが、氷都・苫小牧のマンホールの蓋にはアイスホッケーの絵がついている。

僕は北海道スポーツの平成史を想った。少子化の影響もあるけれど、今、日本一の氷都・苫小牧でもアイスホッケーをする子は激減している。昭和の昔なら血の気の多い、運動神経のいい子はみんなアイスホッケーだったという。事情が大きく変わったのは「たくぎんショック」以降だと言われている。景気が冷え込んだ。夫婦共稼ぎの家庭が増えた。アイスホッケーはスティックや防具にお金がかかるのだが、もうひとつ大事な点がある。親御さんの協力が欠かせないのだ。荷物が多いからクルマの送り迎えが必要だし、学校リンク(校庭などを凍らせて練習場をつくる)の設営も担当する。

共稼ぎ家庭にはちょっと難しいのだ。その点、少年野球やサッカーは勝手に行って勝手に帰ってきてくれるから助かる。また平成はファイターズとコンサドーレが夢を描いた時代だ。ファイターズの夢、コンサドーレの夢が子どもたちに連続していく。

苫小牧の学校から2人の道産子プレーヤーが出た。マンホールの前で何かしみじみしようと思ったら、向こうのバス停にまた道南バスが来ている。本数を考えたらこれは奇跡的な太川陽介なのだ。「待って待ってー!」。苫小牧中央高の思い出もこうしてぺらぺらに薄い。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム 日本シリーズ2020」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイトhttps://bunshun.jp/articles/41473でHITボタンを押してください。

(えのきど いちろう)

えのきど いちろう

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加