【阪神新人紹介】ドラフト4位・栄枝裕貴【2】

【阪神新人紹介】ドラフト4位・栄枝裕貴【2】

  • デイリースポーツ online
  • 更新日:2020/11/22
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高知高時代の栄枝(本人提供)

10月のドラフト会議で阪神から指名を受けた9選手の連載をお届けする。第4回はドラフト4位・栄枝裕貴(22)=立命大。プロへの扉を開くまでの道のりを振り返る。

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高知中での3年間が、栄枝を心身ともに大きく成長させた。「中学時代が体だけでなく、精神面でも一番鍛えられました。全国大会に出ても負ける気がしなかった。それぐらい鍛えられました」と笑顔で振り返る。

全国優勝経験もある強豪校。練習だけでなく、礼儀や上下関係も厳しかった。中学時代を指導していた浜口佳久監督(現高知高監督)は「弱音は一切吐かなかった。練習に対しても真面目で、自分の考えをしっかり持っていた」と取り組む姿勢に目を引くものがあったと話す。

唯一、事件が起こったのは3年時に出場した全国大会決勝だ。「怒るというよりも焦りました。試合ができないので。チームにとって最大の危機でしたね」と浜口監督。捕手は装着しないと試合に出場できない「キンカップ」をホテルに忘れてきたのだった。審判員から「今回だけ」と貸してもらい、試合を棄権することなく頂点に輝いた。

甲子園出場を目標に進んだ高知高。1年秋からメンバー入りすると同時に正捕手の座もつかんだ。2年夏の高知大会では、決勝で明徳義塾に1点差で敗れて準優勝。3年春の四国大会で6年ぶりVを果たしたが、同年夏は中村に敗れ、県8強で終えた。

高校野球では一度も甲子園に出場できず、完全燃焼できなかった。その中で大きな選択を迫られた。大学で野球を続けるのか、それとも辞めて就職するのか。妹と弟がいる5人家族で、進学にはお金がかかる。両親からは「公務員になるのはどう」と相談されたこともあった。

一度は地元で就職することも考えたが、野球の道を諦め切れなかった。高校3年間で明徳義塾とは6度対戦し、甲子園出場を阻止されるなど一度も勝てなかった。「まだ上のレベルでやりたいという思いが強くなっていきました。周りの友達からも『裕貴が野球を続けなくてどうするねん』と言われたので」と野球への未練と友人にも背中を押され、両親に関西学生野球リーグの立命大への進学希望を伝えた。

「自分でやると決めた野球。辞めたいと思ったことは一度もない」。強い覚悟を持って地元を離れた。1学年上の先輩が正捕手を務め、なかなか先発マスクを任されることはなかった。だが、後藤監督は「終盤の重要な場面などを任せて、試合数よりも濃い内容の試合を経験させた」と高い守備能力を誇る栄枝に厚い信頼を寄せ、捕手としての力を伸ばした。

運命の日となった10月26日。プロ側には5位以下なら社会人に進むと伝えており、希望は残り4球団しかなかった。ようやく呼ばれた自分の名前。「ほっとしましたが、ここからがスタート」。大きな期待を背負い、いよいよ夢だったプロ野球の世界に足を踏み入れる。

◆栄枝 裕貴(さかえだ・ゆうき)1998年5月16日生まれ、22歳。高知市出身。180センチ、81キロ。右投げ右打ち。捕手。小1から朝倉スワローズで野球を始め、6年時には全国大会準優勝。高知中では軟式野球部で全国制覇を経験。高知高では甲子園出場経験なし。立命大では1年秋からベンチ入りし、3年時には大学日本代表候補合宿に参加。

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