田中大貴アナが実況すれば山田哲人は打つ 6・8ロッテvsヤクルト副音声の舞台裏

田中大貴アナが実況すれば山田哲人は打つ 6・8ロッテvsヤクルト副音声の舞台裏

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/06/10

2021年6月8日。BS12での千葉ロッテ対東京ヤクルト戦の副音声で、人生初の解説をさせていただきました。

実況は元フジテレビアナウンサーの田中大貴さん。現在はスポーツコンサルティング会社を立ち上げ、その代表を勤めながら野球実況はもちろん、様々なスポーツと関わるお仕事をされている、いわばスポーツ界のプロ中のプロ。文春野球でもオリックスの監督をされています。

以前このコラムで神宮の珍実況について書かせていただきましたが、僕はスワローズ主催試合の実況アナウンサーの中で、田中さんの実況が一番好きでした。

神宮球場という大都会の中に佇むなんともいえないあのノスタルジックでクラシックな雰囲気にぴったりな耳心地のいい声色。都会的な無駄のない言葉選び。視聴者の邪魔にならない、冷静と情熱の間のちょうどいい熱量。そして何より、田中さんが実況する時は山田哲人がよく打つ(笑)。

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スワローズ中継ではおなじみだった田中大貴アナ(右)と筆者 ©笑福亭べ瓶

伝説の3打席連続ホームランで産まれた名実況

2015年、ソフトバンクとの日本シリーズ第3戦。伝説となった山田哲人の日本シリーズ初となる3打席連続ホームランの試合を実況していたのも田中さんでした。

3本目のホームラン。

「ヤクルト逆転。そのヤクルトの中心に、背番号23番が光り輝きます」

奇をてらう事のない、シンプルでありながら力強い実況。あの古舘伊知郎さんに、

「君は俺みたいな実況が嫌いだろ」

と言わしめた、できるだけ言葉数を削る無駄のない実況を真横で聞かせていただきながら、いちスワローズファンとしてスワローズへの想いを自由に話した3時間半。

今回は、その3時間半で僕が学んだ事、再確認できた事を書きたいと思います。

先に言っておきます。

伝わらなかったらごめんなさい(笑)。

「1000準備して3出ればいい」

実況という仕事は、刻一刻と変化する試合の状況を正確に伝えるのが当たり前。その中で解説者に話を振り、受け答えをしながらその会話の中で出てきた新しいトピックに対しての情報を瞬時に調べ、そのトピック自体が冷めないうちに伝える。

これを常にやり続けるのには、とてつもないエネルギーが必要です。

「解説というものをどうすればいいのだろう」と少し不安な気持ちがあったんですが、試合前に田中さんから、

「僕らは1000準備したもののうち、3ぐらい出ればいいなって感じなんです。ただ、1000の準備をしてるという事が安心であり、大事なんです」

という言葉を聞いた時、気持ちがすーっと楽になりました。

1000分の3という事は、0.3%。

0.3%出ればOKなのであれば、残りの99.7%は自分が使わせてもらえるんだ。

会話の最低限の常識だけは守りながら、こちらは自分がいけると思ったタイミングがあれば遠慮する事なくどんどん仕掛けていく。

そうする事で、どこかで田中さんの1000の準備に引っかかるものが出てくるはず。

その準備に引っかかれば引っかかるほど僕のパーセンテージが下がり、バランスが良くなっていく。

「ヤクルトファンの一番良いところはですね……」

ヤクルトファンの話題になった時、僕がヤクルトファンになる人の特徴を色々と話した後

「結局、ヤクルトファンの一番良いところはですね……」

と間を置いた後、シンクロで

「品の良さ!」

と言いあった瞬間、アンバランスからバランスに向かっていく大きなうねりが見えた気がしました。

兵庫県小野市出身である田中さんのナチュラルな関西弁。春のセンバツにも出場した僕の2つ上の先輩方と兵庫県選抜メンバーとしてしのぎを削っていたこと。

その「勝てばセンバツ出場」という試合に負けたのが田中さんのいた小野高校で、勝ったのが僕の母校、関西学院だったこと。

その敗北のお陰で、僕は高校入学前に甲子園で母校を応援するという貴重な経験ができたこと。

小野高校から慶應義塾大学に進んだ田中さん自身、野球を続けるか諦めるかで迷っていた時、先輩の高橋由伸さんに

「レギュラーになって首位打者を取るイメージができないなら、やめた方がいい」

と言われ、別の道に進む踏ん切りがついたこと。

そんな話を生中継でできた事がすごく嬉しくて、その会話を待っていたかのような関西学院大学出身の荻野貴司選手と小野市のお隣、三木市出身の中村奨吾選手の活躍。

それが全てロッテ側という……。

しかも、中村奨吾が放ったホームランボールがワンバウンドで2人組の女性の1人の膝の上に見事にポンッと乗ったのを僕が見つけ指摘すると、リプレイの時に田中さんに

「本当ですね! おそらくインスタに上げるんでしょうね!」

と乗っかっていただき、試合終了後のホームランリプレイでも、女性の膝にボールがのる直前に

「このあと!!」

と実況してくださって、しかも本当にその女性がインスタに上げているのを見つけてくださった視聴者さんがいて、放送終了後皆で笑いました。

【たまたま】を産むのが喋りの仕事

あまりにも伝わらないと思ったので放送では言いませんでしたが、ヒーローインタビューでレアード選手が今日の寿司ネタが「大トロ」だったと言い、たまたま夕方に友達とのLINEの中で「大トロか!」というツッコミをしていたこと。

全て【たまたま】といえばそれまでですが、この【たまたま】を産むのが僕の仕事であり、僕が少し普通の人より勝っている強みであるという事を再認識できました。

この日の先発奥川恭伸が、安田尚憲に対してだけは3打席全て直球勝負で挑んだが、2安打されたこと。

2点ビハインドの5回表2死2塁。

4番村上宗隆が初球のファーストストライクをライト線に痛烈なファールボールを打った事で勝ち取った四球に対し、追い込まれるまでバットが出ず、結局右邪飛に倒れた5番サンタナ。

【田中大貴が実況すると打つ】というジンクスを外さない山田哲人の8回表のソロホームラン。

実際、イニング間の時に「僕が実況する日ってね、山田がよく打つんですよ」と仰っていて、内心「またまたぁ」って思ってたんですけど、最後の打席で打ったのには驚きました。

3点ビハインドの9回表、無死1塁から右の内川聖一、左の川端慎吾という左右の首位打者経験者が並ぶ超豪華な連続代打。内川は三振に倒れるも、川端は右安で好調を維持。

1死1、2塁となり、カウント2-2からストライクからボールに落ちていく同じような変化球を振ってしまった塩見泰隆と、それを見極めてフルカウントにまでもっていった青木宣親。

敗戦の中にも特筆すべきものはいっぱいありました。

これだけのトピックが生まれたのも、もちろん【たまたま】です。

ですが、この沢山の【たまたま】を生んでくれたのは「品の良さ!」と田中さんとシンクロできたからだと僕は思うんです。

一つの小さな歯車が噛み合う事で、思いもよらない歯車が回りだす。

一見蛇足や無駄に見えるトピックでも、それが【たまたま】を呼ぶ事があるんです。

その【たまたま】を呼んでくれたのは、他ならぬ田中大貴さんが「自由に話してもらっていいんですよ」という空気を作ってくださったから。

お客側が無駄だと思っても、演者側が無駄じゃないと信じる事で、そこから【たまたま】が連鎖して双方が「あれは無駄じゃなかった」と思える事がある。

高座、トーク、そして、解説。僕にとってそれを追い求める事は毎回が博打です。

しかし、

「無駄を無駄にしてはならない」

という信念だけはブレてはいけないという事を今回学んだような気がします。

この日は無駄に終わってしまったかもしれない一つ一つの小さなプレーも、絶対に明日以降の糧になる。サンタナ、内川、塩見、そして、奥川。

今日は【たまたま】です。

明日は明日の風が吹く!

この小さな悔しさを糧にして、これからもチームの勝利に貢献し続けてくれると信じてます!

そういえば、田中さんが実況した翌9日も山田は3回表に特大のホームランをレフトスタンドに叩き込みました。しかも、5打数3安打と4月23日中日戦以来の猛打賞。田中さん、もってます!

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(笑福亭べ瓶)

笑福亭べ瓶

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